Ⅴ 神の血 -22
館の中は妙に薄暗かった。外が明るすぎるために、室内の静けさと薄暗さが際立っていた。
昂はなるべく音を立てないように、そろそろと進んだ。それでも誰かと鉢合わせた時のために、コソコソしているとは見えないように、あくまで平然を装って長い廊下を歩いた。
だが、それは杞憂だった。
館の中は人気がなかった。裏庭でたむろしていた者たちだけが、留守番なのかもしれない。
先ほど聞いた会話を思い出しながら、端っこの塔の部屋とやらを目指す。しかし、外側からは塔は確認できなかった。
どうしたものかと、とりあえず廊下の先まで歩いてみる。外れれば、反対側の端まで歩いてみるだけだ。
果たして、二番目に端を目指した廊下の途中に、細い階段があるのを見つけた。引き戸を引くと、階段が現れる仕組みで、閉じていると壁との区別はつきにくい。気が付いたのは、何も昂の目が良かったからではない。最後まで閉めなかったのだろう。少し隙間が開いていたのだ。
昂は周りを確認すると、引き戸をそっと引いて、階段を上り始めた。
かなり細い階段で、傾斜もある。これが塔への階段だろう。そして、上るにつれて聞こえてきたのは、何かの唸り声だった。
唸ってた子か。
男はそう言っていた。
昂は慎重に階段を上りきると、扉にたどり着いた。
扉には鍵がない。ただ扉の外側に、板が差し込んである。
昂はその板をまじまじと見て、一瞬遅れて理解した。内側から開けられないようにだ。
昂は顔がカッと熱くなるのを感じながら、同時にわきの下を、冷たい汗が流れ落ちていくのも感じた。
覚悟しないといけない。ここにはとんでもない悪意を感じる。
昂はそっと板を外すと、扉をゆっくり開けた。細い階段から差し込む光は乏しかったが、それでも部屋の中に光が入り込むと、中にいたものはビクッとして、顔を隠して部屋の隅で丸まった。
急に光が入って目が眩んだのだ。それだけ部屋の中は暗闇だった。一つだけある窓には板は打ち付けられ、部屋が完全に暗闇に陥るようになっている。
昂は丸まっている者をよく見た。顔は見えないが、子どものようだ。
「奏?」
そっと呼び掛けてみるが、反応がない。
ああ、そうか。奏は耳が聞こえないんだった。
耳が聞こえない者が、視界も完全に奪われる。それはどんな恐怖だろうか。
昂は窓に板を打ち付けた者の意図を理解し、怒りに目が眩んだ。
昂は扉を開けたまま、ゆっくりと子どもに近づいていった。傍まで来ると、そっとしゃがみ、子どもが顔を上げるのをじっと待った。
しばらくすると、子どもはそろそろと顔を上げた。その目はしっかり開いていた。
奏の目が昂を捕らえた。
「助けに来たよ」
思わず昂がそう言うと、恐怖を帯びていた奏の目が、見る間に見開かれていった。
奏の唇がゆっくりと動く。
昂。
昂は奏の頭を優しく撫でると、笑った。
「えらかったな、奏」
昂の言葉が分かったのか、奏は一瞬顔を歪めると、泣きそうになるのをごまかすように、うつむいた。
「よし、ここを出よう」
グズグズしていると誰かが上がってくるかもしれない。昂は奏をそっと立たせた。背負ってやりたいが、あの狭く急な階段では危ない。
奏が立てるか不安だったが、何とか立ち上がった。もともとよく動いているからだろう。何度か足を動かすと、歩くことはできるようだった。
彩に早く会わせてやりたい。
昂は奏の手を引き、細い階段を降りていった。




