Ⅴ 神の血 -8
「結局これは目立つんじゃないか?」
昂は隣の男を睨んだ。
しかし睨まれた本人は、どこ吹く風。のん気に鼻歌を歌っている。
「女性二人には、二人護衛がいた方がいいだろうが」
そう言われて、燦と彩が称賛の声を上げた。
「さすがね、良。分かってるわ」
良はふふん、と鼻を鳴らして、続けた。
「俺もドムは初めてなんだよ。姫様のいない部屋を守っていたって、仕方ないだろ?」
三人で出かける話を聞いた途端、良は兵士の服を脱ぎ捨てて、普段の服に着替えてきた。
「それに俺がいない方が不自然だよ。目立つ子どもだけで歩くなんてな」
金髪を隠した娘。盲目の少女。昂も金髪を隠すために、黒い布を頭に巻いていた。
子どもと言われて、昂は鼻白んだが、抗議するのは止めた。自分が頼りない自覚はある。
「まぁ、おっさんの安定感に比べたらな」
代わりに嫌味を言ってみたが、良は聞いていないようだった。
物珍しそうに、左右に並ぶ店先の品を見ていた。
ドムはガザ帝国とアウローラ公国の重要な流通の拠点だ。陸路では、この町を通らないと、それぞれの国には行くことは出来ない。結果、商人たちはここに集まる。盗賊に襲われる危険はあっても、外海を通る海路よりは安全で、金の掛りも少なくて済むので、陸路を選択する商人は多い。
そんな事情から、ドムには両国の産物が集まる。今、昂たちが歩いている所は、かつて中流の町と呼ばれていた地区だ。ここは大店が集まり、高価な商品を扱う店が多い。だがそんな店でも、店先には庶民でも手が届くような、安価なものが並べられている。店の奥の商品には手が届かなくても、店先の商品は、物珍しさもあって、旅人の目を十分に楽しませてくれた。
「お、こりゃなんだ?」
良が声を上げて近寄ったのは、宝飾品を扱う店のようだった。素材が石なのかも分からないが、店の奥ではキラキラと首飾りや耳飾りが、輝いている。
良が顔を近づけたのは、店先に並んだ石の首飾りだ。黒い石の中で細かい赤い石がのぞいている。光に透かせてみると、赤い石は光を通し、チロチロと輝いていた。その赤い光が、きちんと磨かれた黒い石にも映り、黒い表面でも光が遊んでいた。
「綺麗ねぇ」
王城ではもっと輝いているものを身に付けているだろうに、燦は感嘆の声をあげた。
「光が生まれてきているみたい」
良はしばらくじっとその石を見ていた。よく見ようと、目の高さまで上げたところで、赤い光が良の顔に映りこんだ。
赤い光が良の顔の上で楽し気に遊んでいる。
昂と燦は顔を見合わせて、思わず吹き出した。
しかし良はいたって真面目な顔で、その石を見つめていた。
そうして、急に店の奥を見ると、店の者を大声で呼ばわった。
「おい、これを買う」
昂も燦も驚いた顔で、良を見た。
良は大声を出したことで、自分の決意を固めたようだった。その石は庶民にも手は届くが、決して安いものではない。
「え、良が買うの?誰かにあげるの?」
自分の為ではないだろう。似合わなさすぎる。かといって、それを贈るような女の影も感じない。
「嫁にやる」
良が答え、一瞬の沈黙の後、昂は思わず大声で言った。
「……あんた、結婚してたのか」
良はチラリと昂を見ると、ぶっきらぼうに言った。
「子供もいる」
昂と燦がそろって良の顔を見た。彩までが見えない目で見上げている。
良は無視していたが、しばらくして耐えきれなくなったのか、吐き出すように言った。
「結婚してちゃ悪いか。俺の歳なら当然だろ」
燦が昂に目配せした。誰も良が既婚者だと思っていなかった。
「……家に帰んなくていいのかよ」
昂が低い声で尋ねた。全輪で出会ってからでも一ヵ月はたっている。それ以前に、各地を回り、全輪まで来たと言っていた。一体どのくらい帰っていないのか。
「まぁ、だから」
良は急に気弱な顔になって、小声で言った。
「あいつに何か買ってやろうと思って」
赤い光が遊んでいた良の顔を思い出して、昂は笑った。あの真剣な顔は、妻のことを想っていた顔なのか。
大切な人が待っているというのは、どういうものだろう。
昂は、決まり悪そうな顔で金を払い、石を大事そうに受け取る良を、うらやましく思った。
しかし女性陣は違ったらしい。
なぜか良の言い分が気に入らないらしく、怒っている。
「何か買えばいいってものでは、ないわ」
「そうよ、こんなところにいないで、早く帰りなさいよ。お土産で許されるなんて、思わないでよね」
燦と彩が、二人でギャーギャー言っている。
いやいや、燦が「付いてきて」って言ったんだろ。
昂は内心突っ込んだが、こういう時に女に逆らわない方がいいというのは、経験の浅い昂にも分かっている。
良は気にしている風もなく、満足そうに石を懐にしまった。
「閣下に言われたから、ビビっちまったんですよ。お供が終わったら、ちゃんと帰ります」
何のこだわりもなくそう言われて、燦はすぐに萎れた。
「あなたの事情も訊かず、悪かったわ」
良はびっくりしたように燦を見たが、そのうち声を上げて笑った。
「俺が言わなかったんですよ。それに、嫌だったわけじゃない。あなたたちに付いていくと、面白そうだったし」
家族がいるなら無理するな、と言われたところで、止めていたとは思えない。
そう言って笑う良に、燦は呆れながらも、ほっとしている風だった。
良は一瞬気づかわし気に燦を見たが、気を取り直し、先を促した。
「足止めしてすみません。少し急ぎましょう。夕暮れ前には戻らないと」




