Ⅵ 破壊 -4
「分かりました」
桂宮の長い話が終わると、昂はそれだけ言って、頷いた。
桂宮は拍子抜けしたような顔になり、それからまじまじと昂の顔を見た。
「それだけか?」
そう言われて、昂の方が怪訝な顔で宮を見返す。
「それだけ?ほかに何か?」
「驚かないのか?」
意味がわかっていないのかと、桂宮は訝った。
しかし昂は「ええ、もちろん」と今になって驚いた顔をする。
「驚きましたよ。まさか蘭が大公妃だったなんて。それに、信まで王宮に関わっていたなんて、全然知りませんでした」
弟妹の誰も知らないんじゃないかなぁ、と呟く昂に、桂宮は釈然としない顔で、傍らに控えていたカナエを見た。カナエも困った顔で、主を見返している。
桂宮はイライラとした口調で言った。
「問題はそこではないだろう。アランの妻だったランが、針森に帰ってすぐにお前を産んだ。それがどういうことか分かるだろう?」
「分かりますよ」
少し挑戦的な声音で、昂が返した。
「近いうちに大公様にお会いできるよう、取り計らってくれますか」
そう言う昂に、桂宮の目が面白そうに細められた。
「会って、どうするのじゃ」
昂は肩をすくめた。
「大公様があなたと同じ間違いをしているのなら、それを訂正して来ます」
「わたしと同じ間違い?」
「俺の父が大公様だという間違いです。そして、それが空の狙いではないのかという間違いです」
「違うのか?」
釣り込まれるように問い返した桂宮に、昂は無造作に首を横に振った。
「全然違います」
桂宮はまた怪訝な顔に戻ってしまった。
「その髪でもか?」
桂宮が思わずそう言うと、昂は答えずに、ふわりと笑って、自分の髪を触った。
「それで、取り計らってくれますか?」
有無を言わせない静かな迫力に、桂宮は頷いていた。
「もうすぐ豊穣祭がある。大公は大神殿に招かれているだろう。お前も行くがいい」
「ありがとうございます」
昂は頭を下げると、くるりと向きを変えた。
「連れの様子を見てきます」
そう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
残された二人は、昂が出て行った扉をいつまでも見ていた。
「あいつは本当に分かっているのか?もしかしたら、どうやって子供ができるか知らないんじゃないか」
呆然と桂宮がそう独り言ちるのを聞きながら、カナエも呟いた。
「雰囲気はシンによく似ていますね」
しばらくして、桂宮も応じた。
「……そうだな」
「話は終わったのか?」
ドナ爺は厩の近くの小さな小屋にいた。
昂が扉を叩くと、すぐに開けて招き入れてくれた。
それにしても、きちんと場所を聞いてくればよかった。ちょっと探せばすぐに分かるだろうと高を括って、桂宮たちに奏の居場所を聞かずに出てきたのは、失敗だった。
桂宮の館はこじんまりしていたが、桂妃庭は広大だった。何とか小屋の灯りを見つけた時は、何もかも忘れて叫び出しそうになった。
「ああ、終わったよ」
昂はそれだけ言った。
「奏は奥かい?」
昂が訊ねると、ドナ爺は何か言いたそうな顔をしたが、結局頷いただけだった。
「ああ、さっき目を覚ました」
「ありがとう」
昂が礼を言うと、なんとも言えない顔で、「うむ」と呟いた。
昂が奥の部屋に入ると、粗末な木の寝台に奏が横になっていた。気配を感じたのか、奏の方に顔を向けた。
思ったより顔色がいい。
昂はほっと息をついた。
奏も昂の顔を見て、途端に気が抜けたような顔になった。安心したのだ。
目を覚ましたら見知らぬ場所に寝かされていたのだから、さぞ混乱しただろう。
騒いだり、逃げようとしなかったのは、コルニクスの館でドナ爺の顔を見知っていたからだ。
昂はあらためてドナ爺に感謝した。
「よかった……」
奏の頭に手を置き、そのぬくもりを実感すると、昂は押さえていた感情が溢れ出てきて、奏の上に崩れ落ちた。
俺のせいで、死なせるところだった。
奏が苦しそうに、昂の下でもがいた。
昂は慌てて跳ね起きる。
「ごめん!」
奏は苦しそうだが、肩を震わせて笑っていた。
その顔に昂はまた安心した。
「彩に会わせてやるからな。公舎にいる。すぐ近くだよ」
奏が読めるようにゆっくり言おうとするが、気がせいてつい普通にしゃべってしまいそうになる。
奏は昂の口元をじっと見つめてから、少し小首を傾げた。
「なんだ?」
昂が訊ねると、奏はゆっくり唇を動かした。
てすさまは?
意味が取れなくて、昂はもう一回と指を突き出した。
奏はもう一度唇を動かす。
て・す・さま。
昂はしばらく考えて、声を上げた。
「ユースティスさま、か!」
声を上げてから、手前の部屋にドナ爺がいることを思い出す。
昂は声には出さず、奏の目の前で口を動かした。
気になるか?
奏はコクコクと頷いた。
どうやら、ユースティスが奏を大切に扱っていたことに、嘘はないらしい。奏がユースティスに懐いているというのも本当だろう。
昂は、奏が少なくともユースティスの所では、ひどい目にあったわけではないことに、安堵した。
だが、彼らの轍の中に奏を返すわけにはいかない。
「あのな…」
昂はゆっくりと、ユースティスとラウルの関係、その中で奏がどう扱われたのかを話した。
長い話になった。
音声では伝えられないので、唇の形を読み取るだけの奏に、どれだけ伝わったかは分からない。
だが、奏の目はゆっくりと暗くなっていった。




