Ⅳ 運命 -30
昂と良が客分として扱われたのは、たった一日だった。翌朝から、早速隼にたたき起こされた。
二人の教育係を仰せつかったのだという。
異様に張り切っている隼を、良は胡散臭そうに見ていた。
「そんなに嬉しいのかよ」
良がうんざりしたように言うと、隼はにこやかに答えた。
「俺、人に教えるの初めてなんだよね。いつまでも未熟者扱いでさ、姫さまにもよく能無しって言われてる」
今から教えを乞おうという相手にそんなことを言われて、良は天を仰いだ。
「大丈夫かよ」
まぁまぁ、と昂が肩を叩いて宥める。
「隼が能無しなのは、隠密としての行動に問題があるから。武術に関しては、心配しなくていいよ、たぶん」
隼への不信は晴れるどころか、増すばかりだが、とにもかくにも櫂閣下のご下命だ。文句を言っても仕方がない。
「分かったよ、よろしく先生」
不貞腐れた顔の良を見ながら、昂も覚悟を決めた。隼は確かにいろいろ心配だが、それでも、自分たちよりは確実に腕が立つだろう。
狼公の館での空の動き。あれが特別だとしても、隠密の動きはそれに続くものであるはずだ。
現に当たり前のように、燦を護衛していた。
……まぁ、途中で一回逃げられたみたいだけど。
凛の震える声を思い出す。
すがるような声に、昂は胸を突かれた。
意外だった。圧倒的な存在感と、人を虜にする魅力。恐れるものなど何もない人だと思っていた。それが人々の熱狂を集め、燦にバケモノの皮を被らせてしまうのだと。
それもきっと本当なのだろう。そして、大切な人を助けられず苦しんでいるのも、本当だ。
それは彼女の娘の燦と重なった。思うように救えず、苦しむ燦。すべて自分で背負い込み、つぶされていく燦。
助けてあげたいと思った。
しかし、昂は凛に何も言えなかった。
「分かった、任せておいて」と気軽に言うことなどできなかった。あの空を死へと連れて行く何かから、空を助けるほどの力が、自分にあるとは思えない。
凛を残して小屋を出る時、何か言葉だけでもかけるべきかと思ったが、結局何も言わずに出てきてしまった。
強くなりたいな。
そう思ったのは初めてかもしれない。
今まで空に助けられても、燦に助けられても、湧いてきたのは、ただ感謝だった。
今はもどかしく思う。凛は恐らく自分にしか頼めないのだ。ガザ国の王妃だから。
強くなりたい。
隼と目が合った。隼の目は何か言いたそうだった。だが、何も言わない。
「よろしく、先生」
昂もそれだけ言うと、息を深く吸い、そして吐いた。




