Ⅴ 神の血 -21
「よぅ、大将閣下。お元気そうで何より」
大公の護衛として会食の場にいたコルニクスは、声をかけてきた相手に、手を上げて挨拶に応じた。
男はニヤニヤしながら、コルニクスの持つグラスに、自分のグラスをぶつけた。
大将に対してのその不遜な態度は、彼らがまだ下町の悪ガキだったころの名残である。
「ナナか。お前が王女様の先導をしてくるとはな」
ナナ……ナナライは幼馴染にそう言われて、頭を掻いた。ナナライはドムの世話役ではあるが、別に代表というわけではない。ドムではナナライのような立場の者が何人かいた。
「ご指名だったんだよ」
「ご指名?」
コルがそう言って眉を顰めかけるのを見て、ナナはため息をついた。
「ちょっと前に忠告したぞ。クウが何か企んでるって」
「で、お前はそのクウの言うことをきいてるわけか」
「ガザ王女を出迎えることは、悪いことじゃないだろ。それに正式な依頼だったんだよ」
「正式な?」
「あんたのご主人のご令嬢だよ」
コルの眉間の皴はますます深くなる。
ナナは素早く周りに目を配った。もちろん大公の姿はみえる。アランが見えないところに、コルが動くはずはない。ナナは表情はにこやかなまま、コルに囁いた。
「おい、顔。そんな顔をするな、不審に思われるぞ」
コルの顔がスッと真顔に戻る。
ナナは全く別の話をしているように、視線を違うところに向けた。
「あいつ、ターシャ様の近くに潜り込んでるぞ」
コルもナナに合わせて、視線をとばす。
「アラン様に書簡が届けられた。差出人不明でな」
コルは内容をナナに伝えた。
「これはやはり……」
「そりゃ、クウだな」
結論付けるのをコルは躊躇したが、ナナはあっさり決めつけた。
コルは短くため息をつく。
「やはりか。シンもすぐに当たりをつけていたみたいだが」
ナナは思わずというように、ゲッと呟いた。
「え、あいつに言ったのか」
ナナも信のことは知っている。そして、苦手としていた。
「ああ、助けを求めた。今、都にいる」
「そうか……まぁ、あいつならな」
言いよどむナナに、コルはそれでも何かが引っかかっているようで、腑に落ちない顔をしていた。
「なんだよ」
ナナが水を向けると、コルは唇をつきだして「うん」と頷いた。
「でも、クウは俺に釘を刺しに来たんだ。そうそう、それこそお前からの忠告の手紙を読んでいた時に現れて……。俺は前に、ラン様の子どものことを探りに針森に人を遣ったんだが、その事で忠告しに来たと。ちょっかいをだしたら、シンとランが許さないぞと言っていた。そんな彼が二人の息子を使うだろうか」
コルニクスがまるで独り言のようにしゃべるのを、ナナは聞きながら、考えていた。
コルがしゃべり終わっても、ナナはしばらく黙っていた。
「ありゃ、間違いなくアラン様の子どもだよ」
ナナはついに耐えきれなくなったように、ぼそりと言った。
「今の大公様しか知らん奴らは気が付かんかもしれんが、若い頃のアラン様にそっくりだ」
コルは何も答えず、持っていたグラスの中身を喉に流し込んだ。
二人はしばらく黙り込んだ。それぞれの頭に、それぞれの想いが去来する。
観念したようにナナが話し始めた。
「……これは、ガザのカイという男に聞いたんだが」
これを口にすると、本当に恐ろしいことが起きるのではないかと、ナナは身震いした。
「カイ……ああ、国軍大将の」
「クウには三つしか大切なことがない。ガザ国のリン王妃、そして故郷針森の村、それから、針森の村を焼いた者への復讐」
「針森を焼いた……」
コルの頭に苦い思い出が甦った。二十年ほど前、太陽神国は、隣国ガザの侵攻を受けた。その時、国は国境にあった針森の村が拠点にされることを恐れ、村の者を人質に取り、村人に戦うことを強制したのだ。しかし村人は戦うことは拒否し、代わりに村に火を放った。
村は焼け、数名の村人が死んだ。それだけで済んだと言えば済んだ。
この事件は、実は中央にいた一人の男の暴挙による事態だったのだが、村の者からすれば、そんなものは、ただの言い訳に過ぎないだろう。誰であれ、中央の者には変わりない。国のせいで村が焼かれた。その記憶だけが、生々しく村人の頭に残っている。
「復讐をしに来たというのか?その少年を使って?」
コルはまた、難しい顔になっていた。納得がいかない。どこかがずれていて、うまくはまらない感じだ。
ガザの王女と共に現れた、アラン様の息子である金髪の少年、クウの忠告、そしてターシャとユースティスの婚約。クウのやりたいことが分かるようで分からない。
「俺だって分かんねぇよ」
ナナはテーブルに乗っていたビスケットを口に放り込んだ。
「ただ、クウはまだこの国を許しちゃぁいないよ」
コルはその当時のシンの顔を思い出した。シンもまた事件の当事者だ。
人質にされた蘭に何かあったら、俺がこの国を滅ぼしてやる。
シンがそう言い切ったのは、脅しでもなんでもなかった。あの時の目はそれだけの覚悟があった。その目が、一度会っただけのクウに重なる。
この国を滅ぼしてやる。
コルに戦慄がはしった。あれはクウが言ったわけではない。それでも、恐怖の予感はコルの心にぺたりと張り付いた。




