倒れた魔封石士
何が起きたのかわからなかった。
急にティアナが叫んで動いたかと思うと、結界石から激しい光がほとばしった。一瞬にして視界を奪われたクロードは、動くことができずに瞼を強く瞑って光から目を護ることしかできなかった。やがて、光が収束したのを感じて目を開けると、目の前の光景に呆然としてしまった。
結界石が置かれた台座のすぐ近くに、ディランが倒れていて、その彼にかぶさるようにティアナが倒れている。長い髪が床に広がり顔を覆っているため表情は見えない。
「何が起きた?」
視界がはっきりしたことでリーンが状況を把握しようと辺りを見渡している。だが。クロードの視線は倒れて動かないティアナにだけ注がれていた。
「・・・ティアナ」
そこでようやく呼吸することを思い出したように彼女の名前を口にする。それと同時に身体中の血の気が一気に引いていくのを感じた。
「ティアナ!」
びくりと体が震えてクロードは倒れて動かないティアナに向かって走った。
「待て」
だが、足は数歩と進まずに、腕を掴まれて動けなくなった。とても静かな声だったにも関わらず、クロードは腕の力と声だけで走るのをやめてしまった。それどことか、力が抜けたように膝を床に付けてしまう。
「動くな」
それがリーンの声だと気づくのに時間がかかった。
「別の魔法が発動している。安易に近づくと2人のようになるかもしれないし、もしかすると2人に危害が出るかもしれない」
そう言われて始めて部屋の空気が先ほどと変わっていることに気が付いた。
「何が起きたんですか」
「はっきりとしたことはまだわからない。でも、今のところ2人は無事だとは思う」
リーンが掴んでいた腕を離すと、体から抜けていた力が戻ってくるのがわかった。そこで魔法を使って動きを封じられていたのだと理解する。
「エリクス、エミリアを呼んできてくれ」
「はい」
リーンの後ろにいたエリクスがすぐに部屋を出ていく。
「こういう時の彼女の勘は役に立つ」
どうしてエミリアなのかわからないクロードに、リーンは倒れている2人を見つめながら説明してくれた。
「エミリアは占い師で、勘も働く。その実力を武器に王家から相談を受けるようになって7賢者になったんだ。特に何もわからないときに頼ると、彼女の占術は役立つ」
「魔法が発動しているのなら、あなたの方がわかるのでは」
「確かに何かの魔法が動いている気配はする。だが、攻撃魔法のように目に見えるものじゃないから、2人に何が起きているのかはっきりとしたことが言えない」
攻撃性のない補助魔法でも、リーンなら見極められることの方が多いというが、今ティアナたちの周囲を覆う魔法ははっきりとしないらしい。
「エミリアが来るまではこのままだ」
2人が無事ではあるようだが、倒れているティアナを見ていることしかできないのは苦行でしかない。耐えるように拳を強く握ると、そっと肩に手を置かれた。
見上げれば倒れた2人を見つめるリーンの視線が鋭いことに気がついた。彼もまたクロードと同じように何もできないことに耐えているのだ。
落ち着くために深呼吸を繰り返す。そうしていると、部屋の扉が開いてエリクスが入ってくると、その後ろからエミリアも入ってきた。
「思ったより早かったね」
「なんだか、嫌な予感がしたから様子を見に来る途中だったのよ」
もう少し来るのに時間がかかると思っていたリーンに対して、エミリアは肩をすくめてみせた。
「なるほど。君の勘はどうやら当たったよ」
リーンが倒れている2人を示す。それを見たエミリアが眉間に皺を寄せた。
「視界が悪いわ」
「視えないってこと?」
「ちょっと違うような・・・」
2人の会話をクロードは静かに聞いていることしかできなかった。エミリアが少し前に進むが、眉間の皺がさらに深くなって首を傾げる。
「まともに視界が効かない嵐の中にいるような感じね」
「2人はどんな風に視える?」
「無事なのはわかるわ。ただ、意識がここにないような気がする」
その言葉にクロードは衝撃を覚えた。エリクスも驚いた顔をしているが、リーンは眉間に皺を寄せた。
「どういう意味」
「たぶん、魔封石の中に意識を持っていかれたんじゃないかしら」
「戻ってくるんですか」
エミリアのどこか曖昧な言葉にクロードは耐えられずに口を開いた。
「今のところ無事だとは思うわ」
「もっとはっきりしてください」
「クロード」
エミリアも占い師として視ているだけなのではっきりとしたことが言えなかった。それに対して焦るあまり声を荒げたクロードだったが、リーンが嗜めるように声をかけた。
「少し待ってみたほうがいいと思うわ。今ティアナさんが足掻いているのがわかったから」
じっとティアナを視ていたエミリアが振り返って言った。
「何かしているみたい。はっきりわからないけど、私たちができることは待つことだと思う」
さっきまでの曖昧な言い方ではなく、はっきりとした言葉の重みを含んだ言い方だ。
「わかった。エミリアもここで待機してくれ」
「もちろん」
2人の7賢者の中で方向性が決まった。クロードには反論する術がなかったため、その決定に従うしかない。倒れているティアナに視線を向けるが、髪で表情が見えないし、ぴくりとも動かない。不安だけが心の中に広がるのを堪えて、無事に目を覚ましてくれることを祈るほかにできることは何もなかった。




