登城
「着いたぞ」
その声で目を開けると、芝生の生えた広い空間がそこにあった。
「ここは?」
「騎士団の演習場の1つだ。今日は使われていなかったから、この場所を選んだ」
「・・・ここはもう城の敷地ってことね」
見渡せば、見覚えのある建物や景色がわかった。
「体に異常はないか?初めての移動魔法だと、感覚がわからなくて負担が大きいはずだが」
「私は平気よ」
「特に異常はない」
自分の体の違和感を確かめてから返事をすると、隣にいたクロードも体を見下ろしてから答えた。
エリクスに突然登城するように言われて急いで準備をすると、すぐにフォーンの外まで移動した。馬車移動でないことに首を傾げると、できるだけ急ぎたいということで、空間魔法で移動することになった。
どうやらここに来た時も魔法で移動してきたらしい。ログの屋敷に直接来たかったらしいが、彼の屋敷は泉の精霊の加護があるため、移動しようとすると弾かれる可能性があった。仕方なく森のそばに移動して、屋敷を目指したそうだ。そのため、帰りも森を抜けてからでないと移動魔法を使えない可能性を考えた。
エリクスくらいの魔術師になれば移動魔法を使える魔力と技術を持っているが、一緒に移動する人間は、移動の時にかかる体への負担で動けなくなったり、気を失う者もいるという。その負担を魔力でカバーすることができるらしく、ティアナもクロードも魔力量は多いので、体への負担はほとんどない。
移動中の魔力の流れに目を回すこともあるというので、エリクスの合図があるまで目は閉じていた。それは10秒もかかっていなかったと思う。
あっという間に城まで来てしまったと、魔法のすごさに感動していると、すぐエリクスに移動するように促された。
「どこに行くの?」
何の説明もなく突然登城することになったティアナは戸惑いながらも先を歩くエリクスに尋ねた。
「詳しい説明は師匠がすることになっている。ほかの7賢者も集まるから、まずはその部屋に行く」
演習場から城へと続く廊下に入っていく。どんどん先に進んでいこうとするエリクスにティアナは慌てたように小走りで追った。しかし、建物の中に入った瞬間視界が揺れて壁に手をついた。
「ティアナ」
後ろにいたクロードの少し慌てた声が聞こえたが、振り返ることができずに俯いて目を閉じる。視界を塞いでも眩暈の感覚が消えない。
「大丈夫。少し休めば」
それほど大きな眩暈ではなったので壁に身体を預けていれば倒れる心配はなかった。
「移動魔法が負担になったか?」
前から声が聞こえ、先を歩いていたエリクスが異変に気付いて戻ってきたようだった。
ティアナの魔力量なら大丈夫だろうと思っていたが、予想よりも体への負担が大きかった可能性がある。
移動魔法自体初めての経験だったので、ティアナにも予想できない部分はあった。3人の中で一番魔力が少ないのはティアナなのだ。
「ごめんなさい。すぐに良くなると思うから」
深呼吸をして目を開けると、眩暈はすでに消えていた。再び歩けると思って前を向いた瞬間、体がふわりと浮いた。
「え?」
驚いて顔を上げると、すぐに近くにクロードの顔があってさらに驚いた。視線を移動すると、エリクスが納得したような表情で頷いている。
「7賢者に会うのは、少し休んでからにしよう。師匠も少し遅れてくるはずだから、時間はまだある」
「い、急ぎじゃなかったの?」
横抱きにされたまま、ティアナはどうしていいのかわからずに、冷静に説明するエリクスに質問した。
「急ぐにしても、まずは体調を整えてからだ。移動魔法は負担が大きいから、今は平気でも後から疲れが出てくる可能性もある」
「魔法を使った本人がそう言うなら、従っておいた方がいい」
援護するようにクロードが口を開く。
「念のため、休む部屋は用意してある。まずはそっちに向かう」
移動魔法で体が動かなかった時のために部屋は用意されていた。まずはその部屋で休憩をしてから、7賢者に会うことになった。
「クロード、もう大丈夫だから降ろして」
そのまま歩き出したクロードに、ティアナは慌てて言ったが、彼は一瞬こちらに視線を向けただけで降ろす素振りを見せなかった。
「眩暈を起こした人間の言うことは聞けない。大人しくしているんだな」
そう言って、反論を受け付けないと言わんばかりにすたすたと歩いていく。案内をするために先を歩くエリクスは振り返らなかったので、クロードに賛成していたようだった。
「え、待って、ここって人目があるんじゃ」
演習場から城の中に入って廊下を歩いていると、ちらほらと人を見かけるようになってきた。
王子殿下の婚約者として何年も城に通っていたティアナは当然顔見知りに会う可能性がある。
クロードのことはほとんどの人間が顔を知らないだろうから、謎の男性に抱っこされたティアナ=フロース嬢を目撃したという噂が広がるのではと考えてしまった。
「た、大変」
急いで抱えていた荷物を漁る。何が始まったのかとクロードが足を止めると、エリクスも振り返って袋から取り出した物に首を傾げた。
「何をしている?」
袋から出したのは緑色の魔封石だ。すぐに魔力を流すとそよ風が吹いた。ティアナが作った、気配を消す魔封石だ。攻撃魔法の魔封石ではないが、戦闘時に使える物なので魔力を流さないと発動しないように作ってあった。前にティアナの襲撃を回避するために使ったきりだったが、今回急な呼び出しに使う可能性を考慮して荷物に入れておいた。まさかこんなところで使う羽目になるとは思ってもいなかったが。
これで周りから気づかれることなく移動できる。
「ここで魔法を使っていいのか?」
「まぁ、緊急だということにしておこう」
魔封石を発動したことでほっとしているティアナをよそに、男2人は呆れたようにそんな会話をするのだった。気配を消した3人が部屋に到着するまで、近くを通った者たちは気にすることなくその場を通り過ぎていった。




