王都へ
店の扉を閉めて鍵をかけると、ティアナは1つ息をついて店を見上げた。
「短い間だったけど、お店を開けてよかったわ」
魔封石店を開店させて2年。今日でこの店を閉めることになった。時々店を休まなければいけない事情もあったため、実質的にはもっと短い期間の営業ではあったが、それでもここでいろいろな魔封石を作って経験を積むことはできたと思っている。
「ティアナさん」
しみじみと店を見上げていたら声をかけられた。
振り返ると隣のパン屋の夫婦が店の外に出てきていた。
「このまま王都に戻るんでしょう。最後になるだろうし、うちのパンを持って行って」
妻のリナが紙袋に詰め込んだパンを渡してくれた。
「ありがとうございます。短い間でしたけど、お世話になりました」
「こちらこそ、とってもいい魔封石を提供してもらえて、おかげでもっと美味しいパンが作れたもの」
ティアナが作った水属性の魔封石が偶然にもパン造りに役に立って、より美味しいパンを作れるようになった。
「フォーンに来ることがあれば、いつでも声をかけてくれ」
夫のダンが少し寂しそうな表情で言ってくれる。それがティアナにとってこの町に受け入れてもらえていたという実感になって、何より嬉しいことだった。
「ありがとう。2人も王都に来ることがあったら案内するわ」
2人と別れて、パンの紙袋を抱えながら森へと戻っていく。店の荷物は昨日までに全て片付けておいた。今日は忘れ物がないか、最後の確認とリナ達に挨拶をするために来ただけだった。
屋敷に戻るとフロース家の馬車がすでに玄関に到着していた。
クロードと御者の2人が馬車の中に荷物を積み込んでいる。
「ただいま、何か手伝うことあるかしら?」
「戻って来たのか」
荷物を抱えたままクロードが振り返った。
「もうすぐ終わるからここは大丈夫だ」
言った通り、玄関に出されていた荷物はほとんど残っていない。そこまで荷物があったわけでもないので、馬車への積み込みは早く済みそうだ。
ティアナはそのまま屋敷の中に入るとキッチンに向かった。
「ティアナさん、お帰りなさい。挨拶は終わりましたか?」
キッチンを覗き込むと、シャイヤが昼食の準備をしていた。
「これ、もらったパンだけど、たくさんあるから昼食にと思って」
抱えていたパンをテーブルに置くと、中を確認したシャイヤが嬉しそうな顔をした。
「昼食に少しいただきますね。残りは馬車の中で食べられるように籠に入れ替えておきます」
馬車の荷物が積み終われば、ティアナは王都に向かって出発することになっていた。そのため馬車の中で食べられるように、シャイヤが籠に昼食を用意してくれていたのだ。その中にもらったパンも詰め込んでいく。
昼食の準備をシャイヤに任せて、今度はリビングに向かうと、ログがソファに座ってくつろいでいた。
「ログ様」
「おや、おかえり」
「お店を閉めてきました。お隣への挨拶も済ませたので、荷物を積み込んだら予定通りに出発します」
「そうか。とうとうこの日が来たんだね」
しみじみとするログの隣にティアナも腰を降ろした。
「約2年、お世話になりました」
この屋敷に滞在するようになって1年半。フォーンに来て2年程になるが半分以上の期間をお世話になってしまった。
「クロードも行くから、当分は寂しいと思うことがあるだろうね」
「手紙を書きますね」
「こんな年寄りに気を使う必要はないよ。ティアナ嬢はこれからが大変なんだから」
そう言って微笑むログの優しさに感謝しつつ、手紙は必ず書こうと思った。
7賢者の候補生となり、城ではなく店を経営することで魔封石作りの経験を積んできた。1年以上の時間をかけたことで、7賢者たちの判断によりティアナは王都に呼び戻されることとなった。
これからは城の中で魔封石の経験を積んでいくことになる。
それに伴い、同じ候補生であるクロードも騎士団に戻ることになった。
辞令は1か月前に国王からの手紙を携えたエリクスから渡された。この1年の間に数度登城はしていたが、王都に戻ることを打診されたことはなかった。おそらく登城するたびにティアナとクロードの様子を見ていた7賢者が、もうそろそろ呼び戻してもいいか毎回相談していたのだろう。
手紙が届いたことで王命に従うことになったティアナは、この1か月の間に店を閉めることを客に伝えたり、必要のない荷物を片付けるなど、やらなければいけない仕事が増えた。そのためあっという間に時間が過ぎてしまったように感じられる。
「荷物、運び終わったぞ」
ログとゆっくりできる時間もあとわずかだと思っていると、片づけが終わったクロードが戻って来た。
それが出発の時を告げることになる。
立ち上がって玄関に向かうと、ログも後をついてきてくれた。玄関ではシャイヤが昼食の籠を持って待っていてくれた。
「お元気で」
籠を渡しながらうっすらと涙を浮かべた彼女に、ティアナは笑顔で抱きついた。
「お世話になりました」
シャイヤから離れると、玄関に見送りに出てきたログが、クロードを力強い握手を交わしていた。
「しっかりやるんだよ」
「はい。今までお世話になりました」
クロードの方がずっとこの場所にいたのだ。思い出はティアナよりもたくさんあるだろう。シャイヤにしたようにログとも抱擁して挨拶を済ませると、馬車に乗りこむためクロードが手を差し出してきた。その手を借りて馬車に乗りこんだ。
2人の関係はすでにログたちにも知られている。特に報告したわけではなかったのだが、いつの間にか2人から温かい視線を感じるようになって、ティアナたちが恋人だと公認されていた。最初は気恥ずかしかったのだが、一緒に住んでいることもあって、いつまでも恥ずかしがっていても仕方ないと割り切ることにした。
クロードも乗りこむと、馬車はゆっくりと動き出し森の中を走っていく。
しばらく窓から屋敷の方を眺めていたティアナだったが、ふと耳元で水の弾ける音を聞いたような気がした。
「あっ」
馬車は森の中を走っている。この森は泉の精霊の領域だ。
「どうした?」
「泉の精霊からの挨拶が聞こえたの」
精霊にも王都に帰ることを伝えておこうと昨日泉に行っていた。姿を見せてはくれなかったが、泉に向かって報告はしておいた。その返事のつもりなのか、ティアナにだけ聞こえるように水音が耳元に届いたのだ。
「ああ、なるほど」
クロードも窓の外を見る。もしかすると彼の耳にも精霊の挨拶が届いたのかもしれない。
「王都についたらしばらく忙しくなりそうね」
フォーンでは店を経営しながら魔封石をのんびりと作っていたが、王都に行けば7賢者候補生としての役割があるだろう。今までの生活も変わってしまう。そこに期待と不安を持ちながら、ティアナたちを乗せた馬車は王都に向かって行った。




