Ⅴ 神の血 -4
奏は庭に散らばっていた落ち葉を、箒で集めると、これ見よがしに肩で息をついて見せた。
ゆっくり振り返ると、テス様がクロウと呼ぶ新参者が立っていた。およそ主人の前では見せたことがない笑顔を浮かべている。
テス様や館の人間の前では知らんぷりしているくせに、こうして奏が一人になったところを見計らって、クロウは奏の前に現れる。
何?
さも迷惑そうな顔で、首を傾げてみせると、クロウは近づいてきて、ゆっくりと言った。
「彩と昂が来るよ」
え?
え?
奏は目を見開くことで、理解していることを伝えた。
彩が?ここへ?
もう二度と会えないとは思わないようにしていたが、だからといって、会えるとも思っていなかった。
あの日、奏たちは攫われて、そして自分だけテス様の父親に買われた。彩もきっと誰かに売られたに違いない。そう考えるのはつらいが、他に考えようがなかった。彩のご主人も優しい人でありますようにと願うばかりだった。
にわかに信じられなくて、今度は奏の方がクロウに近づいて、その真偽を確かめようと目を覗きこむ。
クロウは苦笑して、のけぞった。
「まぁ、そんなにトゲトゲしないでよ。俺が二人に頼まれて、お前を探してやったんだから」
複雑な顔をしている奏の頭を撫でて、クロウは声には出さず、唇だけ動かした。
奏。
名前を呼ばれて、奏は見上げた。ここでは、誰も知らない自分の名前。
クロウはニコリと笑って、続けた。
ゆっくりと唇が動く。
俺は、空。
その名前は聞いたことがなかったが、すぐに分かった。針森の人間だ。
では、彩と昂は、針森の人間に助けられたということか?そして、僕を助けに来た?
味方か?
しかし、奏は手放しで空を信用することは出来なかった。
この人は、ただの針森の人間ではない気がする。
それを空に伝える術を、奏は持ち合わせていなかった。
ただ、それ以上は近づかず、じっと空を見つめていた。
空は笑顔のまま、言った。
「賢い子だ」
それだけ言うと、空は背中を向けた。
探していたと言うくせに、助けるとは言わない。
不信を込めた目で、奏は空を見送った。
これで本当に正しかったのだろうか。
アランは執務室の椅子に体を預けて、力を抜いた。太陽王の時から、この部屋で執務をこなすことは変わらない。
太陽国がアウローラ公国になり、王の身分から大公になり、玉座というものは封じられた。もっとも、アランは数か月の王の時代でも、玉座に腰を下ろしたことは、数えるほどしかない。
ターシャの突拍子もない発案から始まり、厄介なサボン家の中にあって、潔癖なユースティスを手の内に入れたのは、確かに妙案だった。
ユースティスは国の安寧には熱心だが、野心は持ち合わせていない。いわゆる謀反を起こして、自分が大公につこうという気は起こさないだろう。賢明なターシャとも仲睦まじく、アランがいなくなった後で、速やかに公国を良き方向に導いてくれる。
ターシャにとっては早いと思っていた婚約も、この時期で良かったとさえ思えてくる。
ガザから王女を招き、次世代の君主候補たちが親交を深めることは、内外に大きなアピールとなるだろう。
事実、継承権を持つ兄たちの周りに集っていた者たちは、様子を見始めた。
うまくいっていると思う。
だが、この一抹の不安は何だろう。
何かを間違えているような気がする。
そして、それがとても致命的であるような。
でも、分からない。
分からないから、進めていくしかない。
ふと、扉の方を見た。
ガザ国からの侵攻を受けていたあの頃、疲弊したアランを気遣って、この執務室に前王妃である蘭が忍び込んできてくれた。
その頃はまだ王妃ではなかったが、アランは蘭の訪問に随分慰められた。
あれはもう過去のことだ。
切ない初恋は一生の思い出だが、あくまで思い出だ。
心に迷いが生じると、過去の想いが浮かんでくるのを、アランは自覚していた。
大丈夫だ、とアランは自分に言い聞かせる。
俺がやることは決まっている。自分の国と家族を守る。それだけだ。
扉は開くことはなく、アランは背筋を伸ばして、椅子に座りなおした。




