Ⅳ 運命 -28
俺はどうしてこんなことをしているんだ?
良は間を持たせるためだけに、フォークを口に運んだ。
清潔な服を着て、豪奢な椅子に座り、豪華な食事に舌鼓を打っている。しかし味なんて分かりゃしない。
そもそも緊張しすぎて、舌の機能が正常に作動せず、味が全くしなかった。
ガザ全土にその名が轟くガザ王炎。その名が示すように炎のような金色の髪が、より彼の威圧感を増していた。その横ににこやかに座っているのが、先ほど会ったはずの王妃凛。その美しさは神々しいばかりで、先ほど感じた親しみやすさは、夢だったかのように消え去っていた。そして二人の一人娘、王女燦。表情はぎこちないが、それがかえって、瑞々しい可愛らしさを零していた。王や王妃ほど圧倒的ではないが、好感の持てる美しさだ。王よりは少し淡い金色の髪が、軽やかさを感じさせる。
そして、王の隣で無表情で座っている男。泣く子も黙る国軍大将、櫂。王の将軍時代から側近であった櫂は、武力もさることながら、その知力もずば抜けていて、王より細やかに目が利き、王より冷徹に処断する、と言われている。
無表情の下で、時折、昂を探るように見ている。それに気が付いてしまった良は、自分の目の良さを呪った。
おっかねぇ。
謁見では気も詰まるだろうからと、気さくな王夫妻は、昂たちを食事に招待してくれた。昂は王妃の甥であり、王女の友人だということで、それは分かるのだが、どう考えたってこちらの方が息が詰まる。
良はなかなか噛み下せない肉を、無理やりゴクンと飲み下した。
「ちょっと、彩。落ち着いて」
昂の焦った声が聞こえて、良が横に座る彩を見ると、彩は口に物を入れすぎて、むせそうになっていた。
昂が背中をさすり、落ち着かせると、水の入ったコップを渡す。
彩はゆっくり水飲むと、ふーっと息を吐きだした。
「ごめん。どれもおいしいから、つい」
こんなところでも、大食いが健在な彩に、良は呆れて物も言えない。
「大丈夫、なくならないから、ゆっくり食べな」
優しくそう諭している昂も、理解不能だ。
「さすがね、彩。その食べっぷりを見ていると、気持ちがいいわ」
王女がそう言うのを、昂は「だろ?」と気安く返していた。
それを王も王妃も、臣下である櫂も、咎めようとはしない。
一家団欒の風情で、食事が進んでいった。
一体なんなんだ。
良がいい加減、胃もたれを起こしかけた頃、それまで無言で食事をしていた櫂が、やおら切り出した。
「では、二人には明日から、武術の特訓をしてもらいます」
「え?」
「は?」
良と昂はそろって口を開けた。
「何のために?」
昂が眉をひそめて、首を傾げる。
「何で俺が……」
良は情けない声を出した。
「ここに来たということはそういうことです。特に王妃の甥となれば、使えないお荷物では困ります。誰にいいように使われるか分かりませんからね。自分の身くらい守ってもらわないと」
「自分の身くらい守れる」
さすがに昂はムカッとして、櫂を睨んだ。
櫂は気にするふうでもなく、続ける。
「町のゴロツキ程度は大丈夫でしょう。ただ、兵士や隠密相手では、話にならない」
昂は狼公の館で戦った相手を思い出した。あの時、空が来てくれなければ、切り抜けられなかった。
黙り込んだ昂を見やって、良はイヤイヤと手を横に振った。
「昂が強くなるんなら、俺は要らないでしょ」
櫂は燦の方に目を向けた。
「と、申しておりますが」
「わたしは要る。良い人だもの」
燦が微笑んで言うと、櫂は頷いた。
「だそうだ。励め」
二の句が継げない良をよそに、燦は身を乗り出して櫂を見る。
「ねぇ、櫂。わたしも鍛えて。この間、自分の不甲斐なさを反省したのよ」
「いいですよ」
櫂はあっさり承諾する。
櫂がちらりと王を見ると、ガザ王は鷹揚な顔で頷いた。
「ほどほどにな」
「頑張ってね」
王妃が最後に笑顔で言うと、話はまとまったようだった。
良は情けない顔で、ため息をついた。
なんで俺が、鍛えなおさないといけないんだ。ただの商人で、けちな情報屋なだけなのに。兵士と対等な腕を身に付けて、どうするってんだ。
左ひざにぬくもりを感じて目をやると、彩の右手が、宥めるように優しく良の膝を叩いていた。




