Ⅳ 運命 -31
「使えそうか?」
後ろから声をかけられて、櫂はため息をついて振り返った。鍛錬場が見える張り出し窓から、昂と良の様子を見ていた時だ。
「王ともあろう方が、臣下の背後から声をかけないで下さいよ」
一つに縛ってはいるが、目立つ黄金の髪の人が、身軽な格好で立っていた。兵士のそれとあまり変わらない。国軍大将である自分の方が、立派なくらいだ。
「じゃあ、前方にいたお前に、どうやって声をかければいいんだよ」
「……王は、臣下の所までノコノコやってきません。呼びつけるんです」
重々しい声で言ってやると、ガザ王炎は心底嫌そうに言った。
「面倒くさい」
この人が王になって、もう二十年近くたつが、未だに隊長気分が抜けていないんじゃないかと思う。
玉座や執務室にはめったにおらず、神出鬼没で、臣下たちを困らせている。王に会いたい者は会えず、会いたくない者はひょっこり会ってしまう。
「あんたがなりたくて、なったんでしょうが」
櫂が冷たく言うと、炎は子どもみたいに口を尖らせた。もっとも、王がこんな素の態度を出すのは櫂に対してだけだ。妻の凛の前でさえ、炎は少し自分を演出する。
「基本が出来ていますね。さすが針森というべきか」
それから少し躊躇ってから、付け加えた。
「空を思い出します」
炎と櫂にとって忘れがたい人物だ。二人が弟のように可愛がり、そして二人を救ってくれた少年。炎の右腕は櫂であるが、命綱は空だった。
彼は自ら望んで、綱となった。しかしそれは炎の為でも、この国の為でもなかった。
「空か……」
炎は呟いて、鍛錬に励む金髪の少年を見た。滑らかで身軽な動き。ガザの者とはバネが違う。ただ……空ほどではない。
針森の中でも、空は抜群に身体能力が高かったと、凛が言っていた。
「なぜ……二人を鍛えようと?」
「姫様と関わるのなら、お荷物にならない方がいいでしょう」
櫂が即答すると、炎は吹き出した。
「打てば響くような返答だな」
「優秀ですから」
国王の側近がしれっと言うと、炎は鼻を鳴らした。
「早すぎるよ」
「は?」
「答えるのが早すぎる」
「そうですか?」
鍛錬に励む昂の表情までは見えないが、汗をぬぐう姿が見て取れた。遠くから見ていても、本気でやっているかそうでないかは、すぐに分かる。
昂は本気だった。
昨日のやり取りでは、良という情報屋ほど嫌がってはいなかったが、そんなに乗り気でもなかったはずだ。一晩で何が変わったのか。
「あの金の髪は誰かを思い出させるな」
炎が呟いた。
櫂がぎょっとして、主を見る。
「薄い金色。彼は元気かな」
なおも、炎は続けた。
そうして、櫂を意味ありげに見やる。
「お前も、凛も、報告がなっていない。基本だぞ。怠ると、国を滅亡に導く」
櫂は酸っぱいものを食べたような顔になった。櫂も炎の前では、自分取り繕わない。臣下にはあるまじき態度だが。
「申し訳ありません。もう少し筋道が見えてからと思いまして……やはり彼は?」
櫂が確認すると、炎は頷いた。
「蘭と信の子では、金髪は生まれないからな。時期から言っても、大公の子と言う方が自然だろう」
「では、病死とされていた前大公妃は……」
「生きているってことだろうな。空が針森から引っ張り出したんなら、そういうことだろう」
それから、少し考えて、フッと笑った。
「凛が壊れなかったはずだ」
凛と姉の蘭は、血がつながっていないにもかかわらず、魂の双子と言っていいほど、心が通っていた。遠く離れていてさえ、夢の中で会い、一人が窮地に陥れば、もう一人も意識を失うほどだった。きっとどちらかが命を失えば、もう片方は気が狂ってしまうだろうと思えるほど、二人はお互いを想っていた。
アウローラ公国から大公妃の死が伝えられた時、炎は隠し通せることではないと腹をくくり、凛に姉の死を告げた。凛は驚き悲しんだが、一週間たつ頃には自分を取り戻し、炎のところに戻ってきてくれた。その時は、凛はもう自分の妻として、またガザ国の王妃として、一人でも大丈夫になったのだと思った。凛は蘭の死を乗り越えたのだと。
だが、恐らく凛は知っていたのだ。蘭が生きていることを。それがどういう方法であったとしても、凛と蘭の間では、驚くべきことではない。
主の複雑そうな顔を見て、櫂は頷いたが、少し意地悪な気分になった。
「……凛様も叱責なさるのですか?」
炎はたった一人の妃を溺愛している。そして凛の破天荒ぶりは、炎以上である。
炎は難しい顔を崩さなかった。
「凛は隠していたとは思っていないさ。あの森では、真実、昂は蘭と信の子なのだから」
その言い方が、少し寂しそうに響いた。その事に櫂は気が付いたが、何も言わなかった。




