嵐の中
耳元を激しい風の音が覆う。
うっすらと目を開けると、こちらも激しい風が土やほこりを舞いあげて視界を塞いでいた。呼吸をしようとすると、欲しい分以上の空気が風に押されて口の中に入り込もうとする。
咄嗟に口を手で覆って、激しい風から口元を庇った。埃が入らないように数回呼吸を繰り返してから、ティアナは体を起こした。うつ伏せで倒れていたので、起き上がって最初に視界に入ったのはむき出しの地面だった。
「ここは・・・」
辺りを見渡そうと顔を上げたが、激しい風が視界を遮って何も見えない。呼吸するのがやっとの風に身体が重だるいのを感じた。自分がどうしてこんなところに倒れているのか思い出そうとする。
「確か結界石の試作品が」
ディランが作った魔封石を試すために結界石と接触させた。その瞬間、結界石を中心に空気が動いて光が溢れ出した。咄嗟にティアナはディランを庇おうとしたが間に合わず、2人一緒に光に飲み込まれた。そこまでで記憶が途切れている。気が付けばどこかわからない地面に倒れこんでいた。
「ディランさんは」
彼の腕を掴んだことは覚えていた。視界が悪い分、座り込んだまま手を動かして周りを確かめてみた。するとティアナの後ろで布が触れる感触があった。そちらに顔を向けてみると、うつ伏せの状態のディランがいた。
「ディランさん」
すぐに揺すって起こそうとしたが、彼は反応することなく目を閉じている。
背中を見れば上下していたので呼吸があるのは確認できた。
そのことにほっとしてから、もう一度周りを見てみる。やはり激しい風とそれで巻き起こった土埃に視界が塞がれている。どうしようかと思ったとき、頬を撫でる優しい風にティアナは顔を上げた。今のは明らかに魔力を宿した風だった。
「どこから」
そう思い意識を集中させると、目の前で巻き起こっている激しい風自体に魔力が混ざっていることに気が付いた。その激しい中に、時折静かで優しい風の魔力も混ざっている。それが体に触れると不思議と暖かさを感じた。
「これは、もしかして」
激しい魔力の渦がティアナを覆っている。何も見えない、何も見せないようにしてまるでこちらを試しているかのようだ。そう思ったティアナは両手を地面につくと、そっと目を閉じた。ゆっくりとした呼吸を繰り返しながら、周りに流れる魔力を自分の魔力と重ねていく。荒々しい風の魔力を取り込んで自分の領域に変えていくのだ。
これはクロードの魔力暴走を止める時にも使った方法だった。激しい魔力の流れを受け流しながら自分の魔力と重ねて、自分の魔力操作の範囲に入れていく。それを繰り返しながらどんどん魔力を広げていって、制御できる範囲を広げていく。そうすることで、激しい嵐が少しずつ静まっていき、視界が良くなっていくのを感じた。
頬を撫でる風が穏やかになったのを感じてティアナは目を開けた。
後ろに倒れているディランの姿もはっきりわかるようになった。
「もう少し」
さらに魔力を操作しながら自分の範囲を広げていくと、ふとティアナの魔力に何かが触れた気がした。
顔を上げてまっすぐ視線を向けた先に、激しい風と穏やかな風の境界線に誰かが立っているのがわかった。
相手は嵐側にいたために顔がはっきりしなかったが、ティアナをじっと見つめているのはわかった。その誰かに向かって、さらに魔力を流してみると、嵐の中にいた人物の周辺の風が穏やかなものに変わった。
「あ・・・」
そこには白いローブを纏った金髪の女性が立っていた。緑の瞳が静かにティアナを捉えている。髪と同じ金糸が白のローブに映えていて綺麗だと思った。
見たことのない女性のはずなのに、どこか懐かしさがある。
女性がわずかに微笑む。それは苦笑にも見えたが、優しいまなざしにも感じた。
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるが、ティアナはその場を動くことができなかった。魔力を受け流しながら自分の魔力の範囲を確保するだけで精いっぱいなのだ。ここから動けば途端に魔力を含んだ嵐に呑まれてしまう。
押し黙ったまま女性が近づいてくるのを見つめていると、目の前までやって来た女性は屈みこんでティアナと目を合わせた。
「あなたは」
尋ねるティアナに女性は優しく微笑むと顔を近づけた。その距離がどんどん近づいていき、やがて女性の唇がティアナの耳元を掠めると、微かな声が響いた。
「え?」
聞き返すよりも先に、女性がティアナを抱きしめた。それと同時にまばゆい光が視界を塞ぐ。
再び起こった光の波にティアナは意識が遠のいていくのを感じた。それと同時にあの女性が誰であったのかわかったような気がした。




