Ⅵ 破壊 -2
ユースティスは馬を駆り、父親の館に着くなり、案内も請わず、父親の部屋にズカズカと入っていった。
ラウルも公舎から戻って来たばかりらしく、使用人に手伝わせて着替えている真っ最中だった。
そのだらしない姿でも、一向に恥じることなく、面白そうに息子を見た。
「おや、珍しい。家を出て以来じゃないか、お前が自ら欲して儂の館に来るなんて」
ユースティスは取り繕う気配すら見せず、父親の胸倉をつかんだ。
「ナルはどこだ。お前が連れて行ったことは分かっている」
「ああ」
ラウルは怯むことなく、なんでもないことのように言った。
「確かに連れてきた……だがいなくなった」
「いなくなった……だと?」
胸倉を掴んでいたユースティスの拳が、震え出した。
ラウルはそんな息子を観察するような目で眺めると、諭すように言った。
「儂が留守中に、誰かに連れ去られたのかもしれん。例えばナルの昔馴染みの者などにな。お前、心当たりないか?」
ユースティスの手から力が抜けた。
ラウルは息子の手を自分の胸倉から外す。
「どうしてナルをここに連れてきた?」
ユースティスは精いっぱい低い声を出そうとしたが、その声からは勢いが失われていた。
ラウルはクッと片眉を上げると、真面目な顔で言った。
「実験をしようと思ってな」
「実験?」
その言葉の不吉さに、ユースティスの背中がゾワリと波立った。
「耳の聞こえない者を、真の暗闇に入れるとどうなるのか、と」
本当にその実験とやらが、ラウルの目的でないことは分かっていた。ユースティスの大切なものを傷つけて、ユースティスの反応を見たいだけなのだ。
その為の、実験だ。
「貴様」
遂に殴り掛かろうとする息子を、ラウルは「おいおい」と躱した。
「ユースティス、お前、身近からもう一人、人がいなくなっていないか?」
ラウルに急に言われて、ユースティスも片眉を上げる。
「?」
「お前、クロウはどうした?最近、館にいないんじゃないか?」
「クロウなら、ガザの一行がドムに着いた時、偵察に行かせた」
「それから、戻ってきたのか?」
ラウルが舌なめずりしそうな顔で、息子を見ていた。
ユースティスは眉間に皴をよせ、思い出そうとした。確かにあれから見ていない。ガザの一行は、もうとっくにこの国に着いたというのに。
「ナルをここに連れてきたのは、クロウだよ」
ラウルが弾む声で放った言葉に、ユースティスは混乱する。
「は?」
「ナルをここに連れてきたのは、クロウだ。儂が頼んだのだがな」
ユースティスは頭を振ると、ラウルの目を睨みつけた。
「待て。クロウが連れて行ったんなら、館の者が気が付いただろう。誰もそんなこと言わなかった」
「そりゃ、クロウがバレないように、こっそり連れて来たのさ。あの連中の得意分野だ」
ラウルの目は愉悦に歪んで輝いている。
「あの連中?」
ラウルが悦ぶと分かって、ユースティスはオウム返しに訊いた。
嫌な予感に全身が震える。
「お前本当に、儂が好意で有能な秘書をつけてくれたと思ったのか」
ユースティスは何も言えず、父親を見た。
「やはりお前は儂の息子だ。どんなことをされても、儂を信じてしまう」
その満足した顔に、ユースティスは吐き気を覚えた。
「あの男は、隠密だよ。お前の所を探らせていた」
まぁ、儂の者でもないが。
ラウルがそう呟くのを、ユースティスは聞いていなかった。
フラフラと後ずさりすると、そこにあった肘掛椅子にへたり込むように腰を下ろした。
「ときに、ユースティス。お前と公女様は、うまくいっているようだな」
ユースティスはノロノロと顔を上げた。
「お前と公女様が晴れて夫婦になれば、お前にも大公の継承権が与えられる」
息子の様子など気にもかけず、ラウルは一人でしゃべっている。
「その時、お前が大公になるのに、障害となるのは誰だ?」
「ヨギ様とシオン様ですか?もし、ミア様がご結婚されていたら、ミア様のご夫君の方が、わたしより大公に近くなるでしょうね」
ユースティスは機械的に答えた。何の感情も湧いてこなかった。もう、父親と戦う気力が、すっかり奪い去られていた。
魂の抜けた息子の答えに、ラウルはしかし、首を横に振った。
「ヨギ様とシオン様には、どうあっても大公の座にはつかせないおつもりなのだろう。だから、娘の歳が若すぎても、お前との婚約を進めた。ミア様のご夫君は…まだいないからな。いない者を警戒しても仕方ない」
息子に中断されていた着替えが、やっと完了した。
ラウルは顎でしゃくって、使用人を追い出す。
二人きりになったところで、ラウルは息子に近づき、顔を寄せて囁いた。
「ナルのことで、お前に突っかかって来た男、誰かに似ていると思わないか?」
ユースティスは首を傾げた。
あの時、ナルによく似ている少女の顔はよく覚えているが、突っかかって来た少年の顔の印象は薄かった。綺麗な顔立ちで、金髪だったことは覚えている。だが、ガザでは珍しい色ではないと聞いている。だから、特段気にしなかった。
「あの少年は、アラン様の若い頃によく似ている」
最初、ユースティスは意味を採りかねた。しばらく父親の口元を眺めていた。
「針森という村出身だそうだ。歳は十六。母親の名はランという」
「ラン……」
呟いて、ユースティスの目は見開かれていった。
彼は幼い頃、新しい大公妃が嫁いできたお祝いがされたことを、覚えていた。更にもう少し大きくなって、タミア妃の前に、大公妃がいたことも学んでいた。
ラン大公妃。太陽神国とガザ王国の和平成立を成し遂げ、その後公国になった国の立て直しに尽力したが、三年後に病死。民に慕われた、偉大な大公妃だったと記されていた。
そのラン妃とアラン大公の落とし子が、生きているとしたら。
ユースティスははっきりと思い出した。ユースティスを問い詰める顔と、確かに淡い金の髪。
「もしそうなら、彼が間違いなく一番の障害だ」
父親の声を遠くに聞きながら、ユースティスはターシャと交わした会話も思い出していた。
金髪の公子がいたらどうする?
それはもちろん、誠心誠意お仕えさせていただきます。




