Ⅴ 神の血 -13
あ、怒っているな。
取次に出た奏は、ひと目見ただけで分かった。
もちろん、仮にも大公の娘である。あからさまに顔には出ていない。
だが、その「ごきげんよう」という笑顔の奥に見える苛立ちを、奏は見てとった。
そそくさと主人に伝えに行く。
ターシャは好きだが、怒ると怖い。
女の子という生き物は、そういうものかもしれない。久しく会っていない片割れを思い出して、奏は軽く頭を振った。
すぐに用事を済ませて、退散しよう。
ターシャは奏のすぐ後についてくる。取次というよりは案内だ。いや、案内でもない。ターシャはユースティスがいそうな場所は、すっかり把握している。
執務室の扉を叩くと、中の返事を待たずに、ターシャが扉を開けた。
「やぁ、ターシャ」
ユースティスは気を悪くしたふうもなく、ターシャを迎えた。仕事中だったらしく、書類がユースティスの両側に、左右同じくらい積んであった。半分片付けたというところだろうか。
呑気な笑顔を向けて、書類を整え立ち上がった。ターシャの笑顔の奥でちろちろと燃えているものには、気が付かないようだ。
「今日はまた、突然ですね?会食の準備はどうですか?何かお困りなことでも」
ユースティスは婚約者に椅子を勧め、自分もそばにあった椅子を引き寄せて座った。
ユースティスは奏に合図し、お茶を運ぶよう促した。
「待って。ナルもここにいて」
ターシャは横を通り過ぎて出て行こうとした奏の腕をつかんで、引き止めた。
奏が驚いて、主人の婚約者を見つめる。
ユースティスも驚いて、二人を見比べていた。
「先日ナルが、あなたから大公への書簡を持って来たわ」
二人を見比べていた目が、大きく見開かれた。
「わたしの?」
ユースティスの大きな目が、奏を捕らえた。
「王女一行がドムに着いたという書簡よ」
そうでしょ?と、ターシャが奏に同意を求める。奏はただ立っていた。しゃべれないのだから仕方がない。
「ターシャ、ナルは何の書簡か分かりませんよ?それにその報告なら、わたしが直接、陛下に申し上げました」
今度はターシャが目を丸くする。
ユースティスと奏を交互に見つめ、首を横に振った。
「だって、確かにお父様は分かったとおっしゃったって」
うろたえる二人の間で、奏は無言で立っていた。
ターシャの手の力が抜けたのを感じて、奏は部屋を後にした。
あの書簡は、テス様から直接受け取ったものではない。テス様からの言づけだと、使用人頭から受け取った。
奏はその時、不思議には思った。テス様が少し前に、喜色満面で出て行ったのを知っていたからだ。
ここしばらく空を見ていなかった。
奏の顔に、恐れのような、期待のような、不思議な表情が浮かんだ。
だがすぐにそれは消え、ガザの王女との会食の為に山積みとなっている用事を済ませに、館の奥に向かった。
館の表では呼び鈴が鳴らされた。ガザの王女一行が都に入ったという知らせを持った使者が、期待に胸を膨らませて立っていた。




