自分の想い
「あっ」
エミリアの何かに気が付いた声に顔を上げると、重なるようにして倒れてティアナの体が微かに動いたのを見た。
「もう行っても大丈夫よ」
何が視えたのかわからないが、エミリアの許可が出ると、クロードは弾かれたように駆けだしていた。
「ティアナ」
彼女のそばに膝をつくと抱き起こす。うっすらと瞼が開かれて隠されていた瞳が覗いた。
「クロード・・・」
「よかった」
掠れてはいたが声が聞けたことに安堵する。
「こっちも無事なようだ」
エリクスが倒れているディランの様子を伺ってから言った。まだ意識がないが呼吸はしっかりしている。
「何があったのか、説明できるかしら」
エミリアが近づいてきてティアナの前に膝をついた。
「結界石の中に別の魔方陣が隠されていたみたいです」
クロードに寄り掛かりながらティアナがゆっくりと話し出した。
「別の魔封石の魔力と接触すると発動する仕組みになっていたようで、ディランさんの魔封石がきっかけになりました」
ディランが魔封石を結界石に接触させた途端に光が溢れて2人を呑み込んでいた。
「どんな魔法だったかわかるかい」
隣にリーンもやってきて尋ねてくる。
「意識が結界石の中に取り込まれたような感じでした。強い魔力の中にいるのを感じていましたから」
そう言うとティアナは瞼を閉じた。
「ティアナ」
声をかけるとゆっくり瞼が開かれるが、意識がこちらに向いている気がしなかった。
リーンがそっとティアナの瞼を手で覆った。
「これは・・・」
手を離したリーンが、今度は意識のないディランの顔に手を触れる。
「クロード、そのままティアナを部屋まで運んでくれ。今日はもう終わりにしよう」
2人の状態を確かめてリーンがすぐに指示を出してきた。
「2人とも魔力がほとんど残ってない。おそらく魔力を根こそぎ奪われたんだ。早く休ませた方がいい」
魔力を失っても命に関わることはない。だが、体力のように魔力もなくなれば疲れが体に出るし、魔力の場合は急激な眠気に襲われることがある。ティアナは今その状態にあるようだ。何度か瞼を落としては、眠ってはいけないとゆっくりとした動きで瞼が持ち上がる。
「話は回復してからにしよう。クロードはティアナを。エリクスとエミリアはディランを頼む」
指示を出したリーンはすぐに立ち上がって部屋を出ていこうとする。
「師匠」
エリクスの呼び声に立ち止まると、リーンは背中を向けたまま顔だけを向けてきた。
「僕はこれからやることができたからすぐに行くよ。あとのことは他の7賢者と相談して決めてくれ」
急にリーンの雰囲気が変わった。クロードは戸惑ったが、エミリアが天井を見上げて何かに気づいたようだった。
「そっちは任せるわ。私は陛下と他の7賢者に報告をしておくから」
納得しているエミリアにリーンは頷いて部屋を出ていった。
「何かあったんですか?」
クロードが尋ねると、エミリアはディランの様子を確認してからもう一度天井を見上げた。
「結界が消えそうなのよ」
その言葉にクロードは愕然とするしかなった。赤い結界石を見たが、ひびは入っているものの壊れたようには見えなかった。
「私にも詳しくはわからないけど、中の魔方陣に影響が出たのかもしれないわ」
魔方陣の確認をするには魔封石士が必要だ。魔術師であるエリクスでもできるようだが、より細かい部分を確認するには魔力操作に長けた魔封石士のほうがいい。
「2人とも動けないんじゃ詳しいことは調べられないけど、今の魔法の発動で何らかの影響が出たのは確かでしょうね」
エミリアが首を振りながら説明してくれた。結界が消えかかっていることをリーンはすぐに察知したようだ。すぐに対応するために部屋を出ていった。
「とにかく今は2人を休ませてあげましょう。いつまでも冷たい床に寝かせておけないわ」
いつの間にかティアナはクロードの腕の中で眠ってしまっていた。先ほど話をしていたのが精いっぱいだったのだろう。
クロードがティアナを抱きかかえると、エリクスも同じようにディランを抱え上げた。
「あら、力持ち」
「魔法で軽くしたまでです」
手伝う必要のなくなったエミリアがわざとらしく声を上げると、飽きられたようにエリクスが反論した。
「ふふ、この状況を後でディランさんが知ったらどう思うかしらね」
「・・・・・」
楽しそうにエミリアが言うと、エリクスは無言のまま歩き出して部屋を出ていこうとした。クロードもティアナを抱えて後を追う。
地下を出てリーンの執務室に戻ってくると、廊下に出る前にエリクスが気配を消す魔法をかけてくれた。
「この状況が見つかると、いろいろ誤解されるからな」
クロードよりもエリクスの方がひどい誤解をされそうだと思ったが口には出さなかった。
「部屋に運んだら、あなたたちも待機していて。2人が目を覚まさないと今後の方針も決められないだろうし」
何が起きたのか、まだ詳しいことがわからない。とにかくティアナたちの魔力が回復して目を覚ますまでクロードは動くことができなくなった。
エミリアとはすぐに別れ、それぞれが与えられた部屋へと移動した。
すぐにベッドに横たえ毛布を掛ける。規則正しい寝息が聞こえてきて、とりあえず安心する。
ベッドの横に椅子を持ってくるとそこに腰掛けてから、もう一度ティアナの様子を伺った。魔力がなくなったことで眠っているだけだと教えられたが、やはり目を覚ましてくれないと不安になってしまう部分はある。
彼女が倒れた時のことが思い出されて、無意識に拳を強く握った。
血の気が引くのを感じながら、ティアナに駆け寄ろうとしたがそれをリーンに阻まれた。大丈夫だと言われても倒れている彼女に近づくことができず、無力な自分に心が引き裂かれそうな気がした。
ティアナに対する自分の気持ちに気づいたのは半年程前だ。襲撃されてショックを受けた彼女を励ますように抱きしめた時、はっきりと自覚した。だが、自分の気持ちを伝えようとは思わなかった。
ティアナは伯爵令嬢であり、将来の7賢者候補として選ばれた存在だ。クロードはそんな彼女の護衛として側にいることができたが、平民出身の魔法騎士というだけ。そんな2人の間には身分という大きな壁があった。
気持ちを伝えることさえ迷惑になる可能性がある。魔法騎士と魔封石士としてならば許されている距離を失えば、もう彼女の隣にいることはできないだろう。
それでも倒れた彼女を見た時、その距離さえ失うかもしれないという恐怖がクロードの中に芽生えた。
「クロード・・・」
微かな声が聞こえて視線を挙げると、ベッドに横たわっているティアナが目を開けてこちらを見ていた。
「目が覚めたのか」
「ここは?」
「魔力がなくなったから休むように言われて部屋に運んだんだ」
「・・・・・」
どこかぼんやりとした視線が部屋の天井を見つめている。
「ティアナ」
「・・・心配させたわね」
少し意識がはっきりしてきたのか言葉に力がこもってくる。自分の状況が把握できたのか緩慢な動きで半身を起こそうとした。
「まだ寝ていほうが」
「大丈夫よ。それより状況を教えて」
倒れて魔力もないため今はゆっくりと休むべきなのに、彼女はまだ結界石を気にしているようだった。
「今は結界石のことは気にしなくていい。休む方が先だ」
「わかっているわ。でも・・・」
「わかってない!」
反論しようとするティアナに、クロードは自分でも思っていた以上の強い声が出た。ティアナが驚いた顔をする。
「みんな心配しているんだ。俺だって目の前で倒れられて、何もできなかった」
「あれは防ぎようがなかったわ」
「そう言うことじゃない」
クロードは首を振った。もう頭の中が混乱して考えがまとまらない。ティアナが倒れ、護れなかった後悔。今も結界石を気にして起きようとするのを止められていない自分への歯がゆさ。何を言えばいいのかわからない。
俯くクロードに、ティアナはベッドの上で体をずらしてそっと手を伸ばしてきた。その手がゆっくりと頬に触れる感触でクロードは顔を上げた。
「そんな顔させたかったわけじゃないのよ」
きっと情けない顔になっているのだろう。年上だとか護衛役だとか、身分が違うといった隔たりは関係なく、クロードは何も考えることなくゆっくりとした動きで椅子から立ち上がると、ティアナを引き寄せて抱きしめた。ベッドから落ちそうになるのを支えてあげると、腕にすっぽり収まった。
自分の腕の中にいてくれるティアナの体温を感じると、クロードは心に奥にしまっていたはずの気持ちを抑えることができなくなってしまった。
「・・・君が好きだ」
「え・・・」
「倒れたのを見た時、君を失うかもしれないと思ったら、怖かった」
思い出すだけで心が恐怖に縛られる気がする。
抱きしめる腕に力を込める。それなのにティアナからの反応がなくてクロードは動きを止めた。まさか告白したのに眠ってしまったのかと思い、すぐに腕の力を緩めて顔を覗き込んだ。
そこには頬を赤く染めたティアナが腕の中で固まっていた。




