Ⅵ 破壊 -3
白亜宮の月夜は美しい。
燦はぼんやりと窓から、月の映る白壁を眺めていた。
ターシャとの交流、昂の行方、豊穣祭への期待……想いは散り散りに千切れていく。喜びと不安、期待……想いは高まったり、沈んだりしている。
それでも一人で異国に地へ来て、他国と交流が持てたことは、燦の自信になっていた。
その証拠に、夢の中の自分は、化け物の中から顔を出して覗いている。化け物の目ではなく、自分の目で外を見ていた。
どこかでフクロウだろうか、夜の鳥が鳴いた。
「いい月夜ですね」
急に空が現れて、燦の隣で窓辺に腰を下ろしていた。足が部屋の方に向いている。外からやって来たのだ。
燦は別に驚かなかった。
空がこの国にいることは知っていた。
そして、この男はいつもこうやって急に現れる。
「何をしていたの?」
喜びが声に出ないように、燦はわざとそっけない口調で言った。それでも喜びが湧いてくるのを止めることが出来なくて、溢れてきてしまうのを自分でも感じていた。
幼いころからそうだった。
凛の側に仕えていたこの男は、他の者のように、燦のことを可愛らしいだの、器量がいいだのと、褒めなかった。
まるで興味がないように、あくまでオマケのように、燦のことを見ていた。
そんな空を、凛は燦の教育係に任命した。燦が四つくらいの時だ。
空が不満に思っているのは、幼い燦にも分かった。空は凛の側にいたいのだ。
燦は躍起になって、空の注意を引こうとした。言われたことを身に付けようと、言われた通りに頑張った。
面倒くさそうな空の顔が、成長した燦を見て、「オッ」という表情になる時が好きだった。
そのうち、空が自分に何かを教えるために姿を現すだけで、嬉しくなった。
空がやっとわたしを見てくれた。
そう思えてしばらくして、空は王城から姿を消した。
幼い燦は涙が枯れるまで泣いた。
周りの大人たちは、笑って慰めてくれた。
「まぁ、懐いたものだねぇ」
そんなことを言いながら、燦の頭を撫でてくれた。
一体、だれが思うだろう。
幼い燦は、空に恋い焦がれていたのだ。
別離の悲しみに、胸を狂わせんとばかりに泣いていたというのに。
人は何歳から、本気の恋だと認めてもらえるのだろう。燦がいくら泣いたところで、大人はせいぜい、幼い子ども特有の他愛無い恋心だと思っただろうし、燦とて、自分の恋心が本物だと証明できなかった。
涙が枯れてしまった燦は、もう空に想いをかけまいと決心した。
それから時々、突然空は現れたりしたが、燦は心を動かされないように、自分を戒めたのだ。
久しぶりに再会した狼公の館で、燦はその人が空だと分かった時、動揺する心を何とか抑えた。喜びに身を委ねそうになるのを、何とかして押しとどめた。
空は相変わらず何も変わらなかった。何年振りにどこで再会しようが、空は変わらない。唯一変化があったのは、燦が「凛」と名乗っていると知った時だ。凛という名前だけが、空の表情を動かせる……
「何をしに来たの?」
燦は質問を変えた。
空はゆっくりと燦の顔を見た。
「お別れをしに来ました」
静かにそう言った空を、燦は信じられないといった顔で見つめた。
「お別れ?空がわたしに?」
わたしにわざわざ別れを言いに来るなんて、そんなことがあるだろうか。
「凛にはもう言いました」
空は燦のことは「姫さん」と呼ぶが、王妃である凛のことは平気で呼び捨てにする。
同郷だからと言っているが、凛を除く王城の誰もが眉を顰めていた。
燦も、皆とは違う理由で嫌だった。
「そうなの」
つまらないが、どうやっても消えない嫉妬心のせいで、燦の心は瞬く間に頑なになり、燦は目を逸らしてそっけなく返した。
その頭に、空の手がふわりと乗った。
「姫さんは、大丈夫です」
燦が驚いて、空の顔を見上げると、空は見たことがない優しい顔で見下ろしていた。
「立派に成長したから、自信を持ってください」
褒められた……
燦の頭は一瞬真っ白になり、次いで何かを言おうと見上げると、もうそこに空の姿はなかった。
慌てて、窓枠にしがみつく、身を乗り出して叫んだ。
「待って!どこにいくの!なにをしようとしているの!」
答えはなく、月だけが燦を見ていた。




