Ⅵ 破壊 -9
神殿の町の周りに広がる砂漠の手前にある、トチという町の入り口で、昂は馬を止めた。
ドナ爺の馬は素晴らしかった。追手を振り切ると、まっすぐここまで昂を運んでくれた。
昂は馬にしがみついているだけでよかった。馬は何もかも分かっているというふうに、昂を振り落とすこともなく、ここまで連れてきてくれた。
乗馬に慣れてきた昂は、遠くに見える白い大きな神殿と、それを取り囲む砂漠を見て、トチの町で馬を止めた。
かといって、金があるわけでもなかったので、近くに木に馬を繋ぎ、馬の手綱と自分の腕を繋いで、木の側で丸まって眠りに落ちた。
小さな女の子が泣いていた。
昂が慰めようと近づくと、涙だと思っていたものは、血だった。そしてその眼窩には何も埋まっていなかった。昏い穴のような空洞に、昂は言葉をなくす。
女の子がつと何かを指さした。
昂が振り返ると、男の子が立っていた。
何か叫んでいるように見えるが、何も聞こえない。
男の子はもどかしそうに喉を押さえた。
やがて喉を掻きむしり始める。喉は裂け、血が噴き出した。
昂は慌てて走りよる。
その時天から手が降りてきた。
手が降りてきた。そうとしか言いようがない。巨大な両手が天から降りてきて、片方の手が女の子の眼窩を撫でた。もう片方の手は、男の子の喉を撫でた。
すると、女の子の瞼と、男の子の喉は金色に光りはじめた。
今度は、地の底から、音が響き始めた。いや、音ではない。声だ。
オモイダセ
オモイダセ
ジブンノナヲ
オモイダセ
ツガイノナヲ
彩の瞼が開き始め、奏の声がほとばしり出ようとする。
昂は叫んだ。
「彩!奏!」
「ああ、そういうことか」
信の声に、山の神についての書物を捜索していたナナと隼は、顔を上げた。
本棚をはじめ、部屋を一見しただけでは、山の神に関する書物は見つけられなかった。
仕方なく、三人は本棚に並ぶ本を一冊ずつ、検分していたのだ。
もう、日が昇り、夜が明けつつある。
信は眉を寄せて一冊の書物を読んでいた。
「ピラティウス神話」
太陽神のと言うより、この辺りの土着的な言い伝えや、神話をまとめた書物だ。太陽神信仰本義と異なる部分もあり、昔話として扱われ、信仰とは別ものと考えられていた。
「何が?」
ナナが顔をしかめてそう訊くと、信は書物の一節を読み始めた。
山の神は、男女一対の子どもを産んだ。
しかし女の子どもには目がなく、男の子どもは声を出すことが出来なかった。
山の神が嘆き悲しんでいると、それを見ていた天の神が、女の子どもには目を、男の子どもには声を与えた。
山の神は喜んだが、天の神に貰ったものは地上では力が強すぎ、女の子どもが目を開くと炎で山は焼け、男の子どもが声を出すと、山は揺れ、地滑りが起きた。更に、二人が共鳴すると、地の揺れは風を起こし、炎を巻き上げ、巨大な炎の柱となって、地上を覆いつくした。
山の神は仕方なく、その子らの名前にその力を封じた。
その名は山深くで隠されることとなった。
信が読み終えると、隼が「へっ?」っと、おかしな声を出した。
「つまり、彩とその弟が、山の神の子どもたちって言いたいの?その子らを使って、空はこの国を滅ぼそうとしているって?」
信はそれには答えずに、書物を閉じた。
「昂を大公にしようっていうよりは、筋が通っている。それに……」
「それに?」
今度はナナが首を傾げた。
「あの子たちが生まれたころ。つまり7年ほど前の頃、異常に地震が多かったんだ」
「そんなの……偶然だろ」
そういうナナの声も、不安に揺れていた。
「なぜ、口伝頭は二人を村の外に出した?」
信は宙を見つめ、独り言ちる。もはやナナと隼を見ていない。
「なぜ、昂に二人を託した?」
ナナと隼が訊くのを諦めて、信を見ていた。
信は苛立たし気に頭を掻くと、二人を見た。
「それなら、空は豊穣祭を狙うだろうな。人がたくさん集まり、アランをはじめ、王族がそろう」
「でも、燦王女も来るよ」
隼がすかさず言う。
燦王女とその付き人、彩が、ターシャに招かれて、大神殿に向かったという情報は、ナナからすでに得ていた。
空はガザの元隠密であるし、王女とは縁が深い。その王女を巻き込んで、よしとするだろうか。
してほしくない、というのが、隼の本音だった。
信は心底嫌そうな顔をして、吐き捨てるように言った。
「彩を連れて来させるための策か……そうだとしたら、最悪だな」
三人の間に重い空気が漂った。
「どちらにしても始まる」
ナナが壁に上の方にある、小さな明かり取りの窓に目を向けた時、時を告げる大砲が鳴った。
「豊穣祭だ」
ナナが呟くと、信は出口に足を向けた。




