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ドラゴンと山暮らし  ~休日は異世界でキャンプライフ~  作者: EDA
第17話 天の橋

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06 思いはひとつ

「ではでは、お粗末さまでございました」


 かくして、過去最大の人数によるランチは無事に終了した。

 空いた食器は流し台で水につけておき、まずは食後のコーヒーとココアである。ドラゴンたちの世界にコーヒーやココアは存在しないという話であったが食後のお茶という風習は存在するそうで、かねてより冒険者たちにも好評であった。


「これらの飲み物も、異界の品であるのですね。行商で取り扱えないことが残念でなりません」


 と、初めてのコーヒーを口にした行商人も、そんな風に言ってくれた。


「で、でも、魔族と食材の取り引きを行うだなんて、ずいぶん大胆な試みですよね」


 そんな風に言ってから、トナはわたわたとドラゴンのほうを振り返った。


「あ、決して悪気があっての言葉ではありません。ただ、魔族と人間族が商売をするだなんて、わたしは聞いたこともありませんでしたので……」


「我とて同じ心持ちであるのだから、謝罪は不要であるぞ。やはり砂の民の商魂というものは、誰にとっても驚嘆に値するようであるな」


 ドラゴンが楽しげな声で応じると、当の行商人は「恐縮です」と一礼した。


「私も魔族の方々と取り引きをさせていただくのは、これが初めての試みとなります。それもひとえに、竜王殿のお人柄に絶対的な信頼を置くことがかなったゆえと相成ります」


「それは光栄な限りであるな」と、ドラゴンは鷹揚に行商人の言葉を受け入れる。こちらの行商人は礼儀正しいばかりでなく、常に堂々と振る舞っており、ドラゴンに対しても過度の緊張は抱いていないように見受けられる。それでドラゴンのほうも、くつろいだ心地で接することができるようであった。


「ところで、この洞穴は何なのかしら?」


 と、ブラックのコーヒーを優雅に楽しんでいたウィツィが、ふと疑念を呈した。


「これといっておかしなところはないようだけれど、奥のほうにはずいぶん厳重な結界を張っているわよね? こんな魔の山のど真ん中で、そうまで警戒する必要があるのかしら?」


「うむ。ここはいわゆる、宝物庫であるのでな。獣や魔物に荒らされないように、結界を張っておるのだ」


 ドラゴンがあっさり答えると、ウィツィは切れ長の目をぱちくりとさせた。


「ほ、宝物庫? まさか、あなたが貯め込んだ財宝の鼻先で、こんな野営をしているというの?」


「うむ。この洞穴のすぐ外には野営に適した空間が広がっているため、こういう雨の日の仮の宿としてはうってつけであったのだ。それで以前は洞穴の入り口に結界を張っていたが、誰でも出入りできるように財宝のすぐ手前まで結界を移したわけであるな」


 ドラゴンが言葉を重ねると、他なる冒険者の面々も顔色が変わっていく。

 そんな中、砂色の長い睫毛を神秘的にくゆらせた行商人が、「竜王殿」と声をあげた。


「まことにぶしつけなお願いで、恐縮の限りであるのですが……その財宝をひと目でも拝見させていただくことはかないませんでしょうか?」


「うむ? たとえ其方の目にかなう品があったとしても、我は財宝を手放すつもりはないのだぞ」


「もとより私にそれほど高価な財宝を売りさばく伝手はございません。ただ至高の財宝を目にすることで行商人としての眼力を磨きたいと願っているのみでございます」


「左様であるか。では、案内いたそう」


 これまたドラゴンがあっさり応じると、冒険者たちも泡を食って腰を浮かせた。


「ちょ、ちょっと待ってちょうだい! だったら、わたしだって黙ってられないわよ!」


「そ、そうだ! どうか俺たちも、同行を許してもらいたい!」


 ドラゴンは「ふむ?」と小首を傾げた。


「其方たちは、如何なる理由でもって財宝を目にしたいと願っているのであろうか?」


「こ、こんな話に理由もへったくれもないでしょうよ! そっちのそいつだって、適当な理由をでっちあげているだけよ!」


 ドラゴンはきょとんとした目つきのまま、咲弥のほうを振り返ってくる。

 咲弥は真心を込めて、笑顔と言葉を返した。


「あたしも初めてこの場所に案内してもらったときは、どんなお宝が眠ってるんだろうってワクワクしてたよぉ。みんなも、同じような気持ちなんじゃないかなぁ」


「左様であるか。では、拒む理由もあるまいな」


 ドラゴンは、にこりと目を細めた。


「では、一時的に結界を解除するので、興味のある者はついてくるがよいぞ」


 そうしてドラゴンが洞穴の奥に向かって進み始めると、咲弥を筆頭にその場の全員が追従してきた。


「そういえば、陽菜ちゃんやギューちゃんも初めてだったもんねぇ」


「うん。そういえば、ここに宝物があるんだよね。いつか見たいなって思ってたけど、キャンプが楽しくて忘れちゃってたの」


 陽菜は無邪気な笑顔で、そんな風に言っていた。梅雨の間は何度もこちらの洞穴のお世話になっていたのに、けっきょく今日までドラゴンの財宝を目にする機会はなかったのだ。それだけ陽菜は、キャンプに夢中であったということであった。


 そうして洞穴を進んでいくと、やがて目の前に暗闇の壁が立ちはだかる。

 ドラゴンが生み出した青白い鬼火の輝きも、その暗闇の壁に吸い込まれてしまうのだ。どうやらこれは光の結界ならぬ闇の結界であるようであった。


 そしてドラゴンが尻尾をひと振りすると、暗闇の壁は一瞬で消失し――そして、驚嘆の声が反響することになった。


「こ……これは、想像以上だな」


 ミシュコは、ごくりと生唾を飲み下す。

 咲弥にとってもずいぶんひさびさとなる、金銀財宝の山である。陽菜も「うわあ」と感嘆の声をあげていた。


 宝箱からは金貨の山があふれかえり、白銀に輝く甲冑や斧、ぼんやりと虹色に輝く立派な杖、宝石を組み合わせたアクセサリーなどが、ところせましと積み上げられているのだ。さらに、咲弥には用途も知れない品が、それ以上の質量でひしめいていた。


「好きなだけ鑑賞してもらいたい。危険な品はないので手を触れてもかまわぬが、決して粗雑に扱わないように願うぞ」


 ドラゴンが身を引くと、冒険者たちがふらふらと進み出ていく。さすがにミシュコだけはしっかりとした足取りであったものの、その四角い顔は驚愕の念を押し殺すように普段以上の仏頂面になっていた。


 いっぽう行商人は落ち着き払った態度で、「素晴らしい」というつぶやきをこぼす。ただその砂色の瞳も、財宝の輝きを反射させてきらめいていた。


「こちらは英雄ラグナルの甲冑ですね。まさかその実物を目にする日が来ようなどとは、想像だにしておりませんでした」


「うむ。我が人間族の甲冑などを所有しても詮無き話であるのだが、この輝きに魅了されてしまってな」


 と、ドラゴンはちょっぴり気恥ずかしそうな眼差しになっている。ドラゴンは本能的に財宝を集めてしまう竜族の習性というものに、羞恥を抱いているようなのである。


「こ、これは古代王国マドュロカ時代の金貨じゃないか! これ一枚で、城が建つぞ!」


「こ、こちらは大魔導士ヘルメスの杖であるようです。まさか、実在しただなんて……」


「こっちでは、ヒュプノスの枕が銅像の台座に使われているわよ。まったく、呆れたものね」


「それは、英雄ラグナルの銅像だな。ヒュプノスの枕でも太刀打ちできない値打ちであろうよ」


 冒険者たちは、存分に心を躍らせているようである。

 そして咲弥の足もとでは、アトルとチコが「きれーなのですー」とうっとりしている。それに同意を示すように、ギューは「ぎゅうっ」と鳴いた。


「ギューちゃんも喜んでるみたいだけど、そこまで好奇心は刺激されてないみたいだねぇ」


「うむ。ギューは竜族ならぬ身であろうからな。財宝に執着する心根は持ち合わせておらぬのであろう」


 しかしそれでも、眼福という他ない光景である。物欲の薄い咲弥でも、これらの宝の山を前にすると自然に気持ちが浮き立った。


「あ、ミシュコくん。あんまりそっちに近づくと――」


 咲弥の声は、「わゃーっ!」という素っ頓狂な雄叫びによってかき消された。ミシュコの鼻先で、『花の騎士』がわしゃわしゃと踊り始めたのだ。


「な、な、なんだこりゃ? いったいどういうカラクリだ?」


「そちらは侵入者を驚かせるために開発された『花の騎士』なる細工であるな。無論、開発したのは人間族であるはずだぞ」


「あはは。あのコも懐かしいねぇ」


 咲弥が視線を向けると、ケイは「けっ」とそっぽを向いた。かつてはケイも、ミシュコに負けないぐらい盛大なわめき声をあげていたのである。


「そーいえば、おめーらはこの宝の山をかすめるために乗り込んできたんだよなー」


 ケイがそのように言い放つと、トナが大慌てで弁解した。


「そ、それは、竜王がすでに死滅したものと思い込んでいたためです。そ、それに、わたしたちは領主の依頼を引き受けただけですし……」


「うむ。あれからすでに、四ヶ月以上は過ぎているのであろうな。その件も丸く収まり、何よりであったぞ」


 ドラゴンが優しい言葉を返すと、トナはほっとしたように息をついた。

 そのかたわらで、ウィツィは黒い石板を持ち上げている。かつて彼女が預言を授かった、『プロフェーテースの黒碑』だ。そのときの記憶を反芻するように、ウィツィは神妙な眼差しになっていた。


「まことに素晴らしい品ばかりで、感服いたしました。さすがは竜王殿という他ございません」


 あちこちの財宝を吟味したのち、行商人はドラゴンに向かって深々と頭を垂れた。


「我はかつて王の身であったからな。献上された品々から、どうしても手放せなかったものを持ち出したにすぎん」


「はい。おそらく王城の宝物庫には、九割の財宝が残されているのでしょう。その中からこれだけの品を選り抜いた竜王殿のお目の高さに感服した次第でございます」


 行商人の声は相変わらず無感情であったが、しかしどこかに恭しげな響きがにじんでいた。


「私はしがない行商人の身でありますが、こちらの所蔵品にはひと筋の確固たる芯を感じてやみません。おそらくは世間的な評価額などは度外視して、竜王殿の審美眼によって選び抜かれた品々であるのでしょう。恐れ多きことながら、私は竜王殿の美しき心根の一端に触れたような心地でございます」


「そうまで言われては、さすがに羞恥を禁じ得んな。我などは、竜族の浅ましき習性に従っているに過ぎん」


 ドラゴンは気恥ずかしそうに身をよじったのち、ふっと透き通った眼差しを浮かべた。


「それにこれらは、いずれも人間族や亜人族がつくりあげた品々であるのだ。創造の力に乏しい魔族は、他者の手による品々で心を慰める他ないということであるな」


「ですが、正しき眼で見定められてこその美です。竜王殿は、これらの品々の所有者に相応しき器量でございましょう」


 なにやらずいぶんと高尚な話になっているようである。

 咲弥がそれを興味深く見守っていると、ドラゴンはまた気恥ずかしそうに身をよじった。


「では、そろそろ引き返すとしよう。結界を張るので、下がってもらいたい」


 すっかり感じ入った様子である冒険者たちが、名残惜しそうに財宝から遠ざかる。すると、そのきらめきは再び暗闇の壁によって隠された。


 一行は列を成して、もとの場所まで引き返す。

 すると、ずっと沈着な目で場を見守っていたルウが、こっそり咲弥に語りかけてきた。


「あちらの結界には、財宝の持ち出しを禁ずる術式がかけられています。欲に目が眩んで竜王殿の信頼を裏切った者はいないようですね」


「あはは。そんな信用できないお人がいたら、ドラゴンくんもお宝に近づけなかったんじゃないかなぁ」


「そうですね」と、ルウは珍しく穏やかな感じに目を細める。きっと咲弥と同様に、信頼が守られたことを喜んでいるのだろう。それで咲弥が歩きながらモフモフを堪能すると、ルウは恐縮した様子で背筋をのばした。


 そうして一行は、キャンプギアで埋め尽くされたスペースに舞い戻る。

 それと同時に、陽菜が「あっ」と弾んだ声をあげた。


「さくおねえちゃん、雨がやんだみたいだよ!」


「へえ? 今日は一日、大雨だと思ってたのになぁ」


 咲弥も洞穴の入り口を透かし見ると、確かにそちらは静まりかえっており、焚火台のあたりに日が差していた。

 それで一同は腰を落ち着けることなく、そのままぞろぞろと前進する。するとますます陽射しが強くなり、タープとして活用していた『精霊王の羽衣』ごしに七色の光がきらめいた。


「ふむ。暗雲は去ったようであるな」


 ドラゴンは眩しげに目を細めながら、天空を仰ぎ見る。

 空を覆い尽くしていた暗い雲は、目に見えるスピードで四方に流されているさなかとなる。その光景に、ウィツィが何やら感慨深げな息をついた。


「この山に入るまでは、そもそも雲ひとつなかったのにねぇ。今この瞬間に山から飛び出したら、あの暗雲も消えてなくなるということかしら?」


「うむ。理論上は、そういうことになろうな」


「……あまり深く考えると、頭がどうにかなってしまいそうよ。やっぱりこんな大きな山を丸ごと転移の門に仕上げるなんて、馬鹿げた話よね」


「うむ。その馬鹿馬鹿しさを楽しんでもらえれば、幸いな話であるな」


 ドラゴンが穏やかに目を細めると、ウィツィは珍しく苦笑を浮かべた。

 そして咲弥の足もとでは、ギューが可愛らしくはしゃいでいる。ひさびさの太陽の恵みが、とても嬉しそうだった。


 そうして咲弥が周囲を見回してみると、陽菜もアトルもチコも瞳を輝かせている。それらの面々も、決して雨を苦にしている様子は見せていなかったが――やっぱり大雨のあとの晴れ間というのは、人の心を浮き立たせるものであるのだろう。咲弥自身、天から降り注ぐ輝きと温もりに心を満たされていたのだった。


 そこで再び、陽菜が「あっ」と声をあげる。

 そちらの視線を追いかけた咲弥は、思わず目を見張ることになった。ちょうど隣の峰の山頂にかかる格好で、七色の輝ける橋がきらめいていたのである。


「ほう、虹であるな」


 咲弥の隣に進み出たドラゴンも、感心したような声をあげる。

 そちらを振り返った咲弥は、この場にいる全員が同じ方向を見上げて感嘆の表情になっている姿を見届けた。


 真っ先に虹を発見した陽菜も、その隣ではしゃいでいたアトルとチコも、三体に分裂したケルベロスも、咲弥の足もとにいたギューも、ターバンで素顔を隠した行商人も、四名の冒険者たちも――多少の程度の差はあれど、誰もが虹という自然の悪戯に心をつかまれている様子であった。


 生まれも素性も人柄も、それどころか種族すら異なる面々であるが、今この瞬間だけは同じ思いを共有しているのだろう。

 それとも、あるいは――彼らは食事をしている間から、同じ喜びを分かち合っていたのだろうか。


(もしもそうなら、嬉しいな)


 咲弥はドラゴンの温かな首筋を撫でながら、自らも同じ思いにひたるためにきらめく天空を見上げることにした。

2026.4/29

今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

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いつも心のほっこりするお話、ありがとうございます。
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