Ⅴ 神の血 -6
「ようこそいらっしゃいました」
言葉とは裏腹に、その男の顔は苦り切っていた。
アラン大公の信任厚いという、ドムの町の相談役のような立場の男だと聞いた。
良よりも少し若いその男は、町の名士というには、少々品がなかった。
歓迎とは言い難いその表情に、当の燦も困惑している。もしかして、歓迎されていない?
「あの……何か不都合なことがありましたか?」
窺うように目を覗きこんできた王女に、男はハッとしたようだった。
「いえ、とんでもございません」
ナナライと名乗ったその男は、慌てて笑顔を作りなおした。だが、生来器用な性質ではないのだろう。笑顔が引きつっている。
不審に思いながらも、今ここで追及するわけにもいかず、燦は笑顔で言った。こちらの笑顔は堂が入っている。
「出迎え、ありがとうございます。ドムは素敵な町ですね。馬車から見えましたが、町の人たちの表情は明るく、活気がありました。二十年ほど前は、我が国から入ってきたカエルムのせいで、悲惨な状態だったと聞きました。ここまで復興されるには、大変なご苦労があったと思います」
そう言って、燦はしばらく目を閉じた。
それから、目を開けて、微笑んだ。
「しばらく、世話になります」
ナナライは感じ入ったように、燦を見つめた。
それから息を吐き、顔をくしゃくしゃにした。笑顔にも泣き顔にも見えるその顔に、燦が驚いていると、ナナライは呟いた。
「大きくなられましたな」
「え?」
燦が見つめ返す。ナナライはなぜか照れたように頭をかいた。その笑顔はもう引きつっていなかった。
「わたしは実は、姫さまが赤ん坊だった時に、お会いしたことがあるんですよ。少しの間、炎王に関わることがありましてね」
その砕けた言い方に、燦はまた驚く。
ナナライはもう、かしこまるのを止めたようだ。
いたずらを打ち明けるように、こっそりと耳打ちした。
「大昔、櫂とは飲み友達だったんですよ」
「お前が案内すればよかったじゃないか」
ナナは、またしても押しかけて来た空を睨みつけて言った。
ガザ、アウローラ公国、両国の友好のために、燦王女がアウローラ公国を訪問する。途中の宿泊地として、ドムでお迎えしてほしい。
なぜかターシャ第二公女の印の入った、空からの書簡を受け取った時、ナナはゲェッと悪態をついた。空がターシャ公女の印を冠した書簡を扱っていることには、驚きはしない。あの男なら、この手のことは朝飯前だ。
問題は、この男の依頼はろくなことがないということだ。案の定、頼んできたくせに、空はわざわざ都から、ドムまで様子を見に来た。では名代として、空が都まで案内すればいいではないか、と思う。燦たちと空の関係は知っているが、燦だって、空ならそのくらいのことはアリだと分かっている。
「驚かせたいんだよ」
空はナナの寝台の上で、すっかりくつろいでいた。頭から湯気が出そうなナナを、面白そうに見ている。
「それに、ナナだってよかったでしょ。姫さまの成長が、直に見れて」
そう言われて、ナナはしばし思い返す。
本当に大きくなっていた。最後に会ったのはようやく燦が歩き始めた頃だから当たり前なのだが、王女として立派に立ち振る舞っているのを目にすると、やはり感慨深いものがある。
ガザの過去にも目を向け、心を添わせてくれた。
カエルムはガザからドムに流入したものだ。そのせいでドムは地獄になった。
だが、炎王はそれが即位以前からの話であったこともあって、公式にはガザの責任を認めてはいない。だから王女である燦も謝罪はしない……いや、できない。
だが、あの目を閉じた数瞬が、彼女の想いを表していた。
本当に……
空の視線を感じて、ナナは我に返った。
空はニヤニヤとこちらを見ている。
くそっ
思う壺にはまって、ナナは苦り切った。
こうやって、いつもこのガキにいいように使われる。
「まぁ、泊めるくらいいい。お前、驚かせるのはいいが、姫さんを傷つけるなよ」
説教くさくそう言うと、空はなぜか真顔になった。
「姫さんを?俺が?……傷つけるわけがないだろう?」
空はそう言ったが、その言葉には力がなかった。




