02 コメコ族の食卓
「それではみなは、ちょーめいのいわいのじゅんびにとりかかるのです!」
キャンプメンバーの紹介を終えたのち、コメコ族のひとりが声を張り上げると、残るコメコ族たちは蜘蛛の子を散らすように散開した。
そんな中、アトルとチコを含む十名ばかりのコメコ族が、ちょこんと居残っている。最初に声をあげた人物とともに、その一団がちょこちょこと近づいてきた。
「あ、あらためまして、はじめましてなのです。わたしがこのしゅーらくのおさであるのです」
「わ、わたしはアトルとチコのちちなのです」
と、二名の人物が進み出てくる。
どちらもアトルやチコよりはほんの少しだけ背が高く、集落長のほうは口の周りを覆いつくすもしゃもしゃの髭を、父親のほうは立派な口髭をたくわえている。しかし顔立ちの可愛らしさはアトルたちと大差なかったので、つけ髭でもつけているような風情であった。
「い、いつもいつもアトルとチコがおせわになっているのです。こちらが、わたしたちのかぞくなのです」
アトルとチコの父親がそのように告げると、残る面々もわらわらと進み出てきた。
「わ、わたしはアトルとチコのははなのです」「そふなのです」「そぼなのです」「あになのです」「あにのよめなのです」「いもうとなのです。こちらは、あにのこなのです」「あぶう」
それが、アトルとチコの家族の総勢であるようであった。
両親と祖父母はアトルたちよりも数センチだけ大きく、妹は数センチだけ小さい。そして、妹に手をひかれた兄の子は二歳児ぐらいの大きさで、まだ言葉も覚束ないようであった。
兄は背丈も変わらないが、ただ丸っこい下顎にふさふさの顎髭を垂らしている。
祖父母は紫色の巻き毛がいくぶん淡い色合いになっており、とろんと眠たげな目つきをしていて、目尻と口もとに少しだけ皺が浮かんでいた。あとは祖父だけがヤギのような髭を垂らしているばかりである。
また、それぞれ髪の長さや角の形状などにほのかな違いがあるようであったが、びっくりするぐらい顔立ちは似ている。兄の伴侶もそれは同様であったので、コメコ族が個体差の少ない種族なのだろうと見当をつけることができた。
「ご丁寧に、ありがとうです。こちらこそ、アトルくんとチコちゃんにはお世話になってますよぉ」
咲弥が心からの笑顔を届けると、家族のみなさんはいっせいにぱあっと顔を輝かせた。
「ア、アトルたちのいうとおり、サクヤさまはとてもおやさしそうなのです!」
「それに、おひめさまのようにおきれいなのです!」
「おーじさまのようにりりしいのです!」
「アトルとチコによくしていただき、かんしゃいっぱいいっぱいなのです!」
そのように語る声も、アトルたちと同様に幼げで可愛らしい。
咲弥としては、幼稚園児に取り囲まれているような微笑ましさであった。
「ほかのみなみなさまもごそくろーいただき、きょーしゅくのかぎりなのです!」
「なんのおもてなしもできませんが、どうかおくつろぎいただきたいのです!」
「まずは、わがやでじゅんびしたしょくじをめしあがっていただきたいのです!」
「そまつなできばえでおはずかしいかぎりですが、せめてものこころづくしであるのです!」
「われわれはいわいのじゅんびがありますので、アトルとチコがごあんないするのです!」
「それでは、しつれいいたしますのです!」
「あぶう」
そうして咲弥たちに返事を与えるいとまもあたえず、集落長と家族たちはぴゅーっと駆け去っていく。あとに残されたのは、アトルとチコのみであった。
「コメコ族は、誰もが浮かれているようですね。それだけ、今日の祝いが重要であるということですか」
ルウの粛然たる問いかけに、チコが「はいなのです!」とぺこぺこ頭を下げた。
「か、かぞくがしつれーしましたのです! いくえにもおわびをもうしあげますので、どうかおいかりをおおさめいただきたいのです!」
「えー? これっぽっちも、失礼なことはなかったと思うけどなぁ」
咲弥がそのように答えると、ドラゴンが優しい眼差しで発言した。
「しかし確かに、コメコ族たちは昂揚しているのであろう。でなければ、サクヤと出会った頃のチコたちのように恐縮していたであろうからな」
「はい。ましてやこの身と初めて対面して、恐怖に震えないこともありえませんでしょう」
「へん。こっちは分裂してるから、甘く見られたんじゃねーのか?」
そのように語るケイも、べつだん気分を害している様子はない。アトルたちのご家族は誰もが純真そのものであったので、気分を害する理由などどこにも存在しなかったのだった。
「そ、それでは、わがやにごあんないするのです。こちらにどーぞなのです」
頬を火照らせたアトルの先導で、咲弥たちは広場に足を踏み出すことになった。
こちらの広場も、足もとは砂地である。そして周囲は、灰色の四角い建造物に取り囲まれている。そのいくつかでは、何か大荷物を抱えた住民たちがわたわたと出入りしていた。
空は青く晴れ渡り、夏のような陽射しが降り注いでいる。半袖のTシャツにサロペットエプロン、ハーフパンツにレギンスという姿でも、いささか暑く感じるほどだ。ただし、空気はきわめて乾燥しているため、汗が滴ることはなかった。
「こ、こちらなのです」
アトルを先頭にして、ひとつの建物のアーチ型の出入り口をくぐる。
扉の類いが存在しないのは、通気性を確保するためであろうか。ただし出入り口の内側には、デザートリザードの革でできたカーテンを開閉できる設備が存在した。
壁や天井は灰色の石造りで、石の隙間には砂色の何かが詰め込まれている。足もとは地面のままであったので、土足で踏み入ることができた。
そして、入ってすぐの空間は広々と開けており、真ん中に大きくて背の低い石の台座が置かれている。コメコ族の背丈から察するに、これがテーブルであるのだろう。その周囲には椅子と思しき小ぶりの台座がいくつも設置されて、座る面には毛皮の敷物が敷かれていた。
「た、ただいましょくじをおもちしますので、すわっておまちいただきたいのです」
アトルとチコはぺこぺこと頭を下げつつ、奥側の壁に設置されたアーチ型の出入り口をくぐって別室に消えていった。
とりあえず、咲弥と陽菜とギューは着席する。コメコ族の椅子であるため、ローチェアよりもさらに低いぐらいの寸法だ。ドラゴンとケルベロスは椅子を利用せずとも、テーブルに身を乗り出せるようであった。
「ここが、チコちゃんたちのおうちなんだね。なんだか、すごいなぁ」
日除けの麦わら帽子を外した陽菜は、好奇心に輝く瞳で室内を見回す。
装飾の類いは皆無であるが、家屋の造りだけで異国情緒は申し分ないのだ。ただやっぱり、異界の要素というのは希薄であるようであった。
(こっちの世界と違うのは、魔法や魔力の類いだけなんだもんな。コメコ族は魔法を使えないって話だから、異界の要素の入る余地がないってことかぁ)
七首山は魔力の恩恵もあって異界の植物がはびこっているし、ドラゴンたちも半分がたは魔力で肉体を構成されているという。よって、この場で異界を感じさせるのは、魔族たるドラゴンたちの存在のみであった。
「お、おまたせしましたのです。そまつなしょくじできょーしゅくなのですが、ごまんぞくいただけたらさいわいのかぎりなのです」
やがて別室から戻ってきたアトルとチコが、石のテーブルに食事を並べ始める。
皿やコップは砂色の土器で、咲弥と陽菜とドラゴンには奇妙な食器が添えられる。先端に黒曜石の刃がついた、テーブルナイフのような代物だ。細長い柄は、おそらく何かの骨で作られていた。
「ふむ。これなる器具で、食事を切り分けるのであろうか?」
「は、はいなのです。ひつよーがなければ、おすておきいただきたいのです」
そんなやりとりを聞きながら、咲弥はまず取り分け用の小皿を検分させていただいた。
「ほうほう、立派なお皿だねぇ。こういうのも、みんな手作りなんでしょ?」
「はいなのです。ねんどでこねて、いしがまでやきあげるのです」
「でもでも、ねんどのさらはわれやすいのです。いしがまでつかうまきはきちょーなので、わらないようにだいじにだいじにつかっているのです」
確かにこちらの小皿はとても年季が入っており、大事に使われてきたことが察せられる。表面が摩耗して艶々と照り輝いているさまが、コメコ族の誠実さの表れであるわけであった。
食器に対する好奇心を満たした咲弥は、次なる好奇心を食事へと向ける。
大皿にどっさりと山積みにされていたのは、肉と野菜と豆類である。そして、それらのすべてがしおしおに干からびていた。
たったいまチコが言っていた通り、砂漠のど真ん中では薪の燃料も貴重であるため、調理に火が使われることは滅多にないという話であったのだ。よって、肉も野菜も豆類も、砂漠の陽射しで干し固められているのだった。
そして、野菜というのはすべて七首山の畑の収穫である。真っ赤なカボチャのごとき外見をした『ジャック・オーの憤激』と黄金色の林檎のごとき『イブの誘惑』は薄くスライスされた状態で、巨大な薔薇の花弁のごとき『黄昏の花弁』は一枚ずつ剥かれた状態で、巨大キノコはさきいかのようにほぐされた状態で、それぞれ乾物に仕上げられていた。
切り身にされたデザートリザードの肉も薄桃色のところどころが黒ずんで、ジャーキーのような外見だ。
畑の収穫ならぬ豆類は淡い黄白色をしており、しぼんだ大豆のような風情であった。
大皿の中身は以上であり、それとは別に小ぶりの深皿が準備されている。
そちらを満たしているのは、すりおろされたマンドラゴラモドキに他ならなかった。咲弥の祖父からおろし金をプレゼントされたアトルたちは、家でもそれを活用しているという話であったのだ。
「お、おのみものは、キャメットのおちちかにゅーしゅなのです。ごきぼうのしなをおつぎするのです」
「おー、それが噂の乳酒かぁ。まだ日は高いけど、味見ていどにいただいちゃおっかなぁ」
「うむ。酒気の割合は、サクヤの世界のビールよりもやや低いていどであるからな。味見ていどであれば、酩酊することもあるまい」
ということで、陽菜を除く面々は乳酒を所望することになった。
砂漠では、水も貴重であるのだ。コメコ族の食卓では、キャメットの乳か乳酒を口にする機会のほうが格段に多いという話であった。
「キャメットの乳は、多くの滋養を含んでいるのだ。それもまた、コメコ族の頑強なる肉体を作る一因なのであろう」
「ふーん! ひなもチコちゃんみたいな力持ちになりたいなぁ」
陽菜が純真なる笑顔を向けると、いくぶん緊張気味の面持ちであったチコも気恥ずかしそうにはにかんだ。
そうしてついに、昼食の開始である。
咲弥は両手を合わせて、深々とお辞儀をした。
「それでは、食事を準備してくれたアトルくんとチコちゃんとご家族に感謝を捧げつつ、いただきます」
陽菜も咲弥の真似をして、「いただきます」と頭を下げる。それに対して、アトルとチコはわたわたと手を振った。
「と、とんでもないのです。ぼくたちはいつもいつもおせわになっていますので、このていどではとうていごおんをかえしきれないのです」
「そ、そうなのです。それに、こちらのしょくじもほんとんどおやまのめぐみなのです」
「でも、畑で頑張ってるのはアトルくんたちだし、お世話になってるのはこっちも同様だよぉ」
「うむ。其方たちは労働の対価として作物を受け取っているのであるから、そこで恐縮する理由はあるまい。また、我やケルベロスなどは其方たちにも世話を焼かれるいっぽうであるしな」
「と、とんでもないのです」と繰り返しながら、それでもアトルたちはおずおずと笑ってくれた。
そんなやりとりを経て、いざ食事の開始である。
とりあえず、咲弥は初挑戦となるキャメットの乳酒を口にしてみた。
想像していたほど、風味は強くない。ヨーグルトのような酸味があり、その裏側にほんのりと甘みが感じられる。そして酸味にまぎれているが、ほんのわずかに発泡の気配を感じた。
しかし口あたりはなめらかで、飲みにくいことはまったくない。ヨーグルトベースのカクテルと称するには、いささか野性味が強かったが――咲弥にとって、それはむしろ美点であった。
「うん、こいつは美味しいねぇ。そんなにクセもないし、あたしは好きな感じだよぉ」
「左様であるか。畑の収穫で果実酒を醸造できるようになってからは、山に乳酒を持ち込むことも取りやめていたのであるが……時には所望するべきであったやもしれんな」
「うんうん。よかったら、あたしが準備するお酒と交換してもらおっかなぁ」
「と、とんでもないのです! サクヤさまがごしょもーでしたら、いくらでもおとどけするのです!」
「でもそうしたら、みんなの飲む分が減っちゃうでしょ?」
「いえなのです! こちらはたくさんのかじつしゅをいただいているので、あまったにゅーしゅはぎょーしょーにんのおかたにわたしているのです! それはよていがいのとりひきなので、サクヤさまのごきぼーがさいゆーせんなのです!」
「そ、そーなのです! それに……サクヤさまににゅーしゅをおよろこびいただけたら、わたしたちはしあわせいっぱいいっぱいなのです!」
咲弥が頭を撫でてあげると、アトルとチコはちょっとひさかたぶりに「きゃーっ」という歓喜の悲鳴を響かせた。
その可愛らしい声音に胸を満たされつつ、咲弥は『黄昏の花弁』をつまみあげる。
『黄昏の花弁』は肉厚のハクサイを思わせる形状と味わいであるが、カラカラに干されたこちらは正体も知れない干物である。繊維質もみっしりと凝縮されて、スルメのような食感であった。
それを入念に噛みしめると、ほのかな甘みがじんわりとしみだしてくる。糖分とは異なる、うまみ成分がもたらす甘みだ。
「おー、やっぱり乾物に仕上げると、味が凝縮されるんだねぇ」
「うむ。これはこれで、ひとつの料理であるかのようであるな」
ドラゴンも、満足そうに目を細めている。
野菜類に興味が薄いケルベロスたちも文句をつけようとはしなかったし、ギューは大喜びでさまざまな乾物を噛みしめていた。
咲弥はいっそう胸を高鳴らせながら、『ジャック・オーの憤激』と巨大キノコの乾物も取り分ける。すると、チコが大慌てで声をあげた。
「じゃ、じゃっく・おーのふんげきはひものにすると、とてもからいからいなのです。わたしたちは、まんどらごらもどきのすりおろしにひたしてたべているのです」
「ほうほう。それは興味深いねぇ」
チコのアドバイスに従って、咲弥は『ジャック・オーの憤激』の乾物をマンドラゴラモドキのすりおろしにひたしてから口に運んだ。
こちらもなかなかの歯ごたえであるが、噛み千切るのに苦労するほどではない。
そして確かにトウガラシのごとき辛さが倍増しており、幼い陽菜にはちょっと注意が必要なぐらいの刺激であった。
しかしこちらも、トマトのごとき旨みが凝縮されている。
そしてそれがヤマイモのごときマンドラゴラモドキのすりおろしと絡み合い、なかなか愉快なハーモニーを見せていた。なおかつ、マンドラゴラモドキのすりおろしにはバターのごとき乳脂が添加されていたらしく、そちらの甘みと風味がいっそう辛みを中和してくれるようであった。
「うん、美味しい美味しい。でもすごく辛いから、陽菜ちゃんは味見をしたほうがいいと思うよぉ」
そして咲弥はギューのために、ひと切れの乾物をすりおろしにひたして差し出した。
咲弥の指までかじってしまわないように気をつけながら、ギューはそちらをくわえこむ。そして、左右で色の異なる瞳を輝かせた。
「ギューちゃんもお気に召したみたいだねぇ。ではでは、巨大キノコはどんなもんかなぁ」
こちらも繊維質が凝縮されて、干し椎茸をかじっているような気分だ。
土臭い香りが濃厚で、どの乾物よりも歯ごたえが手ごわい。しかしまた、その内側からしみでる旨みもひときわであった。
「ああ、こっちも美味しいなぁ。こうしてみると、畑の収穫ってどれもこれも旨みが豊かなんだねぇ」
「うむ。サクヤの世界で言うところの、グルタミン酸なる成分なのであろうかな。栄養価が高いばかりでなく、素晴らしき味わいである」
「うんうん。あたしのキャンプ料理もこの食材に助けられてるんだって実感できたよぉ」
そして、デザートリザードの干し肉である。
デザートリザードはただでさえ硬い肉質であるため、こればかりは黒曜石のテーブルナイフのお世話になるしかなかった。
繊維にそって切り分けた干し肉を口に投じると、こちらには塩気がたっぷりと含まれている。肉そのものは鶏肉のように淡白な味わいであるが、噛めば噛むほど肉らしい味わいが口に広がり、物足りないことはまったくなかった。
「うん、お肉も申し分ないねぇ。ちなみにお塩は、余所から買ってるって話だったっけ?」
「はいなのです。つきになんかいか、ぎょーしょーにんのおかたがこられるのです。こちらはキャメットやデザートリザードのしゅーかくをさしだして、おしおやおまめをちょーだいするのです」
その豆も、大皿にどっさりと盛られている。
咲弥がそれをひとつぶ口の中に放り込むと、弾力の強いピーナッツのごとき味わいと噛みごたえであった。
「これなる豆は、炭水化物が豊富であるようだ。キャメットとデザートリザードのみでは補えない滋養を、行商人から買いつけた品で補っているわけであるな」
「にゃるほど。お山で働く前までは、お肉とお豆だけを食べてたの?」
「ときどき、おやさいもちょーだいしていたのです。でもでも、おやまではたらくようになってからは、めったにちょーだいしていないのです」
「そーなのです。そのぶんおしおやおまめをたくさんちょーだいできるので、しあわせいっぱいいっぱいなのです」
そんな風に語りながら、アトルとチコは澄みわたった眼差しを咲弥とドラゴンに向けてきた。
「それもすべて、りゅーおーさまがおやまにまねいてくださったおかげなのです」
「そして、さくもつのそだてかたをおしえてくださったトシゾウさまのおかげなのです」
「うん。じっちゃんの畑の収穫でみんなが喜んでくれるなら、あたしもすごく嬉しいよぉ」
そして、咲弥の祖父はこちらの集落に招かれる機会もなく、天に旅立つことになったのだ。
雲の上で見守ってくれている祖父の分まで、咲弥は歯ごたえのある乾物を噛みしめるしかなかった。




