04 砂の民
「あやつはこの砂漠で暮らす、砂の民という人間族であるのだ」
水場から広場を目指しつつ、ドラゴンがそのように説明をしてくれた。
ターバンとマントで風体を隠した行商人は、アトルたちと並んで先頭を歩いている。残る面々は、その背中を眺めながら歩を進めていた。
「砂の民はいにしえの時代よりこの地に住まっており、主に行商で身を立てているのだと聞き及ぶ。先刻の船は、風の魔法で操作しているわけであるな」
「ふうん。でも、こんな砂漠で商売になるの?」
「うむ。この砂漠にはさまざまな魔獣が潜んでいる上に、流砂の渦巻く危険な場所も数多い。そこを自由に行き来できる人間族は、砂の民と歴戦の冒険者ぐらいであるのだ。それで、砂漠に面する辺境都市の間を行き交って、行商に励んでいるのであろうな」
「……そして数十年前からは、コメコ族の方々とも取り引きをするように相成りました」
と、行商人がこちらに横顔を見せながら、そう言った。
「砂の民もキャメットを育てておりますし、デザートリザードを狩ることもありますが、それを生業にしているわけではありません。よって、どちらの品もコメコ族から買いつけるほうが、質が高いのです。とりわけ南方の辺境区域では、デザートリザードの革が喜ばれております」
「きょ、きょーしゅくのいたりなのです。ぼくたちもぎょーしょーにんさまのおかげで、おしおやおまめをてにすることができるのです」
アトルがおずおずと笑いかけると、行商人は恭しげに一礼した。
少なくとも、コメコ族を見下しているような気配はない。今のところ、咲弥がこの謎めく人物を警戒する理由はなかった。
「しゅーらくちょーさま! ぎょーしょーにんさまをごあんないしたのです!」
やがて広場に到着すると、アトルが可愛らしい声を張り上げた。
すると、大きな建物から顔を出した集落長が、ちんまりした腕をぶんぶんと振ってくる。
「あちらがちょぞーこなので、ごあんないするのです。……あの、みなさまもごいっしょにいらっしゃるのです?」
「うん。お邪魔だったら遠慮するけど、どうかなぁ?」
「サ、サクヤさまがおじゃまになることなど、てんちがひっくりかえってもありえないのです。どーぞおいでませなのです」
ということで、咲弥たちも同行させていただいた。
集落長がこもっていたのは、この集落の貯蔵庫であったらしい。そちらに足を踏み入れた咲弥は、「おおー」と感嘆の声をあげることになった。
まず、頭上には何本もの紐が張り巡らされており、そこにデザートリザードおよびキバジカのなめし皮がどっさりと掛けられていた。
それで判明したことであるが、デザートリザードというのはキバジカよりも巨大な図体をしているらしい。その鱗の皮の巨大さは、ナイルワニさながらであった。
壁際にはずらりと壺が並べられており、大きな石の台座にはデザートリザードの胃袋で作られた容器やキバジカの巨大な牙などが準備されていた。
「失礼いたします。……このたびは、ひときわキバジカにまつわる品が多いようですね」
「は、はいなのです。りゅーおーさまのごおんじょーで、おやまのめぐみをいただいたのです」
ちょうど咲弥が本日のお祝いにお招きされた十日前から、凶暴化したキバジカを捕獲する周期に入ったのだ。そして、コメコ族の集落でも肉や革には困っていないので、キバジカにまつわる品はのきなみ売りに出されているのだった。
「砂漠沿いの辺境都市ではキバジカの商品も希少ですので、ありがたい限りです。本日は、どれだけの品を取り引きしていただけるのでしょうか?」
「は、はいなのです。こちらにじゅんびしたぶんでおねがいしたいのです」
そう言って、集落長は壁際の一画を指し示す。そちらには、砂の詰まった壺が十個ばかりも並べられていた。
「……それでは、確認させていただきます」
壁際まで歩を進めた行商人は膝をつき、壺の口に手の平をかざす。
咲弥が興味深く見守っていると、ドラゴンが耳もとに口を寄せてきた。
「解析の魔法で、肉の質を確認しているのだ。食材を扱う行商人にとっては、必須の魔法なのであろうな」
「おー、ドラゴンくんがいつもやってる、アレかぁ。あらためて、便利な魔法だねぇ」
ドラゴンはいつも新たな食材を前にすると、それが人間族やコメコ族に害がないか確認してくれるのだ。肉が腐っていたりしたら、この時点で判明するわけであった。
「いずれも、問題ありません。こちらの皮も、すべてお売りいただけるのでしょうか?」
「はいなのです。こちらでひつようなぶんは、すべてかたづけているのです」
「それでは」と、行商人は頭上に手の平を突き上げる。
食材ばかりでなく、なめし皮の状態なども分析できるのであろうか。咲弥としては、初めて魔法文明の片鱗を目にしたような心地であった。
「こちらも、問題ありません。あとは、卓上の品々ですか」
「はいなのです。キャメットのにゅうしゅとにゅうしとかんらく、そしてキバジカのきばなのです」
キャメットの乳は保存性の問題から、商売には使われていないのだろう。それを加工した乳酒と乳脂と乾酪が、胃袋の容器に詰め込まれているわけであった。
それらもすべて走査したのち、行商人はひとつうなずく。
「いずれも、問題ありません。キバジカの品が多いため、こちらはちょうど普段の倍ほどの対価を差し出すべきでしょう」
「ばいっ! それは、ありがたいかぎりなのです! すべてはりゅーおーさまのおじひのおかげであるのです!」
集落長は喜色をあらわにしながら、ドラゴンに向かってぺこぺこと頭を下げる。
すると、行商人が「ただし」と声をあげた。
「この近年、こちらでは塩と豆と布ぐらいしか取り引きされておりません。そして本日、それだけの量は準備がないのです」
「え? そ、それでは、どうなるのです?」
「本日の取り引きは、七割ていどの品で収めるか……あるいは、別なる品を代わりとするしかないでしょう。私としてはすべての品を引き取りたく思っていますので、別なる品でご満足いただけることを願います」
集落長は「うーん!」と考え込んだが、すぐさまぽんと手を打ち鳴らした。
「じつはきょうは、ちょーろーさまのちょーめいのおいわいであるのです! ふだんとちがうしょくじをだせば、きっとみんなよろこびいっぱいいっぱいのです!」
「長命の祝い……なるほど、それでこちらの集落は賑わっていたのですね」
そんな風に答えてから、行商人は遠目に見守る咲弥たちのほうに目を向けてきた。
「もしや皆様は、そちらの祝いを見物にいらっしゃったのでしょうか?」
「左様である。山で働くアトルとチコが、我々を招待してくれたのだ」
「なるほど」とうなずいてから、行商人は集落長に向きなおった。
「他なる食材であれば、多少の準備があります。そちらをご確認いただけますでしょうか?」
「はいなのです! よろしくおねがいしますのです!」
「承知しました。では、こちらの卓をお借りいたします」
行商人は石の卓のスペースが空いている面に移動したのち、指先で虚空に魔法陣を描いた。
するとそこから、いくつかの木箱が出現する。咲弥にとってもお馴染みの、亜空間への扉を開く魔法である。
「まずはこちらが、塩と豆になります。やはり、普段の二割増しといったていどでありましょう。布は、如何ほどご所望でしょうか?」
「そちらは、いつもどおりのりょうでおねがいしますのです!」
「では、残るは七割と三分ほどの対価となります。これらの品からお選びいただけたら、幸いです」
いくつかの木箱は足もとに下ろされて、二つの木箱が卓上に残された。
好奇心に駆られた咲弥はドラゴンに了承を得てから、そちらに近づいていく。何か目新しい食材が存在するならば、それは拝見しておきたかった。
「まずこちらは、北方の辺境都市で収穫された『大地の卵』と『精霊の寝床』、そして百里香となります」
「おー、これならチコちゃんたちも、食べたことがあるよねぇ」
「はいなのです! だいちのたまごは、はたけでそだてているさなかであるのです!」
チコの返答に、行商人は切れ長の目を向けた。
「失礼。あなたがたは、魔の山で作物を育てていると聞き及んでおりますが……『大地の卵』も含まれるのですか?」
「は、はいなのです。いぜんにぼーけんしゃのかたがたからいただいて、とってもおいしおいしーでしたので、りゅーおーさまとユグドラシルさまがはたけでそだてるすべをごきょーじくださったのです」
その話は、咲弥も後から聞き及んでいた。かつて冒険者たちが持ち込んだ食材の内、『大地の卵』と『老賢者の杖』は畑で栽培することが可能であると見なされて、苗が植えられたようなのである。そちらの収穫も、目前に迫っているはずであった。
「た、ただ、だいちのたまごはねつをとおさないといけないので、しゅーらくでたべられるかどうかはわからないのです」
「そうなのです? ほかのさくもつのように、おひさまのめぐみでひものにすることはできないのです?」
集落長が興味深げに口をはさむと、チコは「はいなのです」とうなずいた。
「だいちのたまごは、しぼったかじゅーをやいてからたべるのです。おひさまのめぐみできちんとねつがとおるかどうかは、ためしてみないとわからないのです」
「なるほどなのです。でもきょうはちょーめいのおいわいなので、ひをつかえるのです。ちょうどいいのでこちらをちょーだいして、おひさまのめぐみでひものにできるかどうかもためしてみるのです」
ということで、『大地の卵』はある分だけ購入することになった。
あとは、春菊のごとき『精霊の寝床』と甘い香りのする百里香である。
「せ、せいれいのねどこはおやまのちょーわをみだすおそれがあったので、はたけではそだてられなかったのです。こちらはちょっぴりにがいですけれど、おいしーおいしーなのです」
「はい。『精霊の寝床』はきわめて繁殖力が強いため、辺境都市の畑においても他なる作物の害にならないように注意が必要であるのだと聞き及びます。山中の畑で栽培したならば、生態系を乱す恐れが生じるのでしょう」
「ひゃ、ひゃくりこーは、あまいかおりがするのです。イブのゆーわくにかけてたべると、おいしーおいしーなのです」
「はい。それ以外にも、百里香は肉の臭み取りなどで活用されています。コメコ族の方々は肉の処置にも長けていますので臭み取りは必要ないかと思われますが、干し肉に仕上げる際に適度にまぶせば普段と異なる味わいをお楽しみいただけるでしょう」
チコと行商人の解説で、そちらも購入されることになった。
しかしどちらもそれほどの量ではなかったので、まだまだ不足分は埋まらないようである。行商人は落ち着き払った態度で、もう片方の木箱を開けた。
「こちらは南方の辺境都市で収穫された、『夜のしずく』と『雷鳥の残り香』となります。前者は滋養の豊かな豆類、後者は茸です」
集落長が目をやると、アトルとチコはぷるぷると首を横に振った。
「そ、そちらのしなは、ぞんじあげないのです」
「うむ。かの冒険者たちは、砂漠の北側の辺境都市に拠点を築いているようであるからな。砂漠を越えた南方の品などは、なかなか手にする機会もあるまい」
そういった品を届けるために、砂漠の行商人が活躍しているということであるのだろう。咲弥にも、ようやく行商人のありがたさを実感できた気がした。
「よろしければ、お味のご確認をどうぞ」
「はいなのです。ありがたくちょーだいするのです」
集落長はぺこぺこと頭を下げたのちに、まずは『夜のしずく』なる豆類をひと粒つまんだ。さきほど咲弥たちがご馳走になった豆と同様にしなびた質感であり、ただ真っ黒な外見をしている。ぱっと見には、レーズンのようなビジュアルだ。
「ほうほう! こちらはほんのりあまくて、ふだんのおまめよりおいしーおいしーなのです!」
「はい。『夜のしずく』には糖分も含まれておりますため、南方では菓子の材料としても活用されています。ただし、値段は普段の豆類の倍となります」
「ばいっ! それはとても、こーかなのです! でもでもきょうはちょーめいのおいわいなので、ふんぱつしたいのです!」
「恐縮です。では、『雷鳥の残り香』は如何でしょう?」
そちらはブナシメジのようにちんまりとした茸の乾物で、全体的に黄色みを帯びている。それを口にした集落長は、初めて難しげな顔をした。
「こちらは……くちのなかがぴりぴりするのです」
「はい。そちらは雷を帯びているかのような刺激が特徴となります。もちろんコメコ族の方々に害のないことは保証いたします」
「なるほどなのです。……でもこちらは、くさったたべものをくちにしたときのぴりぴりとにているのです。このぴりぴりをおいしーとかんじるのはきけんなきがしますので、ごえんりょするのです」
もしゃもしゃの髭の他はアトルと大差のない可愛らしい顔立ちをした集落長は、頼もしい威厳をあらわにしながらそう答えた。
行商人は残念がる風でもなく、「そうですか」と茸を木箱に仕舞いこむ。
「しかしそうしますと、まだ二割五分ほど対価が足りません。……それでは、鋼の短剣など如何でしょう? 手入れ用の砥石もおつけしますので、長く使っていただけるかと思いますが」
「いえなのです。はがねのかたなのべんりさはアトルたちからもきいていますけれど、いっぽんしかないとうらやみのもとなのです。うらやみはあらそいにてんじるきけんがありますので、ごえんりょするのです」
そんな風に答えてから、集落長は咲弥に向かってにこりと笑いかけてきた。
「たいへんきょーしゅくなのですけれど、それでわれわれはトシゾウさまのありがたきもうしでもおことわりすることになったのです」
「え? うちのじっちゃんが、どうしたの?」
「アトルたちが初めてキャンプの場でトシゾウのナイフを使った際、その切れ味に大きな感銘を受けたのだ。それでトシゾウは、家で余っていた包丁を贈ろうかと提案したのだが……アトルたちからその話を伝え聞いた集落長が、丁重に断ったわけであるな」
思わぬ場面で祖父の名前を聞かされて、咲弥は思わず胸を詰まらせてしまう。
ドラゴンはとても優しい眼差しで、さらに言いつのった。
「トシゾウは集落長の見識に感じ入り、心からの謝罪をしていた。そうしてトシゾウに頭を下げさせたことで、アトルたちも恐縮しきってしまい……その場では、謝罪合戦ともいうべき様相を呈したのだ」
「……あは。いつでもぬかりないじっちゃんにしては、珍しいエピソードだねぇ」
「うむ。よって、我の記憶にも強く残されているのだ」
祖父とアトルたちが頭を下げ合っている図を想像すると、咲弥は何だか鼻の内側がツンと痛くなってしまった。
それを緩和するべく、咲弥はドラゴンの温かな首に手をのばす。そして足もとでは、ギューが心配そうに咲弥のすねにすり寄っていた。
「では何か、他にご所望の品はありませんでしょうか?」
こちらのやりとりに感銘を抱いた様子もなく、行商人はクールな声音で問いかける。
集落長は「うーん!」と思い悩んだのち、またぽんと手を打った。
「ではなにか、かざりものはありますのです?」
「飾り物ですか? それは、意外なお申し出です」
「そのかざりものは、ちょーろーさまへのおいわいのしなとするのです。ひゃくにじゅーねんをいきたおいわいであれば、うらやみのおもいもあらそいはうまないはずなのです」
「なるほど。集落の新たな取り組みに貢献できるのであれば、私も誇らしい限りです」
無感動な声音でつぶやきながら、行商人は新たな魔法陣を虚空に描いた。
そこから出現したのは、綺麗な桜色の石を連ねた首飾りである。
「こちらは南方の海辺を産地とする珊瑚石で作られた首飾りです。珊瑚石は長命を司る石ですので、今日の祝いには相応しいかと思われます」
「わあ、とってもきれーきれーなのです!」
チコがはしゃいだ声をあげると、集落長も「まったくなのです!」と瞳を輝かせた。
「でもでも、こんなにりっぱなしなをちょーだいできるのです?」
「はい。厳密に計算しましたら、わずかながらにこちらの損になりそうなところですが……コメコ族の方々には普段からお世話になっておりますので、私からも祝いの気持ちを捧げさせていただきたく思います」
「それはきょーしゅくのかぎりなのです! ぎょーしょーにんさまのごこーいに、かんしゃいっぱいいっぱいなのです!」
集落長は顔中をほころばせて、声を張り上げた。
「でしたら、ぎょーしょーにんさまにもおいわいのりょーりをたべていただきたいのです! せめてもの、へんれーであるのです!」
「いえ、どうぞお気遣いなく。私はあくまで商売人として、最善の道を選んだつもりですので」
「……ぎょーしょーにんさまは、このあともおいそがしいのです? それともやっぱり、われわれのそまつなしょくじなどありがためーわくなのです?」
たちまち集落長がしょんぼりしてしまうと、行商人はしばしフリーズしたのちに静謐な声を返した。
「では……恐縮ですが、祝いの場の末席に参じることを許していただけたら、ありがたく思います」
「こちらこそ、ありがたいかぎりなのです! ちょーろーさまも、きっとおよろこびなのです!」
集落長は、髭もじゃの顔をぱあっと輝かせる。
そして咲弥は行商人の横顔を眺めながら、内心でほくそ笑んだ。
(あんな顔を見せられたら、そりゃあ断りづらいよなぁ。この人もクールな雰囲気だけど、かわゆい相手に弱そうだ)
そうして本日のお祝いには、また新たなゲストが加えられたのだった。




