兄の言葉
与えられた部屋に戻ると、すぐにベッドに潜り込んだ。ソファで休むことも考えたが、それを知られると心配していたクロードが怒りそうだと思ってベッドを選んだ。
自分ではそれほど疲れていないと思っていたのだが、いざベッドに潜り込むとふかふかとした触り心地に睡魔が重なってしまった。
気が付いた時には窓から差し込む陽ざしが赤くなっていて、夕方になっていたことに驚いて飛び起きた。
「いけない。こんなに寝るつもりじゃなかったのに」
ベッドから抜け出すと、乱れた髪と服を整えて部屋を出ようとした。だが、ティアナが扉を開けるより先に、扉が静かに開けられた。
「あれ、起きていたのか?」
「お兄様」
そこに現れたのはティアナの兄であるレイン=フロースだった。
「どうしてここに」
「クロードに会ってね。ティアナが城に滞在しているから会ってほしいと頼まれたんだよ」
ティアナが城にいることは家族にはあえて伝えていなかった。滞在している理由を説明するのに困ってしまうので言わないでおいたのだ。それでも城の中を移動することもあるから、そのうち知られるだろうとは思っていた。まさかクロードが知らせてしまうとは考えていなかった。
そこでティアナはレインの言葉に引っ掛かりを覚えた。
「いま、頼まれたと言いました?」
「そうだね。すごく疲れているのに全然休もうとしないから、家族の言葉なら聞くだろうって言っていたよ」
自分の体調管理ができずに魔封石を作り続けてしまったことをクロードなりに心配した結果、城で働いているレインに来てもらうことを思いついたようだった。
「わざわざごめんなさい。でも、もう休んだから、これから戻ろうと思っていたところなの」
「それは駄目だよ」
「え?」
魔封石を作るために作業部屋に戻ろうと思っていたところに兄が来た。十分休めたと思っているティアナだったが、レインは扉の前に立ったままにこやかに却下してきた。
「今日はもう終わり。みんな仕事が終わって帰る時間だよ。夕食はこの部屋に運んでもらうことになったから、一緒に食べよう」
「えっと、私まだやることが」
「7賢者のリーン様から伝言。部屋の施錠はしておくから今日はそのまま休むようにだって」
ここで7賢者まで出てきては、ティアナに抗う術はなくなった。
力なく項垂れると、頭にレインの手が乗せられた。
「みんなティアナを心配しているだけだよ。詳しい事情は聞いてないけど、ティアナが頑張っているのは周りが理解しているから、落ち込まなくていいんだよ」
優しい声とともに頭が撫でられる。
「どうして私がここにいるのか、何も聞いていないの?」
「クロードは何も聞かないでほしいと言っていたから、言えない事情があることは察したよ。リーン様は何も言わなかったけど、詳しいことを聞かないように的な雰囲気は出していたなぁ」
呼びに来たクロードと、言伝を頼んだリーンの2人から発せられる重圧を思い出したのか、遠い目をする兄だった。それを見ていると自然と笑みが零れる。
「夕食、一緒に食べていけるの?」
「2人分で用意してくれることになっているから。父さんには仕事で帰りが遅くなると伝えておいたしね」
レインだけでなく、父であるアルフィードも城で働いている。部署は違うが、仕事を切り上げる時間が一緒なため、帰るのが一緒になることが多かった。クロードがレインに頼みに行ったときはまだ仕事中だったが、仕事を早めに切り上げて父に一緒に帰れないことを伝えてからここに来てくれたようだ。
「ごめんなさい。余計な心配をさせてしまって」
「何言ってるんだよ。妹が疲弊していると知って、そのまま帰れるわけがないだろう。家族なんだから、心配するよ」
「うん、ありがとう」
そう言って、ティアナはずっと部屋の入り口に立っていたことに気が付いた。いつまでもここにいるわけにもいかなかったので、部屋にある簡易の椅子に座るように促した。丸いテーブルと椅子が1つしかなかったため、レインに椅子に座るように言って、ティアナはベッドに腰掛けた。
「さて、前に会ったのは王太子殿下の結婚式後のパーティーに一緒に出席して以来だね」
「最近と言えば最近だけど、久しぶりな気もするわね」
王都には定期報告で来てはいたが、家族と会わずに帰ることがほとんどだった。この国の第1王子が結婚式を挙げ、その後、城の中で盛大なお披露目パーティーが開かれた。その時にティアナはフロース家の人間として招待を受け、兄のエスコートで参加していた。
「パーティーへの参加の時は準備でばたばたしていたから、ゆっくり話ができなかったからね」
「次の日にはフォーンに帰ったから」
ゆっくりと家族でお茶をしながら話をするような時間がほとんどなかったことを思い出した。
「ねぇ、お兄様」
「なんだい?」
「私ね、今とても大事なことを任されているの」
気心の知れた兄がすぐそばにいることで、ティアナの心も落ち着いたのだろう。ふと、兄に聞いてみたくなった。
「でも、一生懸命やっているつもりでも、全然前に進んでいる気がしなくて、どうしたらいいのかわからなくなる時があるのよ」
結界石を作るという重要な仕事が舞い込んできた。知らず知らずのうちにその重圧に押されて気づかないで無理をしていたのだと、今ならわかる気がした。リーンの忠告を聞かずに、クロードが止めてくれなければ、まだ魔封石を作っていただろう。
「うまくいかなくて、1人で空回りしているみたい」
作るべき魔封石は目の前にあるのに、同じものを再現できない。調べても謎だらけの魔封石に焦りだけが募っていく。
「それは、1人でやらないといけないことなのかい?」
詳しい内容は言えないながらも、レインはいろいろと察したうえで質問をしてきた。
「調べものは手伝ってもらっているけど、最終的には私が1人でやらないといけないわ」
「そうか・・・それなら、もっと周りを見てみるのもいいかもしれないね」
「周りを?」
首を傾げると、レインは微笑んだ。
「最後は1人かもしれないけど、その途中は力を貸してくれる人たちがいるんだろう。みんなティアナのことをちゃんと見てくれているんじゃないかな。だから、クロードも心配して僕を呼んできたんだと思うよ」
クロードは護衛として一緒にいるが、今回の魔封石に関しては何もできないことを理解している。それでも側にいてほしいと頼めばいつも側にいてくれた。ティアナの顔色を心配して強引に休むように促してくれたのも彼だ。
「1人で空回りする必要はないんだと思うよ。もっと周りを見てごらん。助けてくれる人たちは近くにいるし、意外と苦しい状況を打開するヒントがすぐそばにある可能性だってあるよ」
「そう、なのかしら」
「きっと、そうだよ。だから、肩の力を抜いてごらん」
そう言われてティアナは深く息を吐きだした。結界石の魔方陣はすべてわかっていても、それを描いてみると、結果が結びついてくれていなかった。そのことに知らず知らず焦りを覚えながら、魔封石を作るのは自分なのだと無理をしてしまっていた。もっと周りに目を向けて相談することも必要なことだったのだろう。
兄に言われて、全身の力が抜けていくような気がした。
「明日から、また頑張れそう」
「うん。何をしているのか知らないけど、ティアナなら大丈夫だよ。だって、王子と婚約破棄したのに、堂々と魔封石士になるために屋敷を飛び出していったんだからね」
「それって、関係あるかしら」
兄が声を上げて笑った。それにつられてティアナも笑った。
部屋の中に優しい空気が満たされると、それを見計らったように扉がノックされ夕食が運び込まれた。
久しぶりのゆっくりとした時間を過ごしたティアナは、兄に感謝しながら夕食を食べた。




