意外な来訪者
それから数日。
クロードは時間を見つけては魔法の練習をしていた。魔封石がなくても小さな魔法なら自分の力だけで発動させられると知ってから、そちらの訓練もするようにしていた。もしもの時を考えて、最初はティアナがすぐそばにいる時に練習していたが、数回繰り返すと、今度は彼女がいない代わりに黒の魔封石をそばに置いて練習することになった。魔法に違和感があれば、すぐに石を握れば石が魔力を抑え込んでくれる。渡された時、無理だけはしないと約束までさせられた。
「そういえば」
ふと、黒の魔封石を見つめ、クロードは首を傾げた。
「この魔封石の作者は誰なんだ?」
今まで考えたことがなかった。魔力を暴走させてログのところに引き取られてから、クロードはしばらく魔法を使わないように気を使いながら生活していた。騎士として王都に行くまでは田舎の村に住んでいたが、いつも魔術師が側にいてくれたので暴走させる心配がなかった。暴走してもすぐに抑え込んでくれていたからだ。だが、その魔術師もいない状況で再び暴走させれば、被害は甚大になる。その恐ろしさと隣り合わせで生活していたのだが、ある日彼のもとに7賢者リーン=ラナスターがやってきて、黒の魔封石を渡していった。
『黒は闇属性で、魔力を吸収したり抑え込んでくれる力を持っている。これを肌身離さず持っていなさい』
渡された瞬間から、クロードの中に燻っていた魔力がすっと消えたのを感じた。魔封石がクロードの魔力を吸いこみ、暴走する力を抑え込んでくれた証拠だった。その力を借りて3年平穏に暮らしていた。その魔封石を誰が作った物かなど気にしたことは一度もなかったことに気が付いた。
リーンも詳しいことは何も言わずにただ魔封石を渡しただけだった。彼なら作者を知っているかもしれない。そして、ティアナに初めて魔封石を見せた時、彼女はどこか納得すように石を見ていた。もしかすると、彼女も黒の魔封石のことを詳しく知っている可能性がある。
「クロード」
庭に突っ立っていたクロードは呼ばれて振り返った。
「少し休憩しない?お茶の用意ができているの」
ティアナが庭に出てきて声をかけてくれた。今日は店が休業日のため、屋敷で新しい魔封石を作っていた。作業の邪魔にならないように、クロードは1人で魔法の練習をしていた。
「ログ様にお茶に誘われたの。ちょうど作業もきりがいいから誘われることにしたんだけど、よかったらクロードもどう?」
そう言いつつ、おそらく休憩をさせるためにわざと声をかけたのだろう。根を詰めて訓練したところで魔法の精度が上がるわけではない。
「わかった」
ティアナを追って屋敷に戻ると、部屋にはすでにお茶の準備が整っていた。ログもティアナもソファに座り、後はクロードが座ればすぐにでもお茶会が始まる。
「さっき、何か考え事でもしていたの?」
お茶を一口飲んでから、ティアナが尋ねてきた。魔封石を眺めて考え込んでいたクロードに声をかけたため、何か悩み事でもできたのかもと気になったようだった。
「それほど気にすることではないんだが、俺が持っていた黒の魔封石が気になって」
「黒の魔封石?」
「クロードの魔力を封じてくれていたあの石のことかい?」
2人の質問に頷く。
「俺の魔力を抑え込んでくれる魔封石なんてこれが初めてだから、一体誰が作ったのかと思ったんだ」
そう言って黒の魔封石をテーブルの上に置いた。窓から差し込む光を受けて、怪しく光る石を見つめる。
「そういえば、その石は7賢者のリーン殿が持ってきたんじゃなかったかな」
4年以上前になるが。ログも覚えていたようだ。
「いまさらのような気もするけど」
ティアナが驚く。
「自分で魔法が使えるようになったら、なんとなく気になるようになった」
それだけ魔法に関して心の余裕ができてきたという証拠なのかもしれない。
「何か知っているか?」
ティアナに尋ねると、彼女は数回瞬きをしてから何かを考えるように視線を上に向けた。
「私も詳しいことは知らないの。ただ、クロードの魔封石を作ってほしいという依頼を受けた時に、あなたが持っている魔封石のことを少しだけ聞かされているわ」
彼女にクロードの魔封石を作ってほしいと依頼したのは騎士団になっているが、正確にはリーン=ラナスターだ。その時に黒の魔封石に関することも聞いたようだ。
「それはもともと城にあった物らしくて、城の宝物庫で保管されていたの。封印石と違って、魔力を抑え込む石だから、ちょっと特殊だったために使い道もなくて保存されていたって聞いたわ」
「製作者は?」
「それは聞いてない。ただ、7賢者の中にその石の存在を把握していた人がいたから、クロードの魔力を抑え込むのに使えるんじゃないかと提案されたとは聞いたことがあるわ」
製作者はわからないが、魔封石がどうやってクロードの元に来ることになったかは知ることができた。
「詳しいことが知りたかったら、今度登城したとき7賢者の誰かに尋ねてみるといいかも」
次の登城では騎士団長と会うことになっている。彼も7賢者の1人なので、何か知っているかもしれない。
「そうだな」
お茶を一口飲んでクロードも頷いた。7賢者が話し合った結果、黒の魔封石が彼のもとに来ることになった。そのおかげで魔法の暴走に怯えることなく3年ほど安定した生活を送れたのは事実だ。今はティアナが作る魔封石で魔法を使えるようになった。まだ、念のために持っているが、いつかこの魔封石を返す日も近いだろう。
そんなことを考えながら、2人の他愛のない話を聞きながら時々話に混ざっていると、突然玄関で大きな音がした。
ティアナとログが驚いた顔を見合わせていると、クロードは無言で立ち上がって玄関に向かう。
「ど、どうしました」
廊下に出ると、クロードよりも先に音を聞きつけたシャイヤが玄関に現れた人物に声をかけていた。驚いてはいるが、警戒した声ではなかったので、どうやら知り合いのようだ。
「すみません。少し慌てていたので」
屋敷に入ってきた人物の声に聞き覚えがあった。
「エリクス」
玄関に向かうと、黒のロードを纏ったエリクスが荒い息をしながら立っていた。
「クロードか。久しぶりだな」
視線をクロードに向けた彼は、息を整えてから何事もなかったかのように挨拶をしてきた。
「あぁ、1か月ぶりだ。それより、何かあったのか?」
エリクスとは、1か月前のパーティでティアナが登城したときに護衛としてクロードもついていった時に会っていた。パーティ自体には参加していないが、城の中で待機中に少し話ができた程度だ。それよりも、息を上げて慌てたような様子で突然やって来たことの方が気になった。
「ティアナはいるか?」
どこか落ち着きのない感じのエリクスは、クロードの質問に答えることなく、廊下の先に視線を移した。
「エリクス、どうしたの?」
クロードが戻ってこないことを心配したのか、ティアナがリビングから出てきた。そして、訪問者がエリクスだと気がついて駆け寄ってきた。
「すまない。詳しい話が今できないんだが、急ぎ、城に来てほしい」
「え?」
何の説明もなく言われたことにティアナだけでなく、その場にいたクロードとシャイヤも戸惑った。
「俺も詳しい説明ができないんだ。ただ言えることは、ティアナ=フロース、君を7賢者候補生の魔封石士として、国王から召集されている」
場の空気が冷えたように感じられた。国王からの招集。つまり王命が下っている。
「何か起こったようだね」
そこに穏やかな声が割り込んだ。振り返るとログが静かに立っていた。
「ティアナ嬢、すぐに準備をした方がいい。クロードも護衛として一緒に行きなさい」
「わかりました。エリクスは少し待っていて。すぐに準備するから」
何が起こっているのか、なぜ呼ばれているのか気になることはたくさんあるだろうが、ティアナはログの言葉を聞いて我に返ったのか、落ち着いた声で返事をしていた。それに引きずられるようにクロードも静かに頷くと、城に向かうための準備をするため自室に戻っていった。




