食堂
昼を過ぎた頃、ティアナは隣に座って作業をしているエリクスに声をかけた。
「昼食は食堂に行くんでしょう?」
「そのつもりだが、行ったことないよな」
騎士や魔術師が食事をする専用の食堂が城の中にはある。ほかにも侍女や女官も働いているが、彼女たちは貴族出身者が多く、むさくるしい騎士たちと一緒に食事をすることを嫌う者もいるため、また別の食事場が設けられている。ティアナは今日から騎士たちが集まる食堂での食事となる。
「どんなところか噂でしか聞いたことがなかったから、一度行ってみたかったのよ」
「・・・そんな楽しい場所ではないぞ」
身分に関係なく騎士は騎士として扱われる食事場。魔術師たちも魔力持ちというだけで身分を気にする者があまりいない。そのため食堂はいろいろな立場の人が平等にいられる場所だと聞いていた。
貴族出身のティアナには経験のない環境だ。
わくわくした気持ちで話していると、エリクスは呆れたような顔になる。
「まぁ、行けばわかるだろう」
仕事が一区切りついたところで、エリクスと一緒に食堂に向かうことにした。
「クロードの方は上手くやっているかしら?」
廊下を歩きながら数人の騎士とすれ違うと、ティアナはずっと自分の護衛をしてくれていた恋人のことを思い出した。
彼はグロッグに与えられている城外の屋敷を借りることになり、ティアナとは別々の住まいになった。護衛という任も解かれて、新しく別部隊に入隊することになっていた。今日は挨拶をして新しい部隊との顔合わせをしているはずだ。
「どうだろうな。城の中にいるんだから、どこかで会うこともあるだろう」
基本的に魔術師たちは魔術棟にいることが多く、騎士たちは警護がない限り各隊に与えられた部屋で事務仕事をするか、演習場で訓練をしていることが多い。そのため魔術師と騎士が接点を持つことは少なかった。
エリクスは楽観的に言うが、ティアナはしばらく会えないことも覚悟していた。
ログの屋敷にいた頃は、いつも側にいてくれた。店にいても2階で待機してくれていたし、食事は基本的にいつも一緒だったのだ。それを思うと、今は1人で屋敷に帰り、1人で食事をして就寝する。登城してもリーンの元で一緒に働くのはエリクスだ。クロードとの接点がなさ過ぎて寂しく思ってしまう自分がいた。
「寂しいなら、寂しいとちゃんと伝えておいた方がいいぞ」
クロードのことを考えて歩いていると、隣を歩くエリクスが肩をすくめながら言ってきた。
「2人で一緒にいられる時間は限られてくるんだ。会いたいときに会っておいた方がいい」
「え、待って。私エリクスにクロードとのこと話したかしら?」
2人が恋人同士になったとは彼に話したことはなかったはずだ。当然のように恋人である前提の話に驚いていると、悪戯がばれた子供のようにエリクスが笑う。
「1年くらい前から知っていたぞ。クロードがわかりやすかったからな」
「そうなの」
1年前なら、クロードに告白された頃ではないか。エリクスはすぐに2人の関係に気が付いていたことになる。
知られていたことに気づけなかったことが恥ずかしくて顔が熱くなる。
「それならそうと言ってくれればよかったのに」
「クロードが話すと思っていた」
両手で頬を押さえて顔を隠すと、エリクスが楽しそうに笑っている。ずっと見守られていたのだと思うと、余計に恥ずかしくなってしまう。
そんなことを話している間に、食堂に到着してしまった。
覗き込んでみると、すでに食堂内は騎士や魔術師で席が埋め尽くされている。
「すごいわね」
それが第一印象だった。
「料理はカウンターで注文すればいい。騎士たちが食べる量を基準に作っているから、ティアナの場合は量を減らして注文したほうがいいだろう」
そう言われてカウンターに行くと、騎士が出された料理を受け取っているところだった。その皿に盛られた量に一瞬目を疑ってしまった。
「あれが普通なの?」
野菜の量も多いように見えたが、その横に置かれている肉の量がすごい。あれが胃袋に入るのかと疑問い思うが、実際騎士たちは食べきってしまうのだという。
「クロードはあんなに食べてなかったけど」
一緒に暮らしていたクロードも魔法騎士だ。彼はティアナやログより少し多いくらいの食事量で足りないとは言っていなかった。
「運動量の違いがあるだろうし、クロードの場合は1人だけの護衛だから常にすぐ動けるように満腹にはしないように調整はしていた可能性がある」
満腹になると眠くなってしまう。それを避けるために7割の食事量で常に押さえていたのだろう。そんな話をしたことがなかったため、ティアナにとっては新発見だ。
「やぁエリクス。今日はここに来たんだね。いつものでいいかい?」
食堂は3種類の定食から選ぶことになっていた。どれにしようかと迷っていると、厨房から女性が声をかけてきた。
「女連れとは、あんたもついに彼女ができたのかい」
「料理長、勘違いしないでください。彼女は妹みたいなものです」
料理長と呼ばれた女性は40歳くらいに見えた。茶色の髪をうなじの辺りでまとめて白い料理人の服が清潔感を漂わせていた。目がぱっちりとした可愛らしい顔立ちだが、体格はがっちりとしていて、大勢の騎士たちの食事を一気に作り上げるだけの体力があることを物語っていた。
「なんだい、違うのか。あんたにも青春がやって来たと思ったのに」
残念そうにしながらティアナの方を見た。
「注文は?」
「えっと・・・」
「彼女も俺と同じものを。量は少なめで頼む」
まだ迷っていると、エリクスが注文してしまった。
「速く選ばないと後ろが詰まってくる」
振り返ると、食堂には次々と騎士や魔術師が入ってきていた。食事が終わった者たちがすぐに出ていくと、空いている席は新しい人たちですぐに埋められてしまう。循環速度が速いのだ。ここでもたもたしていては、渋滞が起きてしまう。
知らないことばかりで戸惑っていると、すぐに2人の料理がカウンターに置かれた。
「3番定食だよ。少なめにしておいたからね」
そう言って出された物は、サラダと少なめの肉。スープにパンが1つだけ。これなら食べきることができる。
「ありがとうございます」
礼を言ってトレイを持つと、今度は空いている席探しになる。だがそれもエリクスがすぐに見つけてくれて、彼についていく形で席に着くことができた。
すぐに食事を始めると、なぜかティアナの周りが急にざわつき始めた。何だろうと思って視線を向けてみたが、周りに座っている騎士や魔術師がひそひそと何かを話しているだけで、目が合うことはない。
再び食事をとっていると、やはりざわつきが収まらない。
「どうしたのかしら?」
向かいに座っているエリクスに尋ねると、彼は一度周りを見てから首を振った。
「気にする必要はない。君がここに来たことが珍しいんだろう」
「なるほど」
そう言われて初めてティアナは自分自身が注目されていることに気が付いた。初めての食堂に興味をそそられていたが、周りからもティアナが姿を現したことに驚いているようだ。
この国の第1王子の元婚約者。現在7賢者の候補生となった魔封石士。印象としてはなかなか強いだろう。
興味を惹かれて食堂に着てしまったが、これほど注目を浴びるのであれば、しばらくは来ない方がいいかもしれない。そう誓うティアナだった。




