05 試食のランチ
調理を開始してから、およそ三十分後――ついに、遅めのランチが完成した。
料理はシンプルに汁物料理と炒め物とコメモドキの三品であり、あとはドリンクとデザートに手間をかけている。このランチは、あくまで新たな食材の検分およびお披露目が眼目であるのだ。それでもおおよその面々は、存分に期待の眼差しになっていた。
「ではでは。新たな食材に、かんぱぁい」
咲弥の号令で、各人のカップが掲げられる。その中身を口にしたミシュコが、さっそく「うわ」と驚きの声をあげた。
「こいつは本当に、すごい泡立ちだな。発泡酒でもないのに泡立つ飲み物なんて、初めてだ」
しゅわしゅわの実を使えば炭酸ドリンクも作り放題であるが、今回は料理の供であるため、ひかえめに『アリアドネの情愛』の果汁を添加している。こちらの果実はきわめて甘みと酸味が強いため、ほんのひとしぼりで十分な味わいが完成されていた。
「発泡酒は醸造の過程で、泡立つ成分が生まれるのでしょう。酒ならぬ飲み物で醸造の過程を経ることはそうそうないように思いますので、口にする機会がなかったのも道理であるかと思われます」
行商人が理路整然たる言葉を返すと、ミシュコは気に入らなげな面持ちで振り返り――そして、愕然とした。食事を開始するために、行商人は口もとの布をほどいて美麗なる素顔をあらわにしていたのだ。それに気づいたトナもぽかんとしており、ウィツィはうろんげに眉をひそめた。
「あんた、人間族のわりにはずいぶん整った顔をしてるわね。砂の民っていうのは、みんなそんな面がまえなのかしら?」
「さて。我々は強い日差しを避けるために顔を隠して過ごしておりますため、外界の方々ほど顔立ちの美醜に頓着していないのです」
「ふうん。これじゃあ、どっちが蛮族かもわからないわね」
「お、俺は砂の民を蛮族よばわりなんてしてないぞ!」
先刻と同じパターンで、ミシュコは咲弥に慌てた顔を向けてくる。よって咲弥も先刻と同じように、笑顔を返すことにした。
「合点承知でありますので、まずはお食事のほうをどうぞぉ。よかったら、みんなにも食材の感想を聞かせてほしいからさぁ」
熟考の末、汁物料理はけんちん汁に仕立てている。食材の味を吟味するために、強い味付けを避けたのだ。使用している調味料は、醤油と和風出汁の二点のみであった。
しかし、数々の具材を使っているために、そちらからもしっかりと出汁が取れている。なおかつ、肉類は使用していないのに、エビの身に似た『オークの棍棒』のおかげで力強い味わいに仕上がっていた。
なおかつ、『紫の悪夢』の効能で、煮汁の色彩は深い紫色である。味そのものはけんちん汁でも、外見は如何にも異界の料理めいていた。
しかしお味は、申し分ない。
赤いキクラゲのごとき『サラマンダーの心臓』はコリコリとした食感が心地好いし、ナスのごとき『紫の悪夢』は煮汁をたっぷり吸い込んで濃厚な味わいだ。そして、ホウレンソウに似ていると聞き及んでいたヤツデモドキは煮込んでも形が崩れることなく、噛めばほろりと繊維がほどけて、なかなかの新食感であった。
それにやっぱり、エビの身に似た『オークの棍棒』の存在感が群を抜いている。
これひとつで、シンプルなけんちん汁が海鮮の料理に変じたかのようだ。これならば、もっと強い味付けでも『オークの棍棒』の魅力は損なわれないのだろうと確信できた。
「こちらの炒め物も、美味であるな」
と、ドラゴンが温かな眼差しを咲弥に向けてきた。
炒め物は、デザートリザードの肉とヤツデモドキと『サラマンダーの心臓』と『紫の悪夢』を使用している。味付けは『ほりこし』の一点突破であったが、こちらも汁物料理に負けない出来栄えであった。
キクラゲのごとき『サラマンダーの心臓』は、汁物料理と変わらない印象だ。煮ても炒めても心地好い食感に変わりはなかった。
ナスのごとき『紫の悪夢』も、炒め物で使えばこういう仕上がりになるだろうという予測の範囲内である。その瑞々しさは、汁物料理と異なる魅力を発揮してくれた。
よって、もっとも印象が一変したのはヤツデモドキである。
こちらは炒め物で使用すると表面が焼けてパリっとした食感になり、それを噛むと内側からホウレンソウめいた青臭さが水気とともに弾け散るのだ。ちょっと大人の味わいであったが、咲弥としてはきわめて好印象であった。
「あたしは美味しいと思うんだけど、陽菜ちゃんはどうだろう?」
「ひなも、おいしいと思うよ。でも、ちょっぴり苦いから、おにいちゃんたちは好きじゃないかもね」
そういえば、陽菜の兄たちは山菜も好んでいないという話であったのだ。いっぽう山菜を好む陽菜は、この青臭さも苦手ではないようであった。
「じゃ、行商人さんはどうかなぁ? 商品として、扱えそう?」
「はい。こちらはきわめて独特の食感を有しておりますため、大きな人気を期待できるでしょう。そしてこちらのコメモドキなる食材には、それ以上の価値を感じます」
どこか中性的にも見える美麗な顔で、行商人はそう言った。
「北方の区域には米そのものが流通していないため、まずはこちらの味わいを周知させる必要が生じますが……そこを乗り越えれば、安定した売買を見込めることでしょう。是非とも、商談を成立させたく願います」
「ああ、そっかぁ。テクトリさんもお仕事で南の国に行ったとき、お米を食べたって言ってたもんねぇ」
「ふん。このように粒の大きな米は、見たこともないがな。まあ、滋養のほどにも大きな差はないようであるし、米の亜種として売りに出しても詐欺よばわりされることはなかろうよ」
炒め物の料理をじっくり噛みしめながら、テクトリはそう言った。
そしてその目がちらちらと陽菜の手もとを見やっているので、咲弥は小首を傾げる。
「テクトリさんは、陽菜ちゃんのことが気になるのかなぁ?」
「……ふん。幼い割には食事の作法にも隙がないと思っただけのことだ」
すると、トナもすぐさま「そうですよね!」と身を乗り出した。
「ヒナは匙の扱いにも不備はありませんし、汁物料理をこぼすこともありません! やはり、育ちがいいのでしょう!」
「そ、そんなことないよぅ」と、陽菜はまた恥ずかしそうに小さくなってしまう。
しかし咲弥も、「なるほどねぇ」と納得した。
「他に比べる相手がいなかったから気にしてなかったけど、確かに陽菜ちゃんって食べ方がきれいだよねぇ。お箸の持ち方も完璧だしさぁ」
「さ、さくやおねえちゃんまで、やめてよぅ」
と、陽菜は顔を赤くしながら、咲弥のサロペットエプロンの裾を引っ張ってくる。咲弥は「ごめんごめん」と笑いながら、皿の料理を直食いしているケルベロスたちの姿を見回した。
「……なんだよ? なんか、文句でもあるのかよ?」
「いやぁ、そういえばケルベロスくんたちも手が使えないのに、食べ方がきれいだなと思ってさぁ」
「こんなもん、普通だろ。獣と一緒にするんじゃねーよ」
ケイは素っ気なく言い捨てて、皿の料理を食べあさる。食べ方そのものは普通の犬と大差ないのであろうが、彼らはどのような献立であっても卓にこぼすことなく、コメモドキのひと粒も残すことはないのだ。人間と同等以上の知性を持っていれば、それも当然の話であるのかもしれないが――それは何だか食事に対する敬意が感じられて、咲弥の胸を温かくしてくれた。
(まあ、あとは食いしん坊だから、残したりこぼしたりするのはもったいないって意識もあるのかなぁ)
そんな思いにひたりながら、咲弥はギューの頭を撫でる。ギューもまた、ケルベロスに負けないぐらい食事の作法は完璧であるのだ。ギューは口の中身を呑みくだしてから、「ぎゅう」と嬉しそうに声をあげた。
「さてさて。それじゃあ、食後のデザートもお披露目しますかぁ」
食後のデザートは、ダッチオーブンで仕上げた特大パンケーキである。
冒険者の面々から手土産でいただいた小麦粉と重曹に、持参した砂糖と牛乳、そしてキャメットの乳脂と細かく挽いた『夜のしずく』を添加している。黒豆のごとき『夜のしずく』の影響で、生地はほんのり黒みがかっていた。
そしてその上に掛けるのは、桃のごとき『世捨て人の悦楽』のソースである。弾力の強いゼリーのごとき食感である『世捨て人の悦楽』はあるていどの熱にかけるととろとろに溶け崩れたため、それだけでフルーツソースとして活用することができた。
何対もの期待の視線に見守られながら、咲弥は特大パンケーキを渓流ナイフで切り分けていく。最後にとろとろのソースを掛けると、アトルやチコがうっとりと声をあげた。
「みためからして、おいしそーなのですー。かおりも、かぐわしいのですー」
「まったくなのですー。たべるまえから、きたいのおもいがとまらないのですー」
「あはは。これも、食材を持ち寄ってくれたみんなのおかげだねぇ」
アトルとチコが育てた『世捨て人の悦楽』とキャメットの乳脂、咲弥が持参した砂糖と牛乳、行商人が持ち込んだ『夜のしずく』、冒険者たちが持ち込んだ小麦粉と重曹――料理と同様に、こちらは四種の来歴を持つ食材を結集させたひと品であるのだ。今日という日の食卓を飾るには、もっとも相応しい品なのではないかと思われた。
「これも、素晴らしい味わいですね! 以前にいただいた焼き菓子よりも、さらに豪華な仕上がりであるように感じられます!」
「ふん。『世捨て人の悦楽』を菓子の材料にするなんて、贅沢な話よね」
「ああ。だけどこの出来栄えだったら、まったく惜しいとは思わないな!」
冒険者も面々も、それぞれ満足げな様子である。
そこで咲弥は、ひとり無言のテクトリを振り返った。
「テクトリさんは、どうかなぁ? 率直なご意見をよろしくぅ」
「……『世捨て人の悦楽』のように上等な果実を使えば、美味いのが当たり前だ。ただ煮込むだけならば、誰でも真似することができるしな」
愛想の欠片もない面持ちで、テクトリはそのように言い捨てた。
「……ただし、『夜のしずく』を細かく挽いた上で焼き菓子の生地に練り込むなどというのは、南方の区域でも見かけなかったやり口だ。小麦粉に重曹を混ぜると若干の苦みが生じてしまうものだが、そちらも好ましい香ばしさで覆い隠してくれるようだな」
「ほうほう。ちなみにテクトリさんが出向いた場所では、『夜のしずく』はどんな風に使われてたのかなぁ?」
「砂糖とともに煮込んだものをパンではさんだり、生鮮の豆を米とともに炊いたりというのが主流であったな。米の料理を甘く仕上げるというのはいささか食べ慣れない味わいであったが、まあ悪いことはなかった」
「にゃるほど。あたしの世界で言うと、ちょっと甘めのお赤飯みたいなもんかぁ。確かに、悪くないかもねぇ」
「しかし南方から買いつけるには、こうして乾物に仕上げる他ないからな。これを米とともに炊いても、同じ仕上がりは望めまい。乾物を水で戻そうとも、さしたる食感は期待できまいしな」
「そうだねぇ。それより甘く煮込んだやつを活用するほうが、手っ取り早いかなぁ」
そうして咲弥とテクトリが有意義なディスカッションに励んでいると、ミシュコがいくぶんすねているような目を向けてきた。
「……サクヤはテクトリと語らっているときが、一番楽しそうに見えるな」
「んー? そりゃあテクトリさんは、料理がお上手だからねぇ。他のみんなも、料理とかするのかなぁ?」
「あ、いや、俺はいつも食堂で済ませているから……」
と、ミシュコがしょんぼりしてしまったため、咲弥は隣のウィツィに視線を向ける。しかしそちらは石製のカップを傾けながら、剥き出しの肩をすくめた。
「わたしだって、自分で食事の準備をしたりはしないわよ。トナだったら神殿で暮らしていた時代に、厨に立っていたんじゃないの?」
「い、いえ。わたしはその、料理が苦手だったもので……」
トナが小さくなってしまうと、黙ってパンケーキを食していた行商人が発言した。
「冒険者の方々は厨に立つ時間も惜しんで、魔法や剣の技を磨いているのでしょう。私もまた、調理の手腕は持ち合わせておりません」
「うんうん。みんなはそれぞれの仕事を頑張ってるんだから、料理ができなくっても気にする必要はないさぁ」
「そんなこと、誰も気にしちゃいないわよ。こいつはテクトリをやっかんでるだけでしょうしね」
「だ、誰もやっかんでなんかいないぞ!」
ミシュコが赤い顔をしてわめきたてたので、咲弥は「あはは」と笑っておくことにした。
陽菜はちょっと口数が少ないし、行商人もここぞという場面を除くと寡黙に振る舞っている。そしてギューはもともと会話のすべがないために、新参の三人は影が薄くなりがちであるが――それでもいつも通りの、和やかな雰囲気だ。これだけの大人数でも楽しく食卓を囲めるというのは、得難い話であるはずであった。




