Ⅴ 神の血 -12
「見えて来ましたよ。あれが都です」
馬で並走するナナライが、馬車の中に声をかけた。昂、燦そして彩が馬車から外を覗くと、小高い丘の上に白い壁が太陽の光を受けて、光っていた。そのすぐ下近くに、市街地が広がっている。割とごちゃごちゃした町だ。かつて白亜の城と呼ばれた公舎に、町がしがみついているような感じを、昂は受けた。
国の端であるドムから、都に向かって馬車を走らせているとよく分かったが、アウローラ公国は町や村が少ない。一つの集落の人口は少なくはない。だが集落の数が少なかった。走る先々に広がるのは荒れ地と右手に見える神々の山。こちらではピラティウス山といったか。進んでも進んでも、変わらぬ景色が続いていた。
「この国は荒れ地が多いですからね」
休憩の折、ナナライに尋ねると、そんな答えが返ってきた。海から吹いてくる潮風で、作物が育ちにくい土地なのだ。よってわずかに条件が良い場所に、人が密集する。
確かにガザとは比べ物にならない小国だ。
だが、神殿の数は多かった。人が住んでいないところにまで、小さな神殿があった。ただし、廃墟と化した元神殿も多い。
「太陽神国からアウローラ公国になってから、手厚かった神殿へ援助も減らされていって、小さな神殿は続けることができなくなったんですよ。小さな神殿から、神官や巫女が他の神殿に移っていく。周りに人がいないなら、尚更です。神殿は信者に頼るしかないからですね」
ナナライは、たいして残念でもなさそうに説明した。
凛がかつてこの国の巫女姫だったことは、昂も聞いて知っていた。だが、いまいちよく分からなかった。針森の村は太陽神への信仰が薄い。巫女姫と聞いてもピンと来なかった。
だが、集落より多く見かける神殿、更には朽ちて行く神殿を見ると、じんわりと実感が湧いてくる。巫女姫は、凛を最後にいなくなったと聞く。
神が去っていった。
忘れられたような、さびれた神殿を見ると、信仰心のない昂でも、ふとそう思ってしまう。
休憩から後、馬車の中では誰もしゃべらなかった。燦も物思いに耽るように、ぼんやりと窓から景色を見ている。
「神さまはいるよ」
ふと彩が呟いた。昂は自分の頭の中を覗かれたのかと思って、ぎょっとした。
一瞬、閉じられているはずの彩の瞼が、開いているように見えた。見えないはずの彩の眼を見た気がした。慌てて、昂が瞬きしてもう一度見ると、彩の瞼は降りていた。
昂は目をこする。
「どういうこと?」
燦が彩に訊き返す。燦は彩の目には気が付かなかったようだ。
目の錯覚だったのか?
昂が見極めようと、彩の顔をじっと見つめたが、彩の顔は普段と何ら変わらなかった。
彩は何も答えずに、昂にもたれて眠り始めた。
昂と燦は顔を見合わせると、どちらからともなく、二人で首を横に振った。
「おい、大丈夫なのか」
ナナライは、後方についていた兵の馬に近寄って、囁いた。
「あれは、どう見たって」
ちらりと馬車の方に目を向ける。
兵は馬上でククッと肩を震わせて笑った。
「あんたでも、そう見える?じゃあ、一目瞭然だね」
馬の蹄の音に紛れて、その声はとぎれとぎれにしか聞こえなかった。
ナナライが訊きなおそうとすると、向こうが先に声を張って言った。
「大丈夫ですよ」
有無を言わせない言い方に、ナナライはすごすごと持ち場に戻った。
「お前が言うから、不安になるだろうが」
ナナライの呟きもまた、誰に聞き咎められることはなかった。




