Ⅴ 神の血 -14
ガザ王女一行が、都に入ったとの一報を受けた時、アランは自分の感情を整理しきれていなかった。
娘の友人として来てくれた王女へ歓迎の気持ちはもちろん、政治的には、うるさい兄たちを牽制できると満足した。そこまではいい。だが、あの書簡を無視することは、態度としては自分でも取り繕うことは出来たが、心の奥までは欺くことは出来なかった。
こうもあっさり、自分はあの頃に戻ってしまう。
十七年前に、大公妃だった蘭を病で死去したことにして、針森に帰した。その数年後に、タミア妃を大公妃に迎えた。
蘭が自分の妻でいてくれるのは、もともと三年間の約束だったし、それでも彼女を請うたのは自分だ。その事を後悔はしていない。あの三年間は自分にもこの国にも必要だった。
彼女が去った後も、悲しみに沈まないよう自分を戒め、大公として、自分は国の為に尽くしてきたと自負している。タミア妃も彼女との間の子も、偽りなく愛している。
自分の子は、ミアとターシャだ。
アランは自分に言い聞かせた。
蘭は何も言わなかった。自分の元にいる間、妊娠の予兆はなかった。
俺と蘭の間に、子は生まれなかった。
その当時、子が生まれたら、ひょっとしたら蘭を引き止められるかもしれないと、密かに期待を持っていた。だが子は出来ず、蘭が針森に帰るとはっきり告げて来た時、彼女との間に子がいなかったことに、安堵した自分もいた。
だから彼女を思い出に出来た。
それなのに……
ガザ国の王女を迎える大公としての、張りつめた心の隙間をぬって、まだ見ぬ針森の少年への妄想がチラチラと顔をだす。
ああ……
アランは両手で顔を覆った。居室にはアラン独りだった。
もうすぐ迎えが来る。
俺はアウローラ公国大公だ。ガザ国の王女を前に、私事で動揺してはいけない。
自分の両手の中で、アランは息を整えるように大きく息を吸い、そして深く吐き出した。
「本当にアラン様に会わないのか」
王女一行の到着前に、何とか公舎に入れたコルニクスと信は、懐かしい兵舎の隊長室にいた。
コルニクスが不思議そうな顔で、信にそう訊ねて来た時、信はほとんど信じられない気持ちで、かつての上司の顔を見た。
「会いませんよ」
自分の妻の元旦那に、喜んで会おうという人間がいたら、見てみたい。もちろんその逆もだ。
「だが、二十……年ぶりか。アラン様は喜ばれると思うが。アラン様にとって、あの頃は今も忘れ難い大切な時だ」
コルニクスが懐かしそうにそう言うのを、信は肩をすくめて聞いた。
「その後の三年間が、アラン様にとってどういう三年間だったかは知りません。知りたくもありません。俺にとっては、忘れたい三年間ですよ」
信がそっけなくそう言うと、コルニクスは懐かしさから醒め、気まずそうな顔になった。
「そうか、ならいい」
きまり悪さからか、怒ったような口調になっている。昔から変わらないその様子に、信はクスッと笑った。
「アラン様は混乱しているでしょうから、早く側に行ってあげてください。俺は、その書簡を出したやつを、見つけますよ」
そう言うと、躊躇することなく、さっさと部屋を出て行った。
コルニクスは短く息を吐くと、立ち上がった。国軍大将の略装だ。国賓ではあるが、私的な招きということで、略装にとどめた。
ガザ国王女を、大公と共に迎える為、コルニクスも部屋を出た。




