治癒の泉
「足の怪我を早く治すためにも、森の奥にある泉に行ってみるといい」
ログの屋敷に泊まった次の日、朝食を終えてソファでくつろいでいると、ログが唐突に言い出した。
今朝はティアナの足のことを考えてシャイヤが一人で朝食を用意してくれた。部屋の移動はクロードが付き添ってくれて、今回は至れり尽くせり状態になっている。朝の支度は自分でしたがそれ以外はすべてやってもらっているので、貴族生活をしていた頃に戻ったようで不思議な気分になっていた。そんなところにログが思い出したように言ってきたのだ。
「泉ですか?」
「この森の奥に小さな泉があるんだよ」
ログの屋敷は森の中にひっそりと建てられている。さらに奥に森が続いているのは知っているが、その先に何があるのかは知らない。
「泉のことはこの町の領主であるフォームトン家の当主だけに伝えられているものだから、町の人たちは知らなくて当然だよ。そこの泉は治癒の泉と言われていて、泉の精霊の加護をもらっているから怪我が早く治るんだ」
いつ手紙が来て王都に向かうことになってもいいようにと、襲撃された時に動けた方がいいことを考えて少しでも早く足の怪我を治した方がいいと考えてくれたようだ。
「泉に行くには当主の許可が必要だが、僕が許可しておくから行ってみるといい」
泉のことを知られても、当主の許可がないと泉にはたどり着けないらしい。森の奥には妖精たちも棲んでいるらしく、許可が出た人間を導いてくれるそうだ。
「治癒の泉に森の妖精・・・魔封石の勉強にもなるかも」
泉の精霊に森の妖精とくれば魔力が関わってくる存在だ。魔法関係となれば魔封石に通じるものはきっとあるはず。そう考えてしまいつい魔封石のことを口にすると、ログが楽しそうに笑った。
「ははっ、自分の怪我より魔封石に考えがいくなんて、ティアナ嬢は本当に魔封石が好きだね」
「もちろんです。魔封石士になるのは私の夢でしたから」
魔法学校に入り、魔封石のことを勉強するようになると、ティアナは魔封石の魅力にどんどん惹かれていった。魔法学校に入る者はほとんどが魔術師になることを志している。卒業と同時に魔術師団に所属して立派な魔術師になることを目指す者がほとんどだ。在学中に魔力を高め、より強い魔法を使えるように修業していくのが一般的ななか、魔封石士は魔力を高めるよりも魔力を安定的にかつ繊細に操作できるようになることが問われる。石の中に魔方陣を描き、魔力を注いでおくことで必要な時に思った通りの魔法を引き出せるようにする。魔術師が力を外に放つのに対して、魔封石士は力を石の中に閉じ込めるのが仕事になる。
魔力はそれほど低くないティアナだったが、安定的な魔力操作ができることもあって魔術師より魔封石士が向いていると気が付いた。学校では魔封石に関する本を読み、魔封石に詳しい先生の所に何度も話を聞きに行っていた。だが、貴族令嬢の彼女が卒業して魔封石士になることはできなかった。
卒業と同時に第1王子の婚約者に決定し、すぐに妃教育も始まった。もともと王子とは幼馴染であったし、婚約者候補として名が挙がっていたことは知っていたので、正式に決まった時はすんなり受け入れた。だが、心の奥には魔封石に関わっていたいという想いはずっとあった。だから、婚約を破棄された時に王都を離れて魔封石に関わる仕事をしたいと思った。
「勉強熱心でなによりだが、自分のことも大切にしなさい」
ティアナの魔封石に対する情熱に呆れ半分心配半分という表情でログは言った。今は怪我を治すことが1番の優先項目であるのだ。
「そうですね。まずは足ですよね」
「クロードに案内させるから、行ってきなさい」
「はい」
返事をして頷くと、ちょうど部屋にクロードが入ってきた。いつもなら朝食後の片づけをティアナがシャイヤと一緒にやるのだが、足が不自由のため、今日はクロードが代わりを務めてくれた。その片づけをすませて戻ってきたのだ。
「この後どうする?店に戻ってみるか?」
部屋に入るなり彼はティアナの今日の予定を聞いてきた。しばらくここに滞在することになったので必要な荷物を取りに行かなければいけなくなっていた。だが、今の足では店との往復はつらい。クロードが手伝ってくれたとしても昨日のように抱きかかえられていくのはごめんだ。ログも貴族ではあるが、田舎に引っ込んでしまったため、貴族なら1台は持っている専属の馬車を持っていない。
「先に足を治す方がいいと思うわ」
「そうだね。すぐに必要な荷物はシャイヤに頼むといい。店の鍵を渡せば取ってきてくれるよ」
女性のティアナに配慮してシャイヤに頼むことを勧めてくれる。
「そうします。私は泉に行ってみますね」
「泉?」
話を聞いていたクロードが首を傾げる。
「森の奥にある泉だよ。足の回復を早めてくれるだろうから、行くように言っていたところなんだ。案内はクロードに任せるよ」
「あれか・・・」
クロードは行ったことがあるらしく、すぐに頷いた。
この後の予定が決まったことで、ティアナは一度部屋に戻ることにした。シャイヤに店の鍵を渡さなければいけない。少しの着替えと店の状態を見てきてもらおうと思っている。それと隣のパン屋のリナとダンが心配しているだろうから、詳細は言えないが怪我が治るまでしばらく店を閉めることを伝えてもらおう。下手に事情を知ってしまえばティアナの事情に巻き込むことになるし、昨日の男たちが2人に目を付けるかもしれない。そうならないためにもできるだけ詳しいことは伏せておきたい。
そこでふとティアナは昨日の男達の襲撃を思い出した。ティアナを助けるためにクロードが割り込んでくれたが、男の1人は魔術師だった。クロードが応戦しようとしたが彼は本来魔法騎士なのだが、今は魔法を使うことができない。あのまま戦闘が続いていたらどうなっていただろう。
相手の魔術師の実力はわからないがそれなりの魔力を持っていたように思う。本来魔術師相手は魔術師か魔法騎士がするものだ。魔法には魔法で応戦しないと戦いづらい。ティアナも魔術師の端くれではあるが、戦闘経験はほとんどない。学園時代も魔封石の研究ばかりで魔術を磨いてこなかった。魔力があっても強い魔術を使うためにはそれだけの訓練と経験がいる。ティアナにはそれが足りない。次に戦闘になったときに切り抜けられるかどうかわからないのだ。そう考えるとクロードの魔法が使えるようになった方がいい。
ゆっくりとした足取りで部屋までたどり着いたティアナは1つの決意をした。家族から手紙が届くのにあとどれくらいあるかわからないが、その間に彼を説得してみよう。ずっと様子をうかがう程度ですませてきていたが、それではいけないところまで来ている気がする。これをチャンスと思って猛アタックするしかない。そう心に決めてティアナは泉に行く準備を始めるのだった。




