Ⅵ 破壊 -1
「豊穣祭?」
ターシャに言われて、燦は記憶を探った。
「そう、来週あるの」
ターシャは浮立つ気分を隠し切れず、顔を綻ばせて頷いた。
会食以来、燦はターシャによく会いに行くようになった。体調がよくなった彩も、王女の小さな従者として、二人の側にいることが多くなった。
燦はまだ戻らぬ昂が心配だったが、彩が言うには、奏の状態は良いらしい。まだ心を通わせることは出来ないが、落ち着いているのを感じると言っていた。
それなら昂がうまくやったのだろう。ここにすぐに戻って来ないのは、何か事情ができたに違いない。
またしても待つしかないのは歯がゆいが、今回は彩もいるし、ターシャとの交流もある。燦の心もそれほど焦ってはいなかった。
ターシャに昼食に呼ばれ、「豊穣祭」という言葉が彼女の口から出てきたとき、燦はうっかり言いそうになった。
まだ、行われていたんだ。
燦は出かかった言葉を呑み込んだ。
豊穣祭は、豊穣をもたらせてくれる太陽神に感謝する、太陽神信仰には欠かせない行事である。公国がまだ太陽神国として、太陽神を頭上に掲げて政を行っていた時代には、国としても重大な祭儀の一つであった。
だが大公が政教分離を唱え、神殿を縮小したとき、巫女姫の婚礼の儀を始め、儀式も廃止または簡素化されていったと聞いている。
一大祝祭の豊穣祭も、もう行われなくなったと思っていた。
燦の考えていることが分かったのか、ターシャは声を潜めて言った。
「昔とは様変わりしたみたいだけどね。宗教行事というより、お祭りになっているの。過激派の格好の機会になるから、あまり規模は大きくできないけど、町ごとに賑やかにやっているわ」
それでもピラティウス山の麓にある神殿の町では、盛大に豊穣祭が執り行われる。
大公家と神殿が仲たがいしているわけではないと示すために、大公一家も招待されている。
「わたしの友人として、一緒に行ってくれないかしら」
「そうね」
燦は考え込んだ。せっかく来たのだ、いろいろの場所を視察したいとは思っていた。形を変えて未だ残るこの国一番の祭りなら、ぜひ見てみたい。
「わたしも行ってみたい」
彩が口を出した。
この子は王女である燦に対してと同じように、初対面の公女に対しても、最初から態度が変わらない。
「奏はいいの?」
燦は彩に尋ねた。昂が奏を見つけたとしても、ここを離れれば、また再会が遅くなる。
彩は頷くと、不思議な笑みを浮かべた。
「いいの。そこで会えるわ」
「ナル!ナル!」
聞こえないのを承知で呼び立てる。
ユースティスは焦りだした。
ナルとは信頼関係が出来ていると思っていた。だから、コウという少年に問い詰められても、微塵も後ろめたさは感じなかった。
人狩りがナルを攫い、それを父が買ったのだとしても、それはユースティスがナルに関わる前の話だ。
ユースティスはナルを大事に扱っていたという自負があった。
だから意気揚々と館に帰り、自信満々にナルを呼んでくれと言ったが、誰もが首を横に振った。
ナルは今この館にいないようです。
そんな馬鹿なと、自ら探し回り始めたが、やはりナルを見つけることは出来なかった。
なりふり構わず、呼び立てながら探していると、侍女の一人が恐る恐る近づいて来た。
「あの、ユースティス様」
「いたのか?」
その剣幕に、侍女はビクッと身を縮める。
「あの…ナルはラウル様のところみたいです」
そう侍女が告げると、ユースティスの目が吊り上がった。くぐもった声で確認する。
「父の?なぜ?誰に聞いた?」
侍女は怯えながら、首を横に振り、答えた。
「分かりません。厩番がそう申しておりまして」
言葉も終わらないうちに、ユースティスは歩み去ろうとした。察した侍女は慌てて主人を引き止める。
「厩番も今いません!」
引き止めたものの、侍女は主人が振り返るのが怖かった。
振り返ったユースティスの顔を見て、侍女は大いに後悔した。
やはり引き止めなければよかった。いや、その前にナルの行方など、知らないふりをすればよかったのだ。
侍女は、ユースティスが何か言う前に、慌ててしゃべり始めた。
「あの、ガザのお姫様のご友人が、ナルを探しに来られたのです。その時もうすでに、ナルの姿は見えなかったのですが、厩番がラウル様のところに行ったと申しまして」
ユースティスの顔が引きつっていき、侍女の声はしぼんでいった。
「父上……」
憎々し気な口調でユースティスは呟くと、じろりと侍女を睨んだ。彼女が悪いのではないと分かっていても、自分を止めることができない。
「それで?厩番とその友人はどうした?」
イライラした声でそう問い詰めると、侍女の顔は目に見えて青くなった。
「……」
「早く」
冷たい声でせかすと、侍女は消えそうな声で告げた。
「厩番が馬を引いて、ラウル様の館にその方をお連れになりました」
ギリッ…
ユースティスが歯ぎしりする音に、皆が身を固くした。
「誰か!馬を引け!早く!」
ユースティスが怒鳴ると、何人かの使用人が駆けて行く音が聞こえた。




