母との再会
「エリー驚け、クロードが帰って来たぞ」
無遠慮に開けられた扉から家の中に入ったアルトは、大声で言い放った。
「そんな大きな声で言わなくても聞こえてますよ」
返事はとても優しく落ち着いた声だった。
その声に懐かしさを感じながら、腕を引かれるように家の中に入ると、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。
村長の家と同じように入り口からすぐに居間になっている構造で、縫い物をしていたのかテーブルの上に布を広げて椅子に座っていた女性が立ち上がって振り返った。
一瞬驚いた顔をしたがすぐに穏やかな表情に変わると、クロードが村を出ていった時と変わりのない母親の顔がそこにあった。いや、少し年を取った印象はある。
「お帰りなさい」
「ただいま」
優しい声にクロードはぎこちなく返事をした。久しぶりに会ったことで何を話せばいいのかわからず、視線が彷徨ってしまう。
そんなクロードに構うことなく、アルトがどかどかと家の中に入ると、一緒に連れてきたティアナを前に押し出した。
「それとお客さんだ」
「えっと、はじめまして」
急に前に出されたティアナは戸惑いながら挨拶をする。
「発見された魔石の調査に来た人だ。クロードはその護衛として今回村に来たらしいぞ」
「あら、普通に帰ってきたわけじゃなかったのね」
アルトの説明にエリーは少し暗い表情をした。仕事で来たのだと知って、ゆっくりできないことを残念に思ったようだ。
「明日から調査が始まるから、ゆっくりはできないんだ」
「そうなの。でも、顔を見られただけでも良かったわ」
残念そうにしながらも、久しぶりに息子に会えたことは喜んでいるようだ。
「それで、手紙に書いてあったことなんだけど」
クロードが村に帰ろうと思ったきっかけは母からの手紙だった。そのことを思い出すと、エリーも思い出したように手を打った。
「あの話ね。それなら相手は彼よ」
そう言ってエリーが手で示したのは、隣に立っているアルトだった。
「アルトが」
「ん?何の話だ」
驚くクロードに対して、2人の会話についてこられないアルトが首を傾げる。その隣に立っていたティアナは一歩後ろにさがって傍観者に徹することにしたようだった。
「私が再婚するから、一度戻ってきてほしいって手紙を出したのを覚えているでしょう」
「あの手紙か。相手が俺だと書かなかったのか」
「驚かせようかなって思ってあえて書かなかったのよ」
母親の悪戯心にクロードはどう反応したらいいのかわからない。戸惑っている間にアルトがエリーの隣に立って、彼女の腰に手を回した。
「まぁ、こういうことになった」
「アルトのことはクロードもよく知っているでしょう。彼との結婚に賛成してくれる?」
未だに混乱して返事が出来ないでいると、様子を伺っていたティアナが近づいてきて、そっと腕に触れてきた。
「クロード」
静かな声に乱されていた心が凪いでいくのがわかった。ティアナは穏やかな表情でこちらを見ている。
クロードは一度深呼吸をしてから、母親に向き直った。
「俺は反対しない。母さんが幸せになってくれるなら、それでいい」
「ありがとう」
母が幸せになるならば、知らない相手であっても反対するつもりはなかった。
たまたまクロードの知る人物との再婚になったが、アルトも信頼できる相手だ。彼ならば母を任せられるだろう。
息子に認めてもらえたことが嬉しかったのか、エリーとアルトが見つめ合って微笑み合った。
そんな光景に内心ほっとしていると、腕に触れていたティアナの手に力がこもったのがわかった。
視線を向けると、母たちの様子を見ていた彼女の横顔がどこか切なそうに見えた。
「ティアナ?」
小声で名前を呼ぶと、はっとしたようにこちらを振り返る。
「・・・私、ここにいてはお邪魔よね」
少し戸惑った表情になったティアナは、玄関へと視線を向けた。アルトに押し切られてついてきてしまったが、息子と母親、母親の再婚相手の3人に対して彼女は部外者だと思ったようだ。すぐにでも村長の家に引き返そうと思っているのだろう。
「母さん、一つ頼みがあるんだけど」
そんなティアナを見ていると、クロードは自然と母に呼び掛けていた。
「なにかしら?」
「実は村長の家に泊めさせてもらうことになっているんだ」
村長の家に泊まることで、女性であるティアナを別の場所に移したいということを話した。クロードの実家に泊まることに躊躇っていたが、今は彼女をこのまま帰さない方がいいような気がした。
ティアナが止める暇もなく、家に泊めてほしいことを頼んでみる。
「それは構わないわよ。男所帯に女性が1人だなんて困っていたでしょう」
母があっさりと了承してくれる。
「ご迷惑ではありませんか」
「気にしないで。アルトもここに住んでいるけど、私が一緒に寝れば大丈夫だし、部屋は空いているわ」
村長と同じ構造の家は、アルトとエリーがそれぞれ寝室として使っていた。アルトの部屋でエリーが寝ることで、彼女の寝室をティアナに貸し出してくれるという。
少し迷いを見せたティアナだったが、男3人と一緒の部屋になるかもしれないことを考えて、エリーの提案に乗ることにした。
「食事は村長が用意してくれることになっているから、食後にまた来るよ」
「わかったわ。それまでに準備をしておくから」
「よろしくお願いします」
恐縮したティアナが挨拶をして、2人で家を出た。
「もう少しお母様と話がしたかったんじゃない?」
村長の家に向かって並んで歩いていると、ティアナが一度母の家を振り返ってから聞いてきた。
「母の再婚相手もわかったし、反対しないことを伝えたから大丈夫だ」
久しぶりに会ったのだから、いろいろと話をすることもあると思っているのだろうが、クロードは再婚に関しての自分の気持ちを伝えられただけで満足だ。
隣のティアナは少し不満そうではあったが、それ以上追及はしてこなかった。
そこでクロードはあることに気が付いた。隣を歩くティアナをさり気なく見てから、彼女のことを説明しても良かったなと思った。調査が終わればすぐに王都に引き返すことになるだろう。そうなれば母と会える機会はまたしばらくなくなる。その前に、恋人のことを伝えておければいいなと思う。
恋人がいることなど知らない母にティアナを紹介出来たらどんな顔をするのか、そんなことを考えながら村長の家へと向かうのだった。




