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ドラゴンと山暮らし  ~休日は異世界でキャンプライフ~  作者: EDA
第16話 砂漠の里

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03 見物

 昼食の最後に食した『イブの誘惑』の乾物もリンゴに似た甘みと酸味が凝縮されて、ドライフルーツさながらの味わいであった。

 また、咲弥は乳酒をひと口で取りやめたので、あとはキャロットの乳で咽喉を潤している。そちらはどこか馴染みのない風味があったものの、口あたりはとてもなめらかで食事の供としても不都合はない。準備された乾物の食事を綺麗にたいらげたのち、咲弥は心を込めて「ごちそうさまでした」と告げた。


「いやぁ、本当に美味しかったよぉ。でも、こんなにたくさん食べちゃって、大丈夫だったのかなぁ?」


「も、もちろんなのです! たいせつなおきゃくさまをせーいっぱいおもてなしするのは、とーぜんのことなのです!」


「そ、そうなのです! それにきょうはおいわいのひですので、しゅーらくのみんなもぜいのかぎりをつくしているのです! きょうのよろこびをむねに、またあしたからがんばっていくのです!」


 それがきっと、コメコ族の流儀というものなのだろう。よって咲弥も遠慮や恐縮をするのではなく、精一杯の気持ちで「ありがとうねぇ」と伝えることにした。


「それでこの後は、集落のあちこちを案内してくれるのかなぁ?」


「はいなのです! おいわいのほんばんはよるからなので、それまではぼくたちがみなさまのごめんどーをみるようにもうしつけられているのです!」


「な、なにもおもしろいものはないかとおもうのですが、サクヤさまのごよーぼーにおこたえするのです!」


「うんうん。二人にとっては見慣れた光景なんだろうけど、あたしたちにとっては何もかも新鮮だからさぁ。ね、陽菜ちゃん?」


「うん! 今日はすごく楽しみにしてたの!」


 陽菜も輝くような笑顔を届けると、アトルとチコは嬉しそうにもじもじとした。

 そうして一行は、あらためて表の広場へと足を踏み出す。いったん室内にこもると、砂漠の陽射しはいっそう強烈に感じられた。


「ま、まずはキャメットのほーぼくじょーにごあんないするのです」


 アトルとチコの案内で、咲弥たちは広場を横断した。

 その間も、何名かのコメコ族が家から家へと行き交っている。そうして咲弥たちとすれ違う際には、誰もがわたわたと頭を下げてくれた。


「そういえば、今日の主役の長老さんはどこにいるのかなぁ?」


「ちょ、ちょーろーさまはいちにちのはんぶんいじょーをねむっておられるのです! ちょーろーさまにかわって、ごあいさつできないおわびをもうしあげるのです!」


「謝る必要なんてないさぁ。夜のお祝いに備えて、しっかり休んでもらわないとねぇ」


 そんな言葉を交わしながら、咲弥たちは四角い建物にはさまれた通路を通りすぎる。その先でいきなり視界が開けたため、陽菜が「うわぁ」と瞳を輝かせた。


 そこは、キャメットなる動物の放牧場である。

 砂漠そのものの広大な砂地に、見慣れない姿をした動物たちがのろのろと行き交っている。体長は百センチから百五十センチていどで、短めの体毛は砂色をしており、頭にはコメコ族さながらの立派な巻き角が生えていて――そして、背中には大きなこぶが盛り上がっている。以前にドラゴンから聞いていた通り、ヤギとラクダを掛け合わせたような姿であった。


 そちらのキャメットも興味深いが、さらに目をひかれるのは周囲の光景だ。

 放牧場は集落の外れに位置しているらしく、その向こう側には果ての知れない砂漠が広がっていたのである。


 放牧場と砂漠を分けているのは、背の低い柵ひとつとなる。よって咲弥は、ついにこの地が砂漠のど真ん中であるという事実を実感することができた。

 見渡す限り黄白色の砂丘で、ところどころに潅木やサボテンのようなものが生えている。それ以外には視界を遮るものはなく、地平線は陽炎でぼんやり霞んでいた。


 そして――そのゆらゆらとゆらめく地平線に、黒い影が浮かんでいた。

 相当な距離があるはずであるのに、どっしりとした威容であるように感じられる。砂色の世界の中で、その黒い影だけが異彩を放っていた。


「もしかして……あれが、七首山?」


「うむ。コメコ族の健脚でも、徒歩で丸一日かかる距離であるな」


「そっか……本当に、七首山は砂漠のど真ん中にあるんだねぇ」


 咲弥は初めて、異界の側から七首山を目にしているのである。

 それは何だか、咲弥の胸中に得も言われぬ感慨をもたらしてやまなかった。


「りゅ、りゅーおーさまのごいっこーさま! このようなばしょにまでおあしをおはこびいただき、きょーしゅくのかぎりなのです!」


 と、放牧場を見回っていたコメコ族のひとりが、大慌てで駆け寄ってくる。他なる面々もこちらの存在に気づいて、遠くからぺこぺこと頭を下げていた。


「お仕事の最中に、ごめんねぇ。みんなは何をやってるのかなぁ?」


「は、はいなのです! ぼくたちはキャメットのおせわをしながら、デザートリザードのしゅーげきにそなえているのです!」


「おー、なるほどぉ。デザートリザードは、キャメットを襲うって話だったもんねぇ」


「そ、そーなのです! ほーぼくじょーをかこうさくにはクニャスのしぼりじるをかけているのですけれど、それでもときどきキャメットをねらってやってくるのです!」


「クニャス? なんだそりゃ?」


 ケイが横から口をはさむと、そちらのコメコ族はいっそうしゃっちょこばった。


「ク、クニャスはさばくにさく、ふしぎなはななのです! とってもきれーきれーなのですけれど、デザートリザードはクニャスのかおりがだいきらいなのです!」


「そ、そーなのです! クニャスのはなのしぼりじるのおかげで、わたしたちはよるもあんしんしてねむることができるのです!」


 チコもわたわたと慌てながら、そんな補足をしてくれた。

 すると、放牧場をうろついていたキャメットの一頭がひょこひょこと近づいてきて、柵の上からこちらを覗き込んでくる。その顔は、やはりヤギともラクダともつかないユーモラスな造形をしていた。


「かわいいねー。角の形が、チコちゃんたちみたい」


 陽菜が屈託のない笑顔でそう言うと、チコも「はいなのです」とはにかんだ。


「コメコぞくはこちらのさばくにすむようになってから、キャメットとなかよしになったのです。みんな、たいせつなかぞくなのです」


「へん。こいつらは、肉が臭くてまずいからなー」


「は、はいなのです。てんめーをまっとーしたキャメットからはけがわやつのをいただくのですが、にくはたべずにさばくにかえすのです。きっとそれはデザートリザードのかてになって、いずれわたしたちのちにくになるのです」


「にゃるほど。コメコ族のみなさんは、いつぐらいからこの砂漠に移り住んだんだっけ?」


「な、なんねんまえかはわからないのですけれど、そふやそぼがあかんぼーであったころにうつりすんだときいているのです」


 ではきっと、まだ百年足らずの話であるのだろう。その期間で、コメコ族たちは砂漠で生きるすべを習得したということであった。


「よ、よろしければ、キャメットのねどこにもごあんないするのです」


 そのように語るアトルが指し示すのは、たった今かたわらを通りすぎてきた建物の片方であった。

 そちらはひときわ巨大な造りで、出入り口がこちら側に設置されている。キャメットたちは、ここから放牧場に連れ出されているわけであった。


 アトルの案内でアーチ形の出入り口をくぐると、だだっ広い空間が広がっている。やはり足もとは砂地であるので、壁と天井があるだけの簡素な造りだ。

 しかしそこに待ち受けていた光景に、陽菜が「うわあ」と瞳を輝かせた。室内の片隅が柵で仕切られており、そこで何頭かのキャメットがそれぞれ赤ん坊に乳をやっていたのだ。


「いまはさんとうのあかんぼーがいるのです。みんな、かわいーかわいーなのです」


「うん、本当だね! ちっちゃくて、かわいー!」


 顔立ちそのものはユーモラスであるが、これほど小さければ愛くるしくて然りであろう。横たわった母親の乳をむさぼる赤ん坊のキャメットたちはいくぶん淡い毛色をしており、ぬいぐるみのような可愛らしさであった。


「キャメットたちは、よるになるとこちらのねどこにうつされるのです。そして、みはりのとーばんがいっしょにねむるのです」


「ほうほう。それもやっぱり、デザートリザードに備えてのことなのかなぁ?」


「はいなのです。キャメットがてんめーをまっとーできるように、コメコぞくはしりょくをつくしているのです」


 そのように語るアトルは真剣そのものの表情で、咲弥としてはコメコ族の純真さと誠実さをあらためて思い知らされた心地である。

 しかしまた、アトルたちがキャメットの群れに囲まれて眠るさまを想像すると、微笑ましく思えてならなかった。


「ではつぎに、いしきりばにごあんないするのです」


 一行は再び広場を横断して、放牧場とは反対側の端にまで案内される。

 すると、その手前から派手な音が聞こえてきた。何か硬くて巨大なものを打ち合わせているような、物々しい音色である。


「どうやら、なにかさぎょーちゅーのようなのです」


 また家の隙間をぬって集落の外側に出てみると、そちらでは二名のコメコ族が働いていた。

 その光景に、陽菜は「す、すごいね」と声をあげる。彼らはひと抱えもある岩石を持ち上げて、同じぐらいの大きさをした地面の岩石に叩きつけていたのだった。


 コメコ族が力持ちであることは咲弥たちも承知していたが、キャンプの場で岩石を持ち上げる機会などはないので、やはり驚きの光景である。

 すると、こちらに気づいた両名が岩石を抱えたままあたふたと頭を下げてきた。


「ど、どうもごそくろーさまなのです。いしきりばになにかごよーじなのです?」


 ここが、石切り場であったのだ。地面のあちこちから岩塊が顔を覗かせているが、おおよそは砂をかぶっているため、遠目には違いもわかりにくい。さきほど見回した砂漠にも、こういった岩場が点在しているのかもしれなかった。


「みなさまは、ぼくたちのくらしをけんぶつしたいとおっしゃっているのです。いまはなにをつくっているのです?」


「こ、こちらはみなさまにすわっていただく、だいざなのです」


 見てみると、地面に置かれているほうの岩石は上面が刃物で斬ったように真っ直ぐの仕上がりになっている。きっと衝撃を与えると綺麗に割れる材質であるのだろう。しかしそれも、コメコ族の怪力があっての成果であった。


「なるほどぉ。これだったら、椅子や卓として使えそうだねぇ」


「は、はいなのです。したのぶぶんはじめんにうめて、まっすぐにするのです」


「ふむふむ。上下を平行に割るのは、さすがに難しそうだもんねぇ。やっぱりよく考えられてるなぁ」


 咲弥はその場に屈みこみ、二人と同じ目線で笑いかけた。


「それでこれは、あたしたちのために作ってくれてるんだねぇ。どうもありがとぉ」


「と、とんでもないのです! みなさまのためにちからをふるうことができて、きょーえつのいたりなのです!」


 巨大な岩石を胸もとに抱え込んだまま、二人のコメコ族はもじもじとする。やはり誰もが、アトルたちに負けない可愛らしさであるようであった。


「ではつぎは、きよめのばにごあんないするのです。わたしたちは、いつもそちらですなあびをしているのです」


 岩場から横移動すると、そちらは砂場が柵で囲まれている。放牧場とは比較にならないささやかな規模であるが、それでも七メートル四方ぐらいはありそうだった。


「きよめのすなはきれーにたもたないといけないので、ときどきひにかけているのです。おにくをつけるすなも、どーよーなのです」


 裸になったチコたちがこの砂場でたわむれている姿を想像すると、やはり微笑ましい限りである。

 しかしまあ、ちまちましているコメコ族は何をしていても可愛らしく見えるのが常であった。


「そしてこちらが、みずばなのです。わたしたちの、せーめーせんなのです」


 近づく前から、そちらの光景は目に映っていた。その周囲にだけ、目にも鮮やかな緑の草木が生えていたのだ。

 その中央に、暗緑色の水面が輝いている。面積は、清めの砂場と同程度であろう。砂漠の真ん中に突如として沼でも出現したような不思議な光景であった。


「こちらのみずばがかれてしまったら、あたらしいみずばをさがしてしゅーらくをうつさなければならないのです。だから、だいじにだいじにつかっているのです」


「なるほどねぇ。チコちゃんたちの生活が、けっこう理解できた気がするよぉ」


 こちらの水場だけは緑も豊かであるが、それを伐採してしまったらそれっきりであろう。あとはしなびた潅木やサボテンのような植物しか見受けられないため、火を焚く燃料を確保するのもひと苦労であるはずであった。


 また、水場の水は濁っているので、口にするには煮沸や濾過が必要になるはずだ。そのような手間をかけるぐらいであれば、乳や乳酒を飲料の主体とするのも道理であった。


(こんな砂漠のど真ん中で生きていくのは、どう考えたって大変だもんなぁ……しかもコメコ族は他の種族に迫害されて、砂漠の奥深くに移り住むしかなかったっていう話なんだもんなぁ)


 しかし咲弥は、コメコ族に同情する気持ちにはなれなかった。

 コメコ族はこの不自由な地でたくましく生きのびて、こんなにも純真な人柄を保っているのだ。そんなコメコ族に同情するというのは、傲慢の極みであるように思えてならなかった。


「うむ? どうやら、客人であるようだな」


 と、ドラゴンがふいにそんな言葉をこぼした。

 その黄金色の瞳は、砂漠の最果てに向けられている。それで咲弥も目を凝らしてみると、ゆらゆらとゆらめく陽炎の向こう側に砂塵が舞い上がっていた。


「あっ、きっとぎょーしょーにんさまなのです」


「そーいえば、ぎょーしょーにんさまがやってくるじきであったのです。ちょーめいのおいわいにきをとられて、すっかりわすれていたのです」


 アトルとチコも、べつだん慌てている様子はない。

 すると、ルウが凛然たる声をあげた。


「砂漠を渡る行商人ですか。我々は、姿を隠すべきでしょうか?」


「否。あやつとは、以前にもこの地で出くわしているのだ。あやつは胆が据わっているので、其方の姿に怯えることもあるまい」


 そんな言葉を交わしている間に、砂塵のうねりはどんどん近づいてくる。

 念のため、咲弥は陽菜とギューを自分のそばに寄せておくことにした。


 そしてついに、その全容があらわにされる。

 砂塵を蹴散らして登場したのは、なんと帆を張ったヨットであった。


 木造りの船体は全長三メートルほどで、立派な帆の他にはオールも車輪も見当たらない。咲弥にとっては理解の外であるが、魔法の力で動いていることは確かであった。


「え、えんろはるばる、おつかれさまなのです。ぎょーしょーにんさまを、こころからかんげいするのです」


 アトルがそのように告げると、ひとりの人間がヨットから降り立った。

 しかし、人相はわからない。その人物はターバンのような白い布を顔と頭に巻きつけており、目もとしかあらわにしていなかった。


 咲弥よりも頭半分ぐらいは背が高く、すらりとした体に白いマントを纏っている。目もとや手の先の肌は、砂をまぶしているようにくすんだ黄褐色をしていた。


「……竜王殿もご来訪のさなかでありましたか。お目汚し、失礼いたします」


 と、その人物は恭しげに一礼した。口もとを覆っているので声はくぐもっているが、若い男性であるようだ。


「……そしてそちらが、ケルベロス殿ですね。お噂は、こちらの集落の方々からおうかがいしておりました」


 そんな風に述べてから、その人物は咲弥のほうにも目を向けてきた。

 まなじりの切れあがった、凛々しい目つきである。砂塵をよけるためであるのか、びっくりするぐらい睫毛が長い。そしてその黄色みがかった瞳には、とても静謐な輝きがたたえられていた。


「そして、そちらは……もしや、魔の山に住まうという人間族のご婦人でありましょうか?」


「うむ。我にとっても大切な朋友であるので、そのように心置きを願いたい」


 ドラゴンが粛然と答えると、その人物はまた恭しく頭を垂れた。


「承知いたしました。そちらの幼きご婦人は、ご家族でしょうか?」


「ううん。この子はお友達の陽菜ちゃんで、あたしは大津見咲弥ってもんだよぉ。どうぞよろしくねぇ」


「ご丁寧なご挨拶、いたみいります。私はこの砂の海で行商を行う、名もなき商売人でございます」


 そのように語る行商人の目が、最後にギューに向けられた。


「そして、そちらは……竜王殿の眷族か何かでありましょうか?」


「否。魔の山に生まれ落ちた、魔族である。何やら知恵が働かぬ様子であるため、我々が面倒を見ることになったのだ」


 ドラゴンの言葉に、ギューが「ぎゅう」と鳴き声を重ねる。とりあえず、行商人を警戒している様子はないようだ。そんなギューの姿をじっと見つめてから、行商人は三たび頭を垂れた。


「左様ですか。無用の詮索、失礼いたしました。……それでは、商談を始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「はいなのです。しゅーらくちょーのもとまでごあんないするのです」


 アトルがちんまりした手を、集落のほうに差し伸べる。

 そうして咲弥たちは思わぬ闖入者を加えつつ、集落の広場に舞い戻ることになったのだった。

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― 新着の感想 ―
砂漠の上で移動できる船はやはりロマンがありますね。商人さんとどう触れ合うのか楽しみです。後ふっと気になりましたけどキャメットは何食でしょう。灌木やサボテンあるので多分それらだと思いますけど、砂中の生き…
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