01 ご招待
2026.3/2
今回の更新は全8話です。毎日更新いたします。
「サ、サクヤさまに、おりいっておねがいしたきおはなしがあるのです!」
アトルがそのように言い出したのは、咲弥がケルベロスやギューとともに楽しい時間を過ごした日の、昼下がりのことであった。
一時間ていどの時間差でドラゴンたちとも合流したのちは、あらためてその日のキャンプを満喫することになった。そうして楽しいランチを終えるなり、いきなりアトルとチコが真剣な面持ちになってそのように切り出してきたのである。
そして、丸太の席から飛び降りた両名は、レジャーシートの上で丸くなっていた。
うつ伏せの状態で全身を縮めて、咲弥に頭を下げているのである。もとがちまちまとした体型でポンチョのようなものを纏った二人の姿は、大福もちのごとき可愛らしい楕円体に成り果ててしまっていた。
「あらたまって、どうしたのぉ? それに、その可愛らしいポージングは何事かしらん?」
「うむ。腹を見せて敬服の思いを示すのは獣の作法であるとサクヤに教えられたため、我もあらためて人間族の作法を調査したのだ」
「もー、そんな作法は学ばなくてもいいってばぁ」
取り急ぎ、咲弥もローチェアから腰を上げて、二人のふかふかの巻き毛を撫でくり回した。
「さあさ、頭を上げておくんなさい。そんなことしなくっても、二人のお願いだったら何でも聞いてあげちゃうよぉ」
「あ、あたたかきおことば、きょーえつしごくなのです。でもでも、サクヤさまにこのようなおねがいをするのは、ふそんのきわみなのです」
ようやく面を上げたアトルとチコは、レジャーシートの上で身を寄せ合いながらもじもじとした。
「じつはその……サクヤさまを、ぼくたちのしゅーらくにごしょーたいしたいのです」
「集落? アトルくんたちの、おうちってこと? そいつは、嬉しい申し出だけど……でも、何か理由があるのかなぁ?」
「は、はいなのです。じつはこんど、ちょーろーさまのちょーめいのおいわいがあるのです」
「ちょーめいのお祝い?」
咲弥が小首を傾げると、ドラゴンが穏やかな声音で説明してくれた。
「長く生きたという意味の、長命であるな。コメコ族は死を祝福として認識しているが、苦難の多い現世で長きの生を過ごす相手には最大限の敬意を示すものであるのだ」
「おー、なるほどぉ。その長老様は、何歳になられたのかなぁ?」
「は、はいなのです。ちょーろーさまは、ひゃくとにじゅっさいになられたのです」
「百二十歳?」と、ルウがうろんげな声をあげた。百二十歳といえば、ちょうどケルベロスと同い年である。
「横から失礼いたします。コメコ族はエルフやドワーフのような長命種ではなかったように思うのですが……これは私の記憶違いであったのでしょうか?」
「否。コメコ族は人間族よりもやや長命なていどで、おおよそは百の齢で魂を返す。百二十歳まで生き延びるというのは、きわめて稀な話であろうな」
「は、はいなのです。ちょーろーさまは、いだいなおかたなのです。ぼくたちも、そんけーいっぱいいっぱいなのです」
「そ、そーなのです。ですからわたしたちも、まごころをこめてちょーろーさまをおいわいするのです」
そのように語りながら、アトルとチコはまたもじもじとした。
「それでその……ちょーろーさまはまえまえから、サクヤさまにごきょーみをおもちでしたので……サクヤさまにおいでいただけたら、きっとうれしーうれしーなのです」
「そ、そーなのです。でもでも、サクヤさまにごそくろーいただくのは、きょーしゅくのかぎりなのです」
「そんなことないよぉ。……でも、あたしはそっちの世界にお邪魔できないって話じゃなかったっけ?」
咲弥の問いかけに、ドラゴンはゆったりと「否」と応じた。
「我が術式を施せば、如何様にも取り計らえる。よって、あとはサクヤ次第であるな」
「そっかぁ。それなら、嬉しいよぉ。あたしもいっぺん、みんなのおうちは拝見したいと思ってたからさぁ」
咲弥が笑顔で告げると、アトルとチコは期待の思いをにじませながら、いっそうもじもじとした。
「ほ、ほんとーにごかいだくいただけるのです? でもでも、ぼくたちのしゅーらくはさばくのまんなかにありますので、たいしたおもてなしもできないのです」
「そ、そーなのです。それに、しゅーらくにおまねきすると、そのひはたのしーたのしーキャンプをできなくなってしまうのです」
「一日ぐらい、どうってことないさぁ。……あ、なんだったら、あたしも何かお祝いの料理でも準備しよっかぁ?」
「ええっ!?」と、仲良し兄妹はおたがいの小さな体を抱きすくめた。
「そ、それはあまりに、おそれおーいかぎりなのです!」
「そ、そーなのです! しゅーらくにはどーほーがたくさんたくさんなので、りょーりのじゅんびはたいへんなのです!」
「ほうほう。そちらには、何人ぐらいいらっしゃるのかなぁ?」
「うむ。集落の住人は百名ていどであるが、長命の祝いには他なる集落からも代表者が参ずるという話であったな?」
「は、はいなのです。じゅうのしゅーらくからさんにんずついらっしゃるので……そちらも、たくさんたくさんなのです」
「であれば、総勢百三十名といったところであるな。それだけの料理を作りあげるのは、さすがに小さからぬ手間ではなかろうか?」
咲弥は、「うーん?」と思案した。
「でも、みんなのおかげで料理をどっさり作るのにも慣れてきたからねぇ。食材と道具さえあれば、なんとかなるんじゃないかなぁ」
「しばらくはキバジカの捕獲が続けられようから、肉には困るまいな。畑の収穫も、それこそコメコ族に分け与えている分を使えば問題はなかろう」
「となると、あとは道具かぁ。またロキくんにお願いできるかなぁ?」
「うむ。サクヤからの願いであれば、ロキも快諾してくれよう。ただし、百三十名ものコメコ族が待つ集落には、決して同行するまいな」
「おいおい。俺たちのことも、忘れるんじゃねーぞ?」
むくれた声をあげるケイに、咲弥は「あはは」と笑顔を返す。
「もちろんあたしも、みんなご一緒する前提で考えてたよぉ。我が愛しきキャンプメンバーの諸君は食いしん坊だから、念のために百四十人分の料理を準備しよっかぁ。……ちなみに、お祝いの日はいつなのかなぁ?」
「は、はいなのです。ちょーめいのおいわいは、とーかごなのです」
「ふむふむ。今日はたしか水曜日だったから……おー、それじゃあちょうど土曜日になるから、陽菜ちゃんも参加できるねぇ。陽菜ちゃんもお招きしていいかなぁ?」
「ぎゅう」
「あはは。もちろん、ギューちゃんも一緒だよぉ」
すると、おたがいの身に取りすがったアトルとチコがおずおずと咲弥の顔を見上げてきた。
「ほ、ほんとーに、しゅーらくまでおいでいただけるのです?」
「し、しかも、おいわいのりょーりまでじゅんびしていただけるのです?」
「うん。さすがに簡単な料理になっちゃうと思うけど、あたしでよかったら腕をふるうよぉ」
アトルとチコは、幸せそうに笑みくずれて――そして、紫色に輝く目に涙をにじませた。
「サ、サクヤさまのごおんじょーに、かんしゃいっぱいいっぱいなのです」
「わ、わたしもどーよーなのです。このごおんは、てんにのぼるひまでけっしてわすれないのです」
「いいんだよぉ。アトルくんとチコちゃんも、長老さんに負けないぐらい長生きしてねぇ」
そうして咲弥がもういっぺん頭を撫でると、アトルとチコはとびっきりの笑顔で「はいなのです!」と合唱したのだった。
◇
「そんなわけで、今日はチコちゃんたちの集落にお招きされたんだよぉ」
日は過ぎて、十日後の土曜日である。
愛車を運転しながら咲弥が細かな事情を通達すると、陽菜は「へー!」と瞳を輝かせた。
「百二十さいまで生きるなんて、すごいねー! ……でも、ひなまでお邪魔しちゃっていいのかなぁ?」
「いつものみんなも一緒なんだから、大丈夫だよぉ。陽菜ちゃんだって、チコちゃんたちとはすっかり仲良しでしょ?」
「うん! 二人のおうちに行けるんなら、すごくうれしいよ!」
そう言って、陽菜は言葉の通りの笑みを浮かべた。
「でも、百四十人分の料理を作るなんて、すごく大変じゃない?」
「もちろん時間はかかるだろうけど、簡単な料理だったら問題ないと思うよぉ。陽菜ちゃんの働きっぷりにも期待してるから、どうぞよろしくねぇ」
「うん! チコちゃんたちのために、がんばるね!」
そうしてお馴染みのスポットに到着すると、そちらにはドラゴンとケルベロスとギューが待ち受けていた。
「わーい! みんな、ひさしぶりー! ギューちゃんも、元気だった?」
陽菜が屈んで両腕を広げると、ギューはとてとてと前進してその胸もとに飛び込む。ギューが誕生してひと月余りであるが、陽菜と顔をあわせるのはこれでようやく四度目だ。しかし両名はすっかり仲良しで、ギューも陽菜の顔に頬ずりをしながら嬉しそうに「ぎゅう」と鳴いていた。
「それではさっそく、出発いたそう。昼の食事は、あちらで準備されるという話であるのでな」
「へん。コメコ族の食事なんざ、どうせ粗末だろうけどなー」
そんな風に言いながら、ケルベロスはぶんぶんと尻尾を振っている。咲弥も以前から、コメコ族の食生活というものには興味があったのだ。コメコ族は滅多に火を使わないという話であったので過度な期待は禁物であろうが、空腹と好奇心は最大のスパイスになるはずであった。
そうして咲弥の愛車は亜空間に仕舞われて、一行はドラゴンの背中にお邪魔する。
目指すは、転移の魔法陣が待ち受ける畑の貯蔵庫である。
貯蔵庫たる小屋の前に到着したならば、ドラゴンは縮小し、ケルベロスは分裂する。そうして一列になって入室し、一番奥側の部屋までお邪魔すると、突き当たりの壁にぼうっと朱色の魔法陣が浮かびあがった。
「こちらは本来、我とアトルとチコのみが使用できるように術式を組み立てている。そこにサクヤたちの存在もつけ加えるので、しばし待っていてもらいたい」
そのように語りながら、ドラゴンは尻尾の先端を魔法陣の前にかざした。
しばらくすると、魔法陣がちかちかと明滅する。それが終了の合図であった。
「では次に、サクヤとヒナがこちらの世界に足を踏み入れられるように術式を施す。こちらの術式は集落から戻った折に解除するので、そのように心得てもらいたい」
「はぁい。もし解除し忘れちゃったら、どうなるんだろう?」
「キャンプを終えて山を下りた際、本来の世界ではなく砂漠に出ることになってしまおう。決してそのような不備がないように取り計らうので、心配は無用であるぞ」
ドラゴンは優しく目を細めながら、咲弥と陽菜のもとに尻尾をのばしてきた。
すると、Tシャツの内側に忍ばせている真紅の鱗が、ほのかに熱を帯びたようである。数秒ていどでその熱が消失すると、ドラゴンはすみやかに尻尾を引っ込めた。
「完了である。コメコ族の集落で危険はなかろうが、くれぐれも単独行動は控えるようにな」
「了解でぇす。あれこれ、ありがとう」
すると、黙って見守っていたルウが感じ入った様子で深々と息をついた。
「転移の術式に修正を施すのも異界の住人をこちらの世界に引き込むのも、きわめて入り組んだ術式になるはずですが……竜王殿は、こうまで易々と術式を組むことがかなうのですね。心より、感服いたしました」
「へん、今さらの話だろ。二つの世界をくっつけたなんて馬鹿げた話を聞かされた後じゃ、驚く気にもなれねーぜ」
「あはは。同じケルベロスくんでも、意見はそれぞれだねぇ」
ケルベロスたちの意見交換が終わるのを待ってから、ドラゴンは「さて」と居住まいを正した。
「では、転移の門をくぐろうかと思うが……サクヤたちは初めての転移であるので、目と口を閉ざして踏み入るがよい。多少の転移酔いが生じる可能性はあるが、肉体に深刻な負荷はかからないので心配は無用であるぞ」
「はぁい。ギューちゃんは大丈夫かなぁ?」
「うむ。その身の半分が魔力で形成されている魔族は、転移酔いとも無縁であるのだ。不安があれば、我の身に触れるがよいぞ」
そうして鼻先にドラゴンの尻尾がのばされてきたので、咲弥と陽菜はありがたく握らせていただくことにした。
そうしてぎゅっと目をつぶり、ドラゴンの誘導で足を踏み出すと――とたんに、咲弥の身から上下の感覚が失われた。
(うわ、すごいなこりゃ)
目を開けてみたい好奇心をぐっとこらえて、咲弥は奇妙な浮遊感に耐える。
きっとドラゴンの尻尾を握っていなければ、あまりの心もとなさに不安をかきたてられていたところであろう。それはまるで、生身で宇宙空間に放り出されたような感覚であった。
そんな時間が、どれだけ続いたのか――気づくと、咲弥の足の裏に固い地面の感触が復活した。
おそるおそる目を開けてみると、そこは狭苦しい部屋の内である。
壁も天井も灰色の石造りで、足もとは地面が剥き出しだ。三メートル四方の小さな空間に、ドラゴンたちも勢ぞろいしていた。
「サクヤもヒナも、体調に異常はなかろうかな?」
「うん、あたしは大丈夫だよぉ。陽菜ちゃんはどうかなぁ?」
「う、うん。少し頭がくらくらするけど……でも、大丈夫だよ。ここは、どこなんだろう?」
「転移先に障害物があると危険であるため、こちらの堂を造らせたのだ。この外は、もうコメコ族の集落である」
「いいから、さっさと出ようぜー。こんな狭苦しい場所にいたら、息が詰まっちまうぜ」
そちらの部屋の出口には、鱗の革の帳が下ろされている。
それをめくって、外に出てみると――そこには、度肝を抜かれる光景が待ち受けていた。
「りゅ、りゅーおーさまのごいっこーさま! ごとーちゃくをおまちしていたのです!」
広々とした空間に、そんな声が響きわたる。
お堂の前は広場のような空間であり、そこに百名ばかりのコメコ族たちが密集して――そして、先日のアトルたちのように地べたで丸くなっていたのだった。
「もー、ドラゴンくんのおかげで、おかしなことになっちゃってるじゃん」
「うむ。我はアトルたちに敬服の作法を伝えたのみであるのだが……そこから、話が広まってしまったのであろうな」
ドラゴンは申し訳なさそうに目を細めてから、木箱に詰め込まれたおまんじゅうさながらのコメコ族たちへと向きなおった。
「一同、面を上げよ。今日の祝いに招かれた客人を紹介する」
百名からのコメコ族が、いっせいにぴょこんと飛び起きた。
多少の差はあれど、みんなアトルたちのように小さい。コメコ族というのは、小人族の一種であるという話であったのだ。みんな五歳児のような風体で、可愛らしい限りであった。
「こちらがアトルたちの働く山の新たな所有者、サクヤである」
ドラゴンが穏やかな声で告げると、百対の眼差しが咲弥に集中した。
それもまたアトルたちに負けない、純真なる眼差しだ。咲弥は熱い視線の圧力で、後ろにひっくり返ってしまいそうだった。
そうしてキャンプメンバーの名前が紹介されるたびに、視線の集中砲火が移動していく。
その間隙に、咲弥は周囲の様相を検分させていただいた。
コメコ族の集落は砂漠のど真ん中に位置しているという話であったが――意外なことに、家屋はいずれも石造りである。
灰色をした不揃いの石を組み上げて、隙間には粘土でも詰め込んでいるのであろうか。おおよそは四角い形状で、出入り口はアーチ型をしている。そんな家屋が広場を取り囲む格好で、みっしりと建ち並んでいた。
それらの建物が視界をふさぎ、砂漠の様相は見て取れない。
ただ、頭上から降り注ぐ陽射しの質が変わっていた。如何にも砂漠らしい、熱気のこもった陽射しであるのだ。きっと七首山では、豊かな緑が陽射しと熱気をやわらげているのだろうと察せられた。
そして空気が、少しだけ埃っぽい感じがする。
これは埃ではなく、砂であるのだろう。咲弥たちの足もとも、黄白色の砂の大地であった。
異界の要素は感じないが、とうてい日本とは思えない。それこそ、エジプトかどこかの異国を訪れたような心地だ。
そうして咲弥は期待を裏切られることなく、思うさま胸を高鳴らせることになったのだった。




