7賢者の打診
新しく作り直された結界石は異常を示すこともなく、前の結界石と同様の働きを示してくれた。
これによって、ティアナ=フロースが請け負った結界石の作成は終了となった。
その後、2日間城に滞在するように言い渡されたティアナは、することがなくて手持ち無沙汰でいた。
仕事が終わったこともあって、城の中を好きなように歩くことは可能になったのだが、用事もないのにうろうろしていては逆に怪しい。そう考えてしまうと、結局部屋から出られないでいた。
そんなティアナを見かねてなのか、エミリアがお茶に招待してくれた。
「お天気が良くてよかったわ」
紅茶を飲んで空を仰いだエミリアが機嫌よく言うと、ティアナも青空を見上げた。
「ここ数日は、ゆっくり空を見ている余裕がありませんでしたね」
「やっと落ち着いたからね。とは言っても、私は何もしてないけど」
魔封石を作るうえでエミリアにできることはなかった。魔力も持っていないので、魔力を与える作業にも参加していない。
「でも、今回の件は何とかなるとは思っていたのでしょう」
「そうね。私が視えていたのは、ティアナさんなら結界石を作れるような気がしていた程度よ。失敗する可能性だって十分にあったわ」
占い師であるエミリアは、ティアナたちが招集された後に、結界石が無事に出来上がるのか占っていたらしい。結果はすべてが曖昧で、どちらに転んでも仕方がない状態だったそうだ。余計な不安を与えないために、そのことは伏せられていた。
「結局作ったわけだし、問題なしよ」
「そうですね」
ティアナは頷いてから紅茶を飲んだ。
「クロードも騎士団に馴染んだみたいよね」
カップを置くと、エミリアが思い出したように言ってきた。
「そうですね。私が作業をしている間に、何度も演習場に行って模擬戦をしていたみたいです」
クロードの行動は大まかなことしか聞いていなかった。護衛として一緒に城にいたのだが、城の中でティアナが襲われる心配もないし、魔封石を作る手伝いができるわけでもなかったので、空いた時間は常に演習場に赴いていた。
「結構な噂になっているみたいよ」
「噂ですか」
エミリアがにやりと笑って顔を近づけてきた。
「剣の腕も立つし、暴走すると思っていた魔法も使えるようになっていたから、みんな驚いたみたい。それに、貴族出身ってだけで偉そうにしていた魔法騎士をあっさり打ち負かしたそうよ」
ティアナが魔封石を作っている間に、彼はいろいろな経験をしていたようだ。
「そのおかげというべきなのか、クロードに対して否定的だった騎士たちの態度がころっと変わったらしいわ」
破壊騎士として疎まれていたクロードが、魔法をコントロールできるようになって戻って来た。見下していた騎士もいたようだが、彼の今の実力を目の当たりにして考えを変えたのだろう。
彼が騎士団に馴染めるようになったのなら喜ばしいことだ。今はまだティアナの護衛という役目を追っているが、いつかは城に戻ってきて騎士団の中で活躍することになるだろう。
「いい傾向でなによりです」
「そうね。自分の気持ちをはっきりさせたのも良かったのかもしれないわ」
「自分の気持ち?」
不思議な発言に首を傾げると、エミリアが楽しそうに笑った。
「あら、告白されたんじゃないの?あなたたち、最初に来た時と雰囲気が変わったわよ」
確信を得た言い方に動きが止まる。
「えっと・・・」
なんと返せばいいのか戸惑っていると、今度は声を上げてエミリアが笑う。
「私を誰だと思っているの。話なんか聞かなくてもおおよそわかるわよ」
ティアナ自身クロードと想いを通わせたことを他の人には話していなかった。そんな余裕もなかったが、クロードがエミリアに言ったのかと思ったが、どうやら彼女は2人の雰囲気だけで予測できたという。
「他の人も気づいているんでしょうか」
頬が熱くなるのを感じながら、視線をそらすために紅茶を飲んでから疑問を口にした。
「どうかしら?リーンは鈍そうだし、エリクスは気が付いているような気がするわ。他の人もまだ気づいてないと思う」
誰にも話していないのに、周りの人間がどんどん2人の関係に気が付いていたら恥ずかしい。生暖かいまなざしで見守られていたら、しばらく城には来たくないと思ってしまった。
「せっかく両想いになったんだから、慌てることなくゆっくり一緒に歩んでいけばいいのよ」
「あまり周りには言わないでください」
恥ずかしくなって声が小さくなる。恥じらうティアナをエミリアが姉のような気持ちで見守っていると、そこへリーンがやって来た。
「お茶の途中で悪いけど、話したいことがあるんだ」
「すぐに行きます」
ティアナが頬を赤くしていることなど気にすることなく、リーンは執務室に来てほしいと言ってきた。エミリアが話した通り、彼は恋愛関係には鈍いのだろう。
すぐに立ち上がってエミリアに退席することを詫びると、リーンの後を追って彼の執務室に向かった。
部屋に入ると、クロードとエリクス、それに騎士団長のグロッグが待っていた。
「揃ったな」
ティアナが部屋に入ると、グロッグが全員を見渡してから口を開いた。
「まずは今回の結界石の件だが、ティアナ=フロース」
名前を呼ばれて視線を向けると、真剣な表情のグロッグと目が合った。
「今回の魔封石製作は見事だった。魔封石士になってまだ1年程しか経っていないのによくやった」
「ありがとうございます」
「今回のことを陛下にも報告した結果、君は7賢者の候補生から、正式な7賢者として認めても良いのではないかという意見が出た」
その言葉に驚くしかなかった。7賢者の候補生になってまだ半年程しか経過していないのに、もう7賢者の仲間入りを提案されるとは思っていなかった。
ティアナ以外にも次の7賢者の候補は2人いる。エリクスとエルヴィンだ。彼らは師匠の引退と同時に7賢者に相応しいか審査を受けた後昇格する。ティアナの場合は師がいないので、今までの功績を国王と現7賢者が審査し7賢者に昇格することになる。それが今回の結界石が大きな評価となって提案された。
「他の7賢者も反対する者はいなかった。あとは君自身がどうしたいかだ」
7賢者への打診を受ければ、すぐにでも国王と同等の権力を持った存在になれる。誰もがなれる存在ではなく、選ばれたことの誇りを持つべきことでもあった。
「私は・・・もう少し候補生としていさせてもらうことはできませんか?」
とても光栄なことではあったが、ティアナはグロッグの申し出を断った。
「理由を聞いても」
グロッグは驚くこともなく、冷静に問いかけた。
「魔封石士になって1年、候補生になって半年です。私にはまだ経験が足りないと思います」
候補生に選ばれた時にリーンにも言われていた。魔封石士としての経験があまりにも少ない。それもあって、フォーンに留まって魔封石士としての経験を積むために店も継続することを許されていた。
そんな話が決まってからまだ半年しか経っていない。自分にはまだ7賢者は早いと思った。
「結界石の件を高く評価していただいたことは感謝します。ですが、私はまだ自分の力で多くの魔封石を生み出して、新しい発見をしていきたいと思います」
7賢者になっても、新しい魔封石を作っていくことはできる。だが、庶民の中で店を経営しながら、人々と触れ合って新しい発見をしながら魔封石を作っていくという経験はできなくなる。
ティアナの店の隣にはパン屋がある。新しい水の魔封石を提供したときに喜んでくれた笑顔は、ティアナがあの店を経営していたからこそ見られたものだった。ほかにもきっと、これからあの店で多くのお客さんを相手に魔封石を作っていく。それは彼女にとってかけがえのない経験になるだろう。
「もう少しだけ、待ってほしいです」
頭を下げてお願いすると、周りが静かになった。7賢者になることを拒絶したことにみんな呆れているのかもしれない。そう思いながら顔を上げると、なぜか困った顔をするグロッグと、笑顔のリーンが視界に入った。
「僕が言った通りだろう。ティアナはまだ7賢者にならないって」
「本当に断られるとはな」
2人の会話から、どうやらティアナがこの話を蹴ることは想定済みだったらしい。
「提案されていたことは本当だよ。受け入れさえすればティアナは7賢者になれた」
2人を交互に見ていると、リーンが楽しそうに話してきた。
「でも、君はまだ経験が足りないと言って断るだろうと僕は思っていたよ」
リーンとは王子の婚約者だった時からの付き合いだ。その時から時間がある時には魔封石士として鍛えてもらっていた。その期間を合わせてもほんの少しの経験だ。やはりティアナには魔封石士としての経験が足りなすぎる。
「せっかくの提案を申し訳ありません」
「気にすることはないよ。君がもっと経験を積んで、7賢者になってもいいだろうと判断すれば、また提案させてもらうだけだから」
最初からわかったうえでの提案だった。7賢者である2人が気分を害することもなく、ティアナの意思を尊重してくれた。
「それじゃ、もう1つの方だね」
リーンが言うと、グロッグが頷き返した。
ここに集められたのは、ティアナに7賢者への打診をするだけではなかったらしい。
「クロード=アイリッシュ」
グロッグの言葉に、壁際で様子を見守っていたクロードが反応する。
ティアナが横にずれて場所を譲ると、クロードはグロッグの前まで進み出た。
「君が城に滞在している間に、騎士団での訓練や模擬戦で実力を見させてもらった」
グロッグの言葉に、ティアナの心臓が不自然に跳ねた。彼の魔法騎士としての評価が、結界石を作っている間に判断されていた。その結果によっては、ティアナの護衛役を解かれてフォーンから王都に移る可能性がある。
ティアナがフォーンにいる間、彼は側にいてくれると心のどこかで疑わずにいたことにいまさら気づかされた。
グロッグが口を開く。ティアナは静かに言葉を聞く以外できることがなかった。




