結界石作り
「そこまで」
その掛け声とともに皆が一斉に構えていた剣を降ろした。
クロードは息を整えてから鞘に剣を戻す。あまり時間を気にしていなかったが、もうすぐ昼になるところだったようで、各自汗や土埃で汚れた服を着替えて食堂に向かい準備を始めた。
クロードも用意されたタオルで軽く汗を拭うと、いつものようにティアナを向かいに行く準備をする。今日は結界石のところに行くと言っていたので、図書館に向かわずにリーンの執務室に直接向かう予定でいた。
「クロード」
忘れ物がないことを確認してから演習場を出ようとすると、近くにいたジルに声をかけられた。今日の訓練をしている隊は、クロードが初めて演習場に顔を出した時の騎士隊だ。同期で入隊したからなのか、ジルはすぐにクロードに馴染んだ。周りの騎士の中にはまだ破壊騎士としてのイメージを払拭できずに距離をとる者もいるのに、ジルは剣を交えたことも影響しているのか、模擬戦も積極的に申し込んでくる。
「昼、一緒にどうだろう?」
城に来て4日目になるが、クロードが他の騎士と一緒に食事をしたことは1度もない。まだ馴染めていないクロードを気にして誘ってくれたようだった。
「悪いが、行く場所がある」
「そうか」
時間があれば演習場に来るようにしているが、基本的にクロードはティアナの護衛だ。ずっと騎士隊と一緒に行動することはできない。ティアナが城にいること自体あまり周りに知られていないし、クロードがなぜ演習場に来ているのか他の騎士も詳しい理由を知らない。隊長は騎士団長から説明を受けているが、部下の騎士たちはその理由を知らされていないにもかかわらず、クロードを受け入れてくれている。
「時間がある時は教えてくれ。訓練でしか顔を合わせることがないだろう。たまには食事でもしながらゆっくり話ができたらと思ったんだ」
「・・・考えておく」
時間が取れるかどうか、クロードには判断できない。ティアナやディランの魔封石の出来次第で事情が変わってくるからだ。あいまいな返事をして背中を向けると、違う方向から小声が聞こえてきた。
「ジルのやつ、よく声をかけられるな」
「またいつ魔力暴走するかわからないのに」
「俺は怖くて近づきたくないよ」
そういう話は本人のいないところでするべきではないのかと思いながら、声のした方に視線を向けてみた。話をしていた騎士たちがそれに気がついて、一斉に違う方向に視線を向ける。聞こえているぞという合図の意味を込めたのだが、早々に理解してくれたようだ。
そんな騎士たちのことは放っておいて、クロードは演習場を後にした。
「クロード」
再び声をかけられたのはリーンの部屋の前でノックをしようとしたところだった。
「ティアナを迎えに来たのか。彼女なら別の部屋にいるぞ」
「別の部屋?」
声をかけてきたエリクスは紙の束を抱えて立っていた。
「師匠に書類を渡したら演習場に行くつもりだったが、その前にこっちに来たんだな」
「少し前に訓練は終わった。今日は結界石を視ると聞いていたから来てみたんだけど」
「それはすぐに終わった。今は別の部屋で作業に取り掛かっているはずだ」
「魔封石を作り始めたのか」
そう尋ねると、エリクスが手をかざした。
「この話は中で」
小さな声で部屋に入るように促された。結界石に問題が起きて、その修復が行われていることはごく一部の人間しか知らない。堂々と廊下で話していいものではない。それに気づいて部屋に入ると、エリクスは抱えていた書類をリーンの執務机に置いてから続きを話す。
「試作品を作ってみるそうだ。いろいろと試しながら、壊れた結界石と同じ効果の石を作ることにしたらしい」
描かれている魔方陣のすべてを解読できたわけではない。謎の魔方陣は別で描いて効果を調べたりしながら新しい結界石を作っていくことになったようだ。
手探りが多い中、時間もどれくらい残されているのかわからない。あまりのんびりしていられないため、実践を交えて作る方法が一番早く出来上がる可能性を持っていた。
「作業部屋は別に用意してあるから、今はそっちにいるはずだ」
魔術師が実験をしたりするとき用の部屋が魔術師団の中にある。その1部屋を提供してもらっていた。
「思ったより早く完成しそうだな」
魔方陣を調べるのに時間がかかっていることを知っていたので、魔封石を作るのはまだ先だと思っていた。調べものは途中だが、すでに魔封石を作り始めているのであれば、結界石が出来上がるのも早いように思う。
「そう簡単にはいかないと思うぞ。200年以上城を護ってきた結界を生み出す魔封石だ。簡単にできるとは思えない」
楽観視するクロードに対して、エリクスはあくまで慎重な意見だ。
魔封石に関してはクロードは素人と言ってもいい。エリクスも専門外ではあるが、同じ魔法を扱う者として結界石がどれほどすごい石であり、作るとなればどれほど大変かを理解できているのだろう。
「まぁ、後で作っている本人に話を聞いてみればわかるだろう」
専門家であるティアナに聞くのが一番早いと結論付けて、2人は執務室を出た。
エリクスの案内で作業部屋へと向かう。ディランにもすぐ隣に作業部屋を用意しているが、今のところ彼は図書館でまだ調べものをしているため、魔封石づくりはしていなかった。
案内された部屋の前でノックをすると、男性の声が返ってきた。
「失礼します」
特に気にすることなくエリクスが入っていく。それに続いて部屋に入ると、部屋の中央に大きな机が置いてあり、奥の窓側にティアナが座って目の前に広げられた紙をじっと見つめているところだった。そんな彼女の向かいに座っていたのはリーンだ。机が広いため2人の距離は遠い。
「もうお昼かい?」
「はい」
「そうか。それじゃティアナ。一度休憩にしよう」
リーンは声をかけると今気づいたかのようにティアナが顔を上げた。
「休憩ですか?あら、エリクスとクロードまで」
2人が部屋に入ってきたことさえ気づいていなかったらしい。それだけ集中していた証拠だろう。
「昼食の時間だよ。作業は一度中断だね」
「そうですね」
どこかほっとしたような表情でティアナが立ち上がる。
昼食は別の部屋に用意されているため、一度部屋を出て移動することになった。
「俺はディランとエルヴィンを呼んでくる」
図書館で今日も資料探しをしている2人も呼ぶためにエリクスと別れて、3人で移動する。その途中、周りに人がいないことを確認しつつ、クロードは隣を歩くティアナに声をかけた。
「順調なのか?」
「う~ん。どうかしら?」
あまり浮かない顔をしているように思えていたが、やはり上手くいっていないようだ。
「試しに1つ作ってみたんだけど」
出来上がった魔封石はリーンに試してもらった。だが、結果は散々だった。
「何も反応がなかったの」
解読できた魔方陣をいくつか組み合わせて魔封石を作ってみたが、1つ1つの魔方陣だと魔法が発動するのに対して、複数の組み合わせになると、どの魔方陣も反応がなくなる。
「連動するようにしてみたんだけど、どうも、魔方陣を重ねることで別の効果を発揮させないといけないみたい」
1つの魔方陣を発動させれば、それに重なった魔方陣も魔法を発動させられるように工夫してみたらしい。しかし、実際に試してみると、魔法自体が発動しなかった。そこから、魔方陣全体が同時に作用して1つの魔法を生み出すような仕組みになっている可能性を考えた。
「そうなると、まだ謎の魔方陣の解読が先になるかしら」
「午後からは謎の魔方陣1つ1つを魔封石に描いてみて、まずはどんな効果があるのか確かめてみるしかないね」
「それは少し危険になります」
午後からもリーンが魔封石の実験をしてくれることになっていた。どんな効果が出るのかわからない魔封石を作ることになるので、魔術師団長が見極める必要があるのだ。危険があるかもしれないことを心配するティアナだがリーンは楽しそうだ。
「いつも書類に囲まれてばかりだから、たまには刺激がないとおもしろくないよ」
そんなことを楽しそうに言う始末である。困ったようにティアナがこちらを見るが、クロードに止める手段などない。肩をすくめるしかなかった。
「危険なことになりそうなら、力になれるかわからないが午後は一緒にいたほうがいいか?」
「そうね。リーン師匠なら心配ないだろうけど、一応お願いしようかしら」
魔封石に関してクロードができることはない。でも、彼女のそばにいることが何かの役に立つのなら、午後からは一緒にいることを決めた。そんなことを考えながら昼食が用意された部屋へと向かうのだった。




