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ドラゴンと山暮らし  ~休日は異世界でキャンプライフ~  作者: EDA
第16話 砂漠の里

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05 調理開始

「それじゃああたしらも、そろそろ料理の準備をしよっかぁ」


 貯蔵庫における物々交換のさまを見届けたのち、咲弥はそのように宣言した。

 日はまだ高いが、何せ百四十人前の料理を作りあげなければならないのだ。下準備だけでどれほどの時間がかかるかも予測はつかなかったので、早く動くに越したことはなかった。


「ではまず作業場の確保であるな。集落長よ、どのように取り計らうべきであろうか?」


「はいなのです! どうぞこちらになのです!」


 一緒に貯蔵庫を出た集落長が、広場の片隅に案内をしてくれる。その広場においても、お祝いの準備が着々と進められていた。


「おー、もしかして、みんなはあそこで調理するのかなぁ?」


「はいなのです! だいじなだいじなおいわいなので、とっておきのまきをたくさんつかうのです!」


 広場の端に、巨大な石のかまどが組まれている。その上には真っ平らな石板が配置されており、かまどのかたわらには小枝のような薪が山積みにされていた。


 きっと砂漠の真ん中では、あれだけの薪を確保するのも大仕事であるのだろう。

 すると、同じものを目にしたケイが、ドラゴンに向かってうろんげな声を投げかけた。


「薪なんざ、山では取り放題じゃねーか。畑の恵みは分けてやるのに、薪は分けてやらねーのか?」


「畑の作物は、あくまで労働の対価である。やみくもに薪を分け与えるのは、砂漠における生活の秩序を脅かしかねない行いであろう」


「ええ。コメコ族は数十年をかけて砂漠での生活に適応したのですから、それに干渉するのは不相応であるかと思われます」


 ルウもドラゴンに同調すると、ケイはますますうろんげな顔をした。


「なんでだよ? 薪ぐらい、どーってことねーだろ」


「いえ。この集落だけで百名もの住民が存在するのですから、遠慮なく薪を使えば膨大な量になります。それを半永久的に与え続ければ、山の調和を乱すことになりかねませんし……一時的な援助などは、コメコ族に薪のない不自由さを思い知らせる結果になるだけでしょう」


「だったら、こーゆー特別な日にだけ分けてやりゃあいいんじゃねーのか?」


「それがまさに、サクヤ殿の料理であるのでしょう。コメコ族の文化を脅かさない範囲で特別な喜びを分け与えるという、絶妙な加減であるかと思われます」


「ふーん。そーゆーもんかねー」


 と、ケイは肩でもすくめたそうな顔をする。

 しかし、論じ合っている相手は、ルウであるのだ。突き詰めると、それはケルベロスの自問自答ということになるのかもしれなかった。


「あたしは、わかる気がするなぁ。やっぱ、その土地の文化は尊重しなくちゃだしねぇ」


 咲弥が口を出すと、ドラゴンは穏やかな目つきで「うむ」とうなずいた。


「それに、砂漠で暮らすコメコ族は千名以上にも及び、十一の集落に分かれて暮らしているのだ。こちらの集落にばかり恩恵を与えていては、嫉妬や羨望の思いをかきたてることにもなろう」


「にゃるほど。畑の収穫は、ギリオッケーってこと?」


「うむ。それは我のもとで働く対価であるからな。悪名高き竜王のもとで働くことなど、誰も羨みはすまい」


 と、ドラゴンはいっそう穏やかに目を細める。きっと咲弥を心配させないように、冗談口であることを強調しているのだろう。その気遣いに対する返礼として、咲弥も心からの笑顔をお返しすることにした。


「だったら、キバジカはどーなんだよ? あれは余った分を、まるまるコメコ族にくれてやってるんだろ?」


 ケイがあらためて疑念を呈すると、ドラゴンは慌てる素振りもなく「うむ」と応じた。


「しかし、コメコ族の集落においては肉も革も不自由していない。先刻目にした通り、キバジカにまつわる品はのきなみ行商人に売り渡されているのだ」


「でも、この集落だけが得をするってことに変わりはねーだろ?」


「否。キバジカから得られた富は、他なる集落にも分配されている。そのために、キバジカをさばく際には他なる集落からも人手を集めているらしい。……我ではなく、こちらの集落長がそのように取り決めたのだ」


 いきなり名指しされた集落長は、その場でぴょこんと飛び上がった。


「は、はいなのです。キバジカにかんしてはアトルもチコもとくべつなおやくめをはたしていないというおはなしでしたので、すべてのコメコぞくでとみをわかちあうことにしたのです。こんかいは、はんぶんぐらいがちょーろーさまへのおいわいになってしまいますけれど……きっとみんな、なっとくしてくれるのです」


「うむ。集落長がそういった見識を持ち合わせているため、我も憂いなくキバジカを受け渡すことがかなったのである」


「と、とんでもないのです。きょーしゅくのかぎりなのです。……そ、それではこちらのばしょをつかっていただきたいのです」


 と、広場を横断しきったところで、集落長はようやく足を止めた。

 いずれの家屋からも遠く離れた、広場の片隅だ。背面は岩場の壁であり、その上に大きな建物が建っていた。


「ありがとう。それじゃあドラゴンくん、よろしくねぇ」


「うむ。亜空間より荷物を出すので、各々その場から動かないでもらいたい」


 ドラゴンがちんまりした尻尾で魔法陣を描くと、そこから大量の荷物が吐き出された。咲弥の愛車、キャンプギアと宝箱がのせられた『祝福の閨』、大量の薪、そしてロキのゴーレムに錬成してもらった特別仕立ての焚火台および石鍋である。


 その質量に、集落長は「ひゃー!」と驚きの声をあげる。

 そして広場のあちこちでも、コメコ族の面々がきゃーきゃーと騒いでいた。コメコ族の人々は、魔法に見慣れていないのだ。


「これは……『祝福の閨』ですね。実に見事な細工です」


 と、ここまで一緒についてきた行商人が、ひとり冷静な声をあげる。その黄色みがかった瞳は、作業台たる『祝福の閨』に鋭い検分の眼差しを向けていた。


「うむ。我の所有する宝物のひとつである。何者にも売り渡すつもりはないので、そのように心置き願いたい」


「もとより、これほど高価な品を買い付ける資金は持ち合わせておりません。ですが、行商人としては眼福という他ありません」


 と、行商人は口もとに巻いた布の下で息をついた。目もとの表情はクールそのものであるが、存分に感じ入っているようだ。


「じゃ、ちょいと陽射しが厳しいんで、タープだけは立てちゃおっかぁ。みんな、よろしくねぇ」


 陽菜が「はーい!」と元気に応じ、アトルとチコも瞳を輝かせる。アトルたちは本日も、咲弥の手伝いをすることが許されていたのだった。


 タープは『祝福の閨』の上に張り、特別仕立ての焚火台と石鍋はそのかたわらに移動してもらう。本日の石鍋は人間がすっぽり収まるぐらいの超特大サイズであるため、ひと組のタープでは収まりきらないのだ。しかし集落では滅多に雨も降らないという話であったので、『精霊王の羽衣』と『聖騎士の槍』は持ち出さずにおいた。


「こちらの鍋は……なるほど、魔法の産物ですか」


「うむ。魔の山に住まうロキに願って、錬成してもらったのだ。今日の祝いを終えたのちには、大地に還す手はずである」


 咲弥たちの働く姿を眺めながら、行商人はドラゴンと語っている。クールなたたずまいとは裏腹に、能弁家であるようだ。まあ、無口では行商も務まらないのかもしれないが――何にせよ、ドラゴンを恐れている気配もなかった。


「それじゃあまずは、具材の切り分けだねぇ。とにかく量が量なんで、焦らずのんびり頑張ろぉ」


 そんな咲弥の号令に、陽菜とアトルとチコが「おー!」と応じてくれる。こちらもちびっこ軍団であるが、咲弥にとっては頼もしい限りであった。


 今日のメニューは、異界の食材を主体にしたスープである。

 コメコ族は焼肉をふるまうという話であったし、水が貴重な集落ではスープを口にする機会も滅多にないという話であったので、そのように取り決めたのだ。咲弥が自前で準備したのは、調味料とタマネギとニンニクのみであった。


 しかしそれでも、百四十人前だ。ひとり二杯の計算でひとり分のコンソメが五グラムとしても、七百グラムは必要になる。咲弥はこの日のために、業務用である一キロサイズの顆粒コンソメを買い込んでいた。同様に、タマネギは三十玉、ニンニクは十玉である。


 しかし逆に言うならば、それだけの出費で百四十人前もの料理を準備することができるのだ。すべては、異界の食材の恩恵であった。


「……サクヤ殿。よろしければ、こちらで薪割りを受け持ちましょうか?」


 咲弥がざくざくタマネギを切り分けていると、ルウがそんな声をかけてきた。


「あー、そうだねぇ。今日はアトルくんたちも大忙しだから、お願いできるかなぁ?」


「承知いたしました。それでは、手斧を拝借いたします」


 ということで、本日もケルベロスとギューによる薪割りが敢行された。

 そのアクロバティックな光景に、また広場のあちこちから驚きの声があげられる。集落長も、「ひゃー」と跳びあがっていた。


「す、すごいてぎわであるのです。みなさまはふだんから、このようにさぎょうにとりくんでおられるのです?」


「ケルベロスくんとギューちゃんは特別要員で、普段はアトルくんたちが薪割りも受け持ってくれてるよぉ。ドラゴンくんやケルベロスくんたちが活躍するのは、おもに調理以外の部分だねぇ」


「うむ。今日は我も、多少ながら出番がありそうなところであるな」


 と、ドラゴンは満足そうに巨大石鍋のほうを振り返る。そちらの石鍋もダッチオーブンを元のデザインにしており、巨大な蓋がのせられているのだ。おそらくそれは、か弱い人間の手に余る重量であるはずであった。


「……そちらの刀も、実に上質な品であるようですね」


 と、行商人が咲弥の手もとを覗き込んできた。

 咲弥は切り分けたタマネギを大皿に移しながら、「そうかなぁ?」と笑顔を返す。


「まあ、これはじっちゃんの形見だからさぁ。上質って言われるのは嬉しいよぉ」


「はい。私には、まったく見た覚えのない細工であるようです。少なくとも、こちらの砂漠に面する辺境区域では扱っていない品であるのでしょう」


 すると、ドラゴンもゆったりと声をあげた。


「サクヤは異郷の住人であり、我が施した転移の術式によって山へと訪れているのだ。其方が見知らぬ品であるのは、道理であるな」


「そうですか。実は、お二人の御召し物にも目を引かれていたのです。生地の材質も縫製の細工も、まったく見慣れない質でありましたので」


 さすが行商人ともなると、冒険者より鋭い鑑識眼を備えているようである。

 しかしべつだん、サクヤが異界の住人であることは秘密でないはずであるのだ。ただドラゴンは話が大仰にならないように、言葉を選んだようであった。


(お山そのものが転移の門ってやつらしいから、嘘をついてるわけではないんだろうしね)


 そんな思いを胸に、咲弥は粛々と作業を進めていった。

 タマネギとニンニクが片付いたならば、お次は異界の食材だ。こちらはキバジカの肉に『ジャック・オーの憤激』、『黄昏の花弁』にマンドラゴラモドキに巨大キノコというラインナップであった。


 アトルたちが管理する畑はなかなかの規模であるため、普段のキャンプでもとうてい作物を消費しきれない。それで余剰となった分は、のきなみこちらの集落に届けられるのだ。今回は、その分の収穫を祝いの料理にあてがったわけであった。


 長きの時間をかけてすべての食材を切り分けると、それだけで『祝福の閨』の上はいっぱいになってしまう。その光景に、アトルやチコや集落長はきらきらと瞳を輝かせていた。


「なんだか、ゆめのようなこーけいなのです! きょうというめでたきひを、しょーちょーしているかのようであるのです!」


「あはは。これだけの食材の山を無駄にしないように、めいっぱい気を引き締めないとねぇ」


 次はいよいよ、食材の焼きあげである。豚汁の要領で、まずはすべての食材を軽く炒める手はずであった。


「ではでは、ドラゴンくん。巨大鍋の御開帳をお願いできるかなぁ?」


「承知した」と、ドラゴンはタープの外に出てふわりと舞い上がる。それだけで、集落の人々はまた歓声をあげた。

 熱い眼差しを一身に受けながら、ドラゴンは尻尾の先端を蓋の持ち手に巻きつける。おそらく蓋だけで数十キロという重量であるはずだが、ドラゴンは通常サイズの鍋の蓋を持ち上げるような気安さでひょいっと持ち上げた。


「ありがとぉ。そいつはしばらく使わないから、レジャーシートの上に置いておいてねぇ」


 ドラゴンに感謝の笑顔を届けたのち、咲弥はアトルに火起こしをお願いした。

 そこでアトルがコンテナボックスから巨大マッチのごとき着火剤を取り出すと、行商人がさりげなく忍び寄っていく。


「失礼します。そちらも異郷の品でありましょうか?」


「は、はいなのです。これらのしなは、すべてサクヤさまのもちものなのです」


「なるほど……興味深いです」


 行商人の鋭い眼差しから逃げるようにして、アトルは巨大な焚火台のもとへと駆けつける。すでにチコの手によって薪が積み上げられていたので、その中心に火を灯した着火剤が投じられた。


 アトルが火吹き棒で空気を送ると、薪の山はじわじわと燃えあがっていく。

 そのさまに、また広場に集うコメコ族の面々が歓声をあげた。きっと彼らにとって、大きな火というものは祝祭の象徴であるのだ。


 その間に、咲弥はサラダ油のボトルを手にタープの外に出る。

 そして、巨大鍋の内側の側面にボトルの口をあてがい、鍋の周囲を一周してサラダ油を注ぎ入れた。調理というよりは、何かの儀式にでも取り組んでいるような心地である。


 やがて巨大鍋に熱が行き渡ってかすかに湯気がのぼったならば、まずはニンニクを投入する。スライスされた十玉のニンニクがすべて投入されると、その場には刺激的な香りが普段の数倍の勢いであふれかえった。


「ひゃー! すごいかおりなのです! ちょっぴりおはながいたいいたいなのですけれど……でも、とてもおなかがすくかおりなのです!」


 と、髭もじゃの集落長が子供のようにはしゃいだ声をあげる。まあ、髭を除けば幼子そのものの容姿であるため、見た目通りの反応と言えなくもなかった。


「コメコ族のみなさんは、嗅覚が鋭いみたいだねぇ。最後には香りも落ち着くはずなんで、楽しみにしててくださいなぁ」


「はいなのです! きたいはつのるいっぽーなのです!」


 広場に点在する人々もそれぞれの作業にいそしみながら、こちらに期待の眼差しを注いでいるようである。陽菜はいくぶん気恥ずしそうにもじもじとしており、アトルとチコは誇らしそうに顔を輝かせていた。


「よし、それじゃあお次はお肉だねぇ。陽菜ちゃんは、火の番を交代してくれる? できるだけ今の中火をキープできるように、薪の調節をお願いねぇ」


「うん! がんばるねー!」


「アトルくんとチコちゃんは、いよいよアレの出番だよぉ。椅子の準備をよろしくねぇ」


「はいなのです! しりょくをつくして、しめいをまっとーするのです!」


 咲弥はレジャーシートの上で出番を待ち受けていた品を取り上げた。

 この日のために作製した、木製の巨大べらである。羽子板とテニスラケットの中間ぐらいの大きさをした、特大サイズであった。


 鍋がこれだけ巨大であると、具材を攪拌する器具にも相応のサイズが求められたのだ。それで献立を決定したのちに、取り急ぎこちらの巨大べらを作製した次第であった。

『竜殺し』の短剣で切り出して、あとは適当に表面を研磨しただけの簡単な作りである。今日という日を終えたのちには、きっと焚きつけとして使うことになるのだろう。それはそれで、いかにも祝祭っぽい風情であった。


「ではでは、お肉を投入しまぁす」


 大皿にのせられていた山盛りの肉を、ニンニクの香りがたちのぼる石鍋の中に投入する。たちまち肉の焼ける匂いもあふれかえり、人々にいっそうの歓声をあげさせた。


 そして咲弥とアトルとチコの三名は、すぐさま巨大べらで攪拌だ。二人は背丈が足りないため、丸太の椅子に乗る必要があった。この日のために、作業手順もシミュレーションしていたのである。


 肉に焼き目がついたならば、他なる具材もすべて投入する。

 そうすると、巨大べらを振るう腕にもそれなり以上の負荷がかけられた。力持ちであるアトルたちは平気な顔をしているが、咲弥としては何かのスポーツにでも打ち込んでいるような気分である。


 そして頭上には灼熱の太陽が輝き、足もとでは大量の薪が炎をあげているため、咲弥はたちまち汗だくになってしまう。

 しかし気持ちは、昂揚するいっぽうだ。百三十名にも及ぶコメコ族と同じ喜びを分かち合えるのであれば、どれだけの苦労も厭うものではなかった。

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― 新着の感想 ―
なんだかんだ口は悪いが人情家だよねぇケイくんw
祭りなどの大鍋料理(例:豚汁)というより、給食のおばちゃ……おねえさんとチミッ子お手伝い係さんな光景ですね(笑)
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