Ⅴ 神の血 -9
「あまり大げさなことはしたくないの。でも、まがりなりにも、ガザから王族がお越しになるのだから、つまらないものにはしたくないわよね。難しいわ。派手過ぎず、地味すぎず。張り切りすぎているとも思われたくないし、かといって、おざなりだとも絶対に思わせたくはないし……」
次から次へと言葉が出てくるのは、浮かれている証拠だ。ガザの賓客、しかも歳が近い王女が来てくれるということで、諸々の思惑とは別に、娘らしい高揚感もターシャは感じていた。
ターシャとユースティスの婚約を祝う会とは銘打たない。公式に婚約式をしてしまうと、それを面白く思わない連中も、公式に妨害してくる。あくまで、ガザからの友人を歓迎する食事会だ。そこに、ユースティスも婚約者として同席する。
かつて「白亜の王宮」と呼ばれた大公の館は、壁も柱も白い。光は美しく反射し、庭の木や草花もより映えて見える。
ずっと、それが普通だと思っていた。ターシャはここしか知らなかったからだ。
でも、今は……妙に空々しく思える。その嘘くささを、なんとか取り繕おうと、ターシャはむきになっていた。
「貴方らしくないわね。いいじゃない、貴方がいいと思ったようにすれば」
ぶつぶつと言いながら、ウロウロと歩き回る娘を、見ていたタミアがおっとりと宥めた。
ターシャは立ち止まり、まじまじと母親を見た。たっぷり五秒は母親を見つめ続け、ぽつりと言った。
「それもそうね」
タミアは娘のそんな目を、にこやかに受け止めていた。
「それじゃあ、お母様も考えてよ」
いつもいっぱしの公女を気取っている娘が、久しぶりに甘えた声を出して、母親に助けを求めた。しかし、タミアは苦笑しただけで、首を横に振った。
「あなたはどうせ自分が考えたことしか、納得しないじゃない。自分のしたいようにしなさい」
我を通すなら、最後まで自分で責任を持ちなさい。
娘に公女らしさを求めない大公の妻であるが、こういうことには厳しい。
ターシャは首をすくめたが、俄然元気が出てきた。母親は娘のツボを知っている。
その時、乳母のキトがターシャを呼びに来た。
「姫様、ユースティス様の使いの者が参っていますよ」
キトの後ろに、小さな影が見えた。
「ナル!」
ターシャは声を上げ、母親に目を向けた。
タミアは軽く頷く。
ユースティスの使用人であるナルは、大公家でも、顔なじみになっていた。忙しいユースティスは、よくナルを大公家に使いに出す。
大公家では、最初こそ意思疎通の不自由なナルに戸惑ったが、最近はすぐに館に入れてくれるようになった。何と言っても、主人のお気に入りということもある。それに、働きものであり、気の利く、うるさくない子どもに、皆好意的だった。
ナルはユースティスの言伝を、走り寄ってきたターシャに手渡した。ターシャは手紙をすぐに読むと、タミアの方に向かって言った。
「ガザの人たちは、無事にドムに着いたそうよ」
タミアは頷く。
「大公様には伝えたの?」
タミアに訊かれて、ターシャがもう一度ナルに伝える。ターシャの唇を呼んだナルは、もう一通の書簡を出した。
ターシャが少し驚く。
大公への正式な報告書を、ナルが持って来るとは思わなかったのだ。
「ナルが?クロウは?」
自分がターシャの婚約者だから、ナルでいいと思ったのだろうか?もちろん、公的な事ではない。私的なことだから、内々の者を使ったのかもしれない。でも、だからといって、こんな子どもに。
ターシャは自分が子どもであることを棚に上げて、ナルを見つめた。なんだか、少し軽く見られた気がして、面白くない。
「わたしが案内しましょう」
タミアが立ち上がり、ナルを促した。
ターシャが慌てて、タミアを止める。
「そんな、お母様。わたしが連れて行きますわ」
タミアはターシャを見下ろすと、窘めるように言った。
「あなたはこれを、ままごとにしたくはないのでしょう?だから、わたしが大公様に、婚約者殿の使者を引き合わせます。わたしは母親ですからね」
ターシャは恥じ入ったようにうつむいた。本当の婚約なら、きちんと手順を踏むべきだ、とタミアは言っているのだ。なぁなぁで、ターシャがお気に入りの少年使者を、父親に戯れに引き合わせると、ままごとになってしまう。
二人を認めた大公妃が、大公に使者を引き合わせるのでは、天と地の差だ。
なぜ、ナルを遣わせたのかは、後でユースティスに訊いてみよう。ターシャはタミアに頭を下げた。
「よろしくお願いします、お母様」
書簡を受け取ったアラン大公は、眉を顰めた。
「どうかしまして?」
ユースティスの使者という少年を連れてきた妻、タミアが怪訝そうに訊いてきた。
アランは彼女の後ろに控えている、少年を見やった。娘ターシャお気に入りの少年については、耳に入っている。聾唖らしいが、ターシャとは不思議と意思疎通ができている、と。歳が近いせいもあり、通じるところがあるのだろう。
物静かな少年は、興奮するわけでもなく、恐れているようでもなく、ただ平然とアランを見ていた。その真っすぐな眼差しが、アランの何かを刺激した。
だが、この少年が、書面の中身を知っているとは思えない。
アランはそう判断した。
「ガザからのお客様が、ドムに到着されたとか」
タミアの言葉に、アランは頷いた。
そのことなら、ユースティスから直に報告があった。私的な事とはいえ、外国の賓客だ。大公にまず報告するべきだとユースティスが考えたのは、当然のことだった。
「ああ、そのようだ」
なるほど、タミアはその書簡だと思って、自分が使者を案内したわけだ。
「ありがとう。確かに受け取った。ガザの王女様にお会いするのが、楽しみだな。ユースティス殿にも、よろしく伝えてくれ」
アランが使者に言うと、少年は理解したのかは分からないが、黙って頭を下げ、部屋から出て行った。
タミアは一瞬躊躇したが、少年の後を追い、丁寧に扉を閉めた。
アランは再び、書簡を開いた。
では、これは誰が書いた?
その書面には署名がなかった。
ユースティスの字とも違うような気がする。
そこにはこう書かれていた。
「ガザの王女に、貴方のご子息が同行されています。太陽神の祝福を」




