サルフ村
規則的な振動に揺られてうとうとしていると、軽く別の力が加えられて揺すられた。
「もうすぐだぞ」
フードを被って顔を覆っていたため視界が塞がっている。フードを持ち上げると隣に座っているエリクスが馬車の窓から外を見るように言ってきた。
「あれがサルフ村だな」
まだ遠いが建物が数軒見えてきた。
「エリクスは来たことあるの?」
「初めて来る。まずは村長に挨拶だ」
ティアナたちが訪ねるよりも先に、手紙で魔石調査に行くことは伝えてあった。馬車が到着すれば、すぐにでも村長に会えるだろう。
こういう調査は初めてなので、いろいろと緊張してくる。
「村長への説明は自分がします」
エリクスの向かいに座っているカインがティアナたちの会話を聞いてそう言ってくれた。その隣に座るクロードは馬車に乗ってから口数が少ない。
ティアナの護衛と調査の手伝いも兼ねて2人の騎士が担当することになった。
カインはサルフ村を領地に治めるレイドロス伯爵家の人間として、地理に詳しいことが同行する理由になっていた。
クロードはサルフ村が生まれ故郷であり、ちょうど母親と顔を合わせる予定があったため、一緒に行くことになった。一緒に行けるとは思っていなかったので、名前を聞いた時はとにかく驚いた。
生まれ故郷に戻って来たのだから、もう少し期待のこもった表情をしていてもいいと思うのだが、なぜか彼の表情は緊張しているように見えた。
馬車が速度を落としてゆっくり村の中を進んでいく。
窓から村の様子を伺うと、馬車が珍しいのか村人たちはみなこちらに視線を向けてきた。
ぽつぽつと建っている家の数からも、小さな村であることは伺える。
やがて村長の家の前で馬車が停められた。
カインとエリクスが先に降りて、次にクロードが馬車を出るとそっと手を差し出してくれる。さり気ない行動だが、紳士としての立ち振る舞いが自然と身についているようだ。7賢者の候補生となって、1年間ログに指導された結果が表れていることにティアナは嬉しさを感じた。
手を借りて馬車を降りると、すでに村長が姿を見せてカインと話をしているところだった。
「魔石調査には、魔石を発見した者が同行します」
「土地勘のある人がいるのはありがたいです。調査は明日から行いたいと思っていますので、お願いします」
「わかりました」
今日は移動の疲れを取るために休みとして、調査は明日からだ。あとで道案内役の人物も紹介してくれるということだったので、まずは村長の家で休ませてもらうことになった。
「今夜の宿は村長の家になりそうだな」
エリクスが家の中に荷物を運びながら言う。
小さな村には宿屋はない。4日間の移動中、立ち寄った町には宿があったので皆別々に部屋を取っていた。だが、ここでは民家に直接泊まらせてもらうことになる。
「まずいな」
家に入ると、玄関からすぐ目の前に居間があり、その奥に部屋が2つあるように見えた。1つは村長夫婦の寝室のようだが、空き部屋はあと1つだけだ。そのことを確認したエリクスが渋い顔をしてティアナを見てきた。
「ティアナだけ別の家に泊めさせてもらった方がいいな」
そう言われて、何がまずいのか気が付いた。エリクスが心配したのは1つの部屋に男女が一緒に寝るということのようだ。
「ティアナさんだけ部屋を使ってもらって、我々は居間を借りるのが妥当じゃないか」
家の中を見渡していたカインがそう提案してきた。
婚約者などはいなくても、未婚の貴族令嬢が同じ部屋で男性と一夜を過ごすのは問題がある。
隣のクロードを見ると、彼は部屋の扉を見つめて何かを考えているようだった。ティアナが声をかけようとすると、何かを思いついたのか、荷物をその場に置いて村長の家を出ようとする。
「クロード」
呼びかけると、彼は外を指さした。
「母親の所に行ってみようと思う」
「え?」
「母は1人で住んでいるから、ティアナ1人なら泊めてくれるかもしれない」
彼の母親は村のはずれで1人暮らしをしているという話だった。
再婚することになったため、相手がすでに一緒に住んでいる可能性もあるが、もしもまだ1人暮らしならば、女性同士になるのでティアナも泊めやすいと考えた。
「え、ちょっと待って」
ティアナが止めるよりも早く、クロードは村長の家を出て行ってしまった。慌てて後を追いかけて外に出ると、彼は迷うことなく村の入り口に向かって歩いていく。
「クロード!」
急いで追いかけて呼び止める。
「待って、クロードのご実家に泊めてもらうということは、私はあなたのお母様に会うということよ。それの意味がわかっているの」
ティアナが慌てたのは、泊まる場所がクロードの母親のということだった。つまり恋人の実家に突然泊まるということなのだ。はっきり言って心の準備が出来ていない。
「・・・考えてなかった」
予想通り、彼は恋人を自分の実家に泊めるという意味を理解していなかった。
片手で口を覆ったクロードの頬がわずかに赤いのに気づくと、こちらまで顔が熱くなるのを感じた。恋人の親に会うとなれば、それなりの勇気と覚悟が必要になってくる。
「別の場所を探した方が」
「クロードか?」
他にも家はあるので、頼めば泊めてくれる家があるかもしれない。そう思っていると、背後からクロードを呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、40代くらいの男性が呆けた顔をしてこちらを見ていた。
「アルト・・・」
「本当にクロードか。帰って来たんだな」
アルトと呼ばれた男性は、ずんずんと大股で近づいてくると、クロードの肩を勢いよく掴んだ。
「大きくなったな」
「いや、村を出た時と変わってないと思うが」
「懐が大きくなったと言っているんだよ」
そんなことどうやってわかるのだろうと言いたげな視線を向けるクロードだったが、男性は気にすることなく何度も頷いていた。あまり人の話を聞かないタイプなのかもしれない。
「母親のエリーに会いに来たんだろう。ちょうど家にいるから会いに行こう」
アルトがクロードの腕を掴んで歩き出そうとした。
ティアナはどうしたらいいのかわからず呆然と2人の様子を見ていたが、連れて行かれそうになったクロードが立ち止まってアルトの手を離した。
「今回は個人的な理由でここに来たわけじゃないんだ」
「は?」
手を離されたことで立ち止まったアルトが首を傾げる。そんな彼を気にすることなく、彼はティアナの隣に並び立った。
「近くの山で魔石調査をすることになっている。俺は調査員の護衛として一緒に来た」
調査員とはティアナのことだ。あくまでも調査の護衛で村に来たので、調査が優先される。
「調査員の護衛?」
「山の麓で珍しい魔石が発見されたから、その調査に同行することになっているんだ」
クロードが説明すると、アルトは思い出したように手を打った。
「その話なら聞いている。魔石を発見したのは俺だから、発見場所まで案内するように村長に言われているからな」
「え!」
先に反応したのはティアナだ。驚いた声を上げると、アルトが首を傾げる。
「どこのお嬢さんだ?」
「彼女がその調査員だよ」
「随分若い子が来たな」
上から下まで遠慮なく視線を向けられると、クロードが前に立ち塞がった。
「彼女は優秀な魔封石士だ。国からの要請を受けてここに来た」
不躾な視線から庇ってくれたクロードが言うと、アルトは納得したように頷いた。
「魔封石士を寄こしてきたってことは、それだけ真剣に魔石調査をしようってことだろう」
珍しい魔石が発見されたのだ。詳しく調べられる人間が送られるのは当然だ。
「そうと決まれば、お嬢さんも一緒に行こう」
「え?」
何が決まったのかわからないでいると、アルトが大股で近づいてきてクロードの腕を掴んで、ティアナの背に手を当てた。驚くよりも先に背中をぐいぐい押されて前に進むことになる。
「アルト」
クロードの慌てた声が聞こえたが、アルトはお構いなしに歩き続けた。
「せっかく帰って来たんだ。母親に顔を出さないと駄目だろう。お嬢さんも少しだけ付き合ってくれよ」
「えっと・・・はい」
有無を言わせぬ背中からの力に、ティアナは抵抗しても無駄だと悟って促されるままに歩き出した。さっきはクロードの母親に会うことを躊躇っていたが、こうなってしまえば行くしかないだろう。腕を引かれるクロードも困惑した表情ながら、手を振り払うことはせずについてきていた。
そのまま2人はクロードの母親が住む家へと連れていかれることになった。




