Ⅴ 神の血 -19
「仲良くなれたようでよかった」
燦とターシャが二人で庭に出ようとすると、声をかけられた。
「お父様」
ターシャが少し驚いた声を上げた。
燦はこの国の大公に、慎ましく礼を執った。
「ターシャは同世代の友人が少ない。父親としても、あなたと娘が仲良くなれたことは、とても嬉しく思います、燦王女」
それからアラン大公は、いたずらっぽく笑った。
「秘密の話をしに行くほどにね」
魅力的な人だな。
燦は率直に思った。父、炎王とは違う為政者の魅力がある。
「とても気が合いましたの。わたしも驚いたくらいです。娘さんをお借りしてもよろしいですか?」
燦がそう言うと、大公は声を上げて笑った。
「まるで、娘と恋仲のような言い方ですね。お貸しするのは構いませんが、彼女には婚約者がいます。お早めにお返しください」
大公の冗談に、燦も笑った。
笑いながら、ふと思う。この笑顔、誰かに似ている。
「ときに、お連れの方が体調を崩されていると聞きました。具合はどうですか」
「ええ、おかげさまで、だいぶ良くなりました。まだ、横にはなっておりますが」
そう答えながら、ああ、と思った。
昂だ。昂に雰囲気が似ている。
なんというか、笑った時のクシャッとなる感じとか、心配顔の目尻の下げ方なんかが……
「行きましょう、サン」
ターシャに促され、燦はアランに会釈をすると、小さな友人の後に続いた。
見送るアランの視線を背中に感じる。
そういえば、大公は、きちんと燦と呼んだ。
この国ではガザの名前をきちんと発音できないらしく、公国風な発音に置き換えられる。燦はサンと、ターシャもそう呼んだ。
だが、大公は燦と正確に呼んでいた。
大公ゆえに、学んだのかもしれない。
そう思いながらも、燦は気になって仕方がなかった。
「本当にいい友人になれたようで」
娘とガザ国王女の後ろ姿を見送っていたアランは、後ろから声をかけられて、我に返った。
「ああ」
答えてから、振り返る。
妻のタミアがおっとりした顔で、娘たちに視線を向けていた。タミアは日ごろでもあまり表情を変えない。無表情なわけではなく、何事もおおらかに受け止め、それがおっとりとした表情になるのだ。
その顔を見て、アランはあっという間に二十年前から、今に引き戻された。
前大公妃のランは積極的に市中に出て、国民の生活、ひいては行政にも関わったが、タミアはそれとは対照的に、大公家の内側、つまりは大公家の安寧の為に心を尽くした。おかげで大公家は円満でゆるぎない。国民からの評判もよかった。
これは意外に大切なことだ。王家内の不和、または国民の気持ちが王家から離れていったことで崩れていった国は、数多ある。
燦王女の側に、針森から来た少年の姿がないことに、がっかりしたような拍子抜けしたような気になった自分を、アランは戒めた。
少年が何者であろうと、自分には関係がないことだ。関係があってはいけないことだ。
家族とこの国を守らなければ。
「どうしたの?」
妻が柔らかい声で訊いてきた。
顔を上げたアランを、タミアは静かに見ていた。
「怖い顔をしているわ」
「そうか?」
言われて、アランは自分の顔が確かに強張っているのを感じた。笑おうと口端をもちあげようとすると、ギギギと音が出そうだ。
「未来の婿殿はどこかな。花嫁は王女に連れ去られてしまったが」
言いながら、アランは、今までユースティスのことを忘れていた自分に気が付いた。




