Ⅴ 神の血 -5
田舎からやってきた少年と、盲目の少女、そしてにわか訓練を受けた情報屋。
本当に大丈夫か?
良は小さな馬車と、それをぐるりと囲む護衛の集団を見ながら、自分も馬を進めた。
馬車の中には、ガザ王国唯一の王女、燦王女と、昂、彩が乗っている。物見遊山のように、三人は和気あいあいとしゃべっているが、ガザからアウローラ公国に行くには、かつて麻薬カエルム密輸の為に掘られたという、神の道を通り抜け、公国の北の町ドムを通らなければならない。
この道は盗賊が多い。かえって商人に偽装した方が盗賊に襲われるので、わざと王族の印を掲げている。盗賊には手を出されないだろう。
だが、盗賊の仕業に見せかけて、仕掛けられる可能性はある。
良は胃をキリキリ痛ませながら、馬車にピタリとくっついていた。
「ここは森の匂いがするけど、針森とは全然違うね」
彩は外套の前を掻き合わせて、震えた。
「黄神山脈の北側だからね。冬は厳しい」
わたしも初めて来たけど、と燦は付け加えて、はにかんだ。
空気は固く、何となく人を寄せ付けない感じがする。針森のように、命に溢れ、恵みの宝庫のような雰囲気はなく、凍り付いていて、よそよそしい。
開けていた馬車の窓を、彩はピタリと閉めた。冷たい空気に触れて、彩の鼻が赤くなっている。
フフッと笑って、正面に座っていた燦が鼻をこすってやっていた。
こうして三人で馬車に乗っていると、蒼碇までの道を思い出す。彩の隣に座っていた昂は、見るともなしに燦の指先を見ていた。
あの頃は燦が何者だとも思わず、三人で馬車に揺られていた。
ずいぶん、昔のことみたいだ。
今は王女だと知っている。王女がいかなるものかということも、昂には大体分かってきた。
馬車の中で三人きりになると、以前のような関係に戻れるが、ひとたび扉が開かれると、燦はたちまち王女になる。
出発の時、当たり前のように燦の隣に座ろうとした彩が、介助してくれた護衛の兵に、厳しくたしなめられた。
王女様の隣など、恐れ多いということだ。
燦は取りなしてくれたが、彩はすっかりしょげて、昂の隣で縮こまって座っている。
それでも三人きりになり、燦が以前と同じような口調でしゃべりかけると、彩は元気を取り戻した。
燦が王女だと理解した後でも、昂が燦に抱く感情は何ら変わらない。
きっと彩もそうだろう。
そのあたりが、燦が二人をアウローラ公国への随行に選んだ理由であろうし、燦の心を救っていると思う。
しかし周りはそれを許さないのを、昂は不思議に思った。
この国は燦をどうしたいのだろう。
「燦」
昂は燦をそっと呼んだ。これも実は「様」をつけろと、注意されていた。
「何?」
夢から醒めたような顔で、燦が応じる。
「俺たちはこのままでいいんだよね?」
燦は一瞬ポカンとしたが、すぐに何度も頷いた。その顔が必死に見えて、昂は少し痛々しく感じた。
「このままでいいって」
見えない彩のために、確認してやる。
燦はハッとした顔をしたが、すぐに「そうそのままの彩でお願い」と言った。
「ごめんね、巻き込んで」
燦が申し訳なさそうに言った。
「なんでさ」
昂が首を振る。
「俺たちは楽しいよ」
なぁ、と彩に同意を求める。
「そうだよ、楽しいよ。寒いけど」
乗ってくれた彩の頭を軽く叩いて、昂は「それに」と続けた。
「忘れたの?奏は公国にいるって、空が言っていただろ?」
それにしちゃ何の音沙汰もないが、という言葉は飲み込んで、昂はとぼけて言った。
「だから俺たちは便乗したんだよ。空より先に奏を見つけようぜ」
そう言うと、彩の顔が綻んだ。
……ついでに空の真意を聞き出してやる。
彩の顔を見ながら、昂は心の中で握りこぶしを握った。
ふっと彩が首を伸ばした。
「空気が変わった」
そう呟いたので、昂は窓を開けてみる。
馬車の進む方向に、赤い道が見えた。
「ドムの町ね」
燦はすっとそう言った。自然に表情が引き締まっている。
この町まで、公国の人間が迎えに来ることになっている。
「緊張するのはいいけどさ」
昂は窘めるように言った。
「あんまり早くからだと、持たなくなるぞ」
「うん」
燦は素直に頷いたが、あまり分かっていないようだった。肩の力が全く抜けていない。
昂はため息をついた。
まぁ、いい。燦が倒れた時にしっかり受け止められるように、しっかり見張っておこう。
「すごい」
昂は声を上げた。小高い丘にびっしりといっていいほど、上まで建物で埋まっている。
やがて、馬車はガタガタと車輪を震わせながら、赤い道を上っていった。




