Ⅳ 運命 -29
どうすればいいんだ?
あてがわれた部屋で、寝台に転がり、昂は暗い天井に筒を掲げてみた。空からの預かりものだ。凛に渡そうとしたが、「後で」とやんわり押し戻されてしまった筒。
「後」とは、いつのことだろうか。
昂にとっては、久しぶりの一人部屋だった。彩もちゃんと一人前に一人部屋がもらえたのだ。もっとも、今日は燦と寝たいと言い出して、行き当たった隼を困らせていた。
隼が相手だと、なぜか彩は遠慮なく物を言うことが出来るらしく、無邪気に我が儘を言っていた。
筒を振ってみると、カサカサと音を立てた。乾燥させた薬草が入っているのだろうか。
それにしても、小さな筒だ。何の薬草だとしても、こんなに少しで足りるのだろうか。
開けてみたい欲求に何度もかられながら、昂は開けることを躊躇っていた。
それは空や凛への後ろめたさというよりは、知ってはいけない秘密を前に、恐怖に足がすくんでいるといった方が、正しかった。
余計なことは知らない方がいい。
そう思う一方で、他ならない自分が、今これを持っていることに、何か意味があるのではないかとも思ってしまうのだ。
「昂」
不意に呼ばれて、昂は筒を取り落としそうになった。
暗闇の中、慌てて体を起こす。目を凝らしてみると、入り口に影があった。
「隼?」
問うと、影は近づいてきた。
「彩を姫さまの部屋に送ってきた」
「……ありがとう」
昂が礼を言うと、一瞬の沈黙が降りた。
「……見た?」
「え?」
「筒の中」
「……いや」
ほっと息をついた気配が、隼から伝わってきた。
「凛様が待ってる。行こう」
隼に言われて。昂は戸惑った。
「今?」
服は自室でくつろぐ部屋着を着ていた。ここで借りたものだが、部屋着は部屋着だ。
ククッと笑う声が聞こえてきた。
「お前でもそういうの、気にするんだな」
隼は可笑しそうに言った。
「大丈夫。俺もいるから」
何が大丈夫か分からないが、昂は筒を持って寝台を降りた。
この筒を早く渡すべき人に、渡したい。
城の中をぐるぐると周り、一つの扉の前に立たされた。どこなのかさっぱり分からないが、歩いた距離を考えると、昂のいた部屋からは離れていると思われた。
普通の扉だ。どちらかというと、粗末な感じの木の扉。
隼が押さえた声で言った。
「俺は見張っておくから、お前だけ入れ」
誰から見張っておくのか。分からないまま口にもできず、昂は黙って扉を引いた。
ただの扉の中は、やはりただの部屋だった。そう、どちらかというと粗末な感じの机と椅子。その椅子に、先ほど共に食事をした女性が座っていた。
「凛?」
中では灯りが揺れていたが、それでも薄暗かった。ぼやけた輪郭は、先ほど見た凛とは違って見えた。
森の中で会った凛とも違う。少し、疲れてしまったような……
ああ。
昂は気が付いた。あの神々しさがないのだ。
「昂、来てくれて嬉しいわ」
声は変わらなかった。優しく弾んだような声。
凛はそれだけ言うと、右手を差し出した。手のひらを上に向けている。
昂は筒を取り出し、その手のひらにのせた。
凛はゆっくりと筒を握ると、自分の元に引き寄せた。ゆっくりと蓋を開ける。
昂までが緊張し、息を詰めた。
凛は手元を灯りに近づけ、筒の中身を少し手のひらに零した。
凛はしばらく手のひらに零したものを見ていた。その表情は哀しいような、愛しむような、不思議な表情だった。
昂の目は、凛の手のひらに釘付けになった。
「空から預かってきたものです」
昂は測るように静かに言った。
「ええ」
分かっているというように、凛は頷いた。
昂はゴクリと唾を呑み込んだ。
「俺……その薬草知っています」
灯りの下で凛が薬草を手に零した時、昂にはその薬草が見えた。特徴がある薬草だ。しかも危険なところに生えていて、なかなか手に入らない。
なぜ、この薬草を、この人は必要なのだろうか。
「……そうか、昂は分かるよね」
薬師の孫だ。しかも、母親も一時は薬師のようなことをしていた。
その薬草は有名だ。身内に薬草を扱っている者がいたら、形と名前くらい知っている。
「青は元気?」
黙っている昂に、凛は違う話を振ってきた。
「元気ですよ」
詳しくしゃべる気にはなれなかった。青が凛の父親でも、今はそれよりはっきりさせたいことがある。
「キリュウの葉ですよね」
赤紫のとげのある葉。そのとげに当ると、当たったところは痺れを感じる。この葉を乾燥させると、心臓を痺れさせ、死に至らしめる毒草となる。煎じると血のような赤黒い液体となるが、それほど強烈な色になるので、実用…つまり毒殺に用いるには適さない。
毒草としては有名でありながら、使われることがないものであった。
だからと言って、キリュウを持っていることが危険でないことにはならない。正真正銘、人を死に至らしめるものだからだ。
「空はこれを貴方に届けたかったということですか?何のために?」
凛は不思議な表情のまま、目を昂に向けた。
「キリュウの葉を人に送るのに、意味があるって知ってる?」
「意味?」
意外な言葉に、昂は首を横に振った。
「あなたに命を捧げる」
凛の口から飛び出してきた言葉に、昂は驚いた。凛の表情は変わらない。
「もしくは」
凛は瞬きをしてから、再び口を開いた。
「さようなら、愛しい人よ」
「それを?空が、凛へ?」
たまらず、昂は口を挟んだが、凛は構わず言葉を続けた。
「愛しい人を残して死地に赴く人が、その毒草に気持ちをこめて、恋人に送るの。自分の死の意味を知らせるために」
凛はもう王妃に見えなかった。
凛がキリュウを口に含んでしまうのではないかと、昂は危ぶんだ。
「凛と空は……」
言いかけた昂を、凛は首を横に振って否定した。
「わたしの夫は炎だけよ。心と体が男と女として繋がっているのは……でも」
凛の手は震えていた。
「針森の凛を支えてくれたのは、あの子だわ」
昂……と震える声で、凛が呼んだ。
「空を助けて」




