Ⅵ 破壊 -8
「懐かしいな」
信が思わず口にした言葉を、隼は聞き逃さなかった。
「来たことがあるの?」
信は辺りをぐるりと見回した。
白い壁、床、柱。どこまでも白い。
「ああ。一度だけ」
あの時はこの大神殿が、白だろうが黒だろうが、どうでもよかったが。
「ふーん」
隼はどうでもよさそうに相槌を打った。
豊穣祭を明朝に控えた大神殿は、大祭の前の奇妙な熱気を孕みつつも、まだ静寂に包まれていた。
「え、そうなの?それは、俺と出会う前の話?」
前を歩いていた男が、驚いた顔で振り返った。
「前だよ。いいから、早く歩いてよ、ナナ」
信は面倒くさそうに手を振ると、ナナはげんなりした顔で頭を振った。
「お前さぁ、二十数年ぶりに急に呼び出しておいて、なんか言うことないのかよ?」
「よろしく」
ちっとも心がこもっていない信の口ぶりに、ナナはあきらめてため息をついた。
「変わらねぇな、お前は」
二人のやり取りを聞いていた隼は、首を傾げた。
「ほんとに、この人知ってるの?」
それには、あっさり信も頷く。
「ナナはガザ軍がここを占拠していた時、一時ここにいたんだよ。その時、当時の炎将軍に骨抜きにされたんだよな」
「そもそも、お前のせいだろうよ」
すっかりむくれてしまったナナに、信はフッと笑った。
ああ、と隼が納得する。
「その時、空にもやられちゃったってわけね」
ナナは恨みがましい目で隼を睨んだ。
「さすがあいつの弟子だな。憎たらしさがそっくりだ」
「まぁ、それはともかく」と元凶の信が促した。
「神殿の書庫の場所は知ってるんだろ」
ああ、とナナライは頷いた。それから首を傾げる。
「ただ、太陽神以外の神に関するものなんてあるかね、ここに」
信は頷いた。
「この山に大神殿がある以上、あるはずだよ」
神々の山……神々とは、何の神か。
「山の神の坐ところに、神殿を建てているんだ。山の神も祀っていないと、建てられない」
そういうことか、とナナは呟いた。それじゃあ、と口の中でモゴモゴ何事が言っている。
ナナを先頭に、三人は奥へ奥へと進んでいった。
ここまで奥に来ると、神殿の者の姿も見られない。
三人は、かつて巫女姫の部屋だった、扉の前に立った。
「太陽神以外の書物は、多分この奥にしまってあると思う」
そう言うと、ナナは巫女姫の部屋に入った。巫女姫という存在が廃れた今は、誰も使っていない。空っぽの部屋とその先に見える庭。暗い庭で、風で木々が揺れているのが見える。
ナナは部屋の一面にあたる白い壁を押した。
壁だと見えていたところが、向こう側に開き、その先に白い廊下が伸びていた。
「この先に、偉大な占い師殿の部屋がある。巫女姫もこの道は知らなかったそうだ。占い師が巫女姫を監視するのに使っていたようだ」
ナナは意味ありげに、信を見て説明した。
隼は「へぇ」と興味深げに、扉の出現した壁をしげしげと見ていた。
信は廊下の先を一瞥すると、表情を変えずに言った。
「あの占い師が、山の神の書物など、保管してるか?」
「まぁ、行ってみようぜ」
ナナはそう言うと、自ら先頭に立って廊下を進んだ。信は黙って、後に続いた。最後に隼が、キョロキョロしながら続いている。
そう歩くこともなく、道は一つの簡素な扉にたどり着いた。
扉は少しきしんだが、苦労することなく、開けることができた。
部屋の中も、真っ白だった。
一対の机と椅子。小さな寝台。それから本棚と薬品棚。薬を調合するための小さな作業台。本棚の本は誇りを被って並んでいたが、薬品棚の中は空っぽだった。薬品はどこかに移されたのだろう。
「もう、誰も使っていないのか?」
見れば分かるようなことを、信が確認すると、ナナは「ああ」と頷いた。
「あれから巫女姫の制度もなくなったからな。占い師はいらなくなったんだよ。巫女は各地から志願者が集まってくる」
「そうか」と信は頷き、本棚に近づいた。
「じゃあ、探してみるか」




