Ⅴ 神の血 -20
切迫した昂の心境とは裏腹に、ラウル・サボンの館の様子は、のどかだった。
使用人たちは裏庭に集まり、腰を下ろして一服している。側にはやりかけの薪割りが放り出されていた。
「天国だな、今日は」
使用人の一人がうまそうに煙草をくゆらせながら、至福の煙を吐いていた。
「お館様、いつごろお戻りになるんだっけ」
顔にそばかすが広がった少年が、きょどきょどと目を左右に動かしながら言った。昂とそう変わらない年頃だ。それにしては、落ち着きがない。
「あと、二、三刻は戻って来ないよ。何と言っても、大公さまの館でのパーティだ。帰れと言われたって、なかなか帰らんだろうよ」
恰幅のいい女が、嘲るように言った。
「だけど、戻って来た時に、仕事が終わってなかったら……」
少年がおびえるように言った。
叱られることがよくあるのだろう。今にも主人が帰って来るのではないのかというように、チラチラと表の方を気にしている。
「大丈夫だよ。臆病者だね、あんたは。こんなチャンス、なかなかないんだよ。いつもこき使われて、ビクビクしてさ。たまには、羽を伸ばさなきゃ」
ユースティスの父親なら、今日、会食に呼ばれているはずだ。当然と言えば当然だが、思いつかなかった自分に、昂は苦笑した。
少し、焦りすぎだな。
昂は呼吸を整えた。
使用人たちが自分たちの話に夢中になっている隙に、昂は館の塀を登った。昂の視界から使用人たちの姿は見えなくなったが、あちらからも、昂のいるところは死角になっているはずだ。
そのまま、塀の中にするりと入り込んだ。
そろそろと裏口に近寄る。
使用人たちは完全に裏口に背を向けていた。女の使用人の口からは話が次々飛び出していて、最初は抑え気味だった声も、次第に大きく高くなっていった。男たちも相槌こそ面倒くさそうにつくが、女の話にすっかり耳を奪われていた。
少年は女の迫力に身を縮めるようにして、丸まって座っていた。
皆の意識が女に集中している隙に、昂は扉が開いている裏口から滑り込んだ。
女はまだ意気揚々としゃべり続けていた。
「そういえば、ユースティス様の所の子どもが、さっき連れて来られていたね。えらく小綺麗な格好をしてたよ」
「ああ、あの耳の聞こえん、唸ってた子か」
男の一人が応じる。
「また、お館様の嫌がらせかね。ユースティス様の留守中に、連れて来たらしいよ」
「やれやれ、本人同士はいいがね。巻き込まれた子どもは災難じゃな」
「おい、坊主。お前、忍んでいって慰めてやれよ。歳が近いんだからさ。あの端っこの塔の部屋だってよ」
男が笑いながら言うと、少年はビクッとして叫ぶように言った。
「やめてくれよ!見つかったら殺されちまう」
男たちはギャハハと笑い、その話は終わりになった。
昂は引っ付いていた裏口のドアと壁の隙間から身をはがし、静かに館の中を進んでいった。




