襲撃
今日の夕食はログに誘われていたため、店を閉める準備をして、後片付けをしていた。今夜はログの屋敷に泊まって、明日は朝と昼の食事をシャイヤに教わりながら一緒に取ることになっている。料理が不得意のティアナにはありがたいことだ。ティアナが伯爵家を出る前に料理長からおそわったことは、簡単に作れる料理と、キッチンに立ったこともなかったので知らない調理器具の名前と使い方だった。必要最低限のことしか教わらなかったので、シャイヤとの料理は作っていて楽しい。
店の中の片づけを終えると2階に行って荷物を取ってくる。特に大きな荷物はないので小さなカバン1つだけだ。それを持って店に戻る。
「準備万端ね」
あとはクロードが来るのを待つだけだ。彼はログの家に行くとき必ず迎えに来てくれる。自主的にではなくログに頼まれたからなのだが、ティアナが一人で森を歩くことは危険だと判断したようだ。送り迎えは彼が担当するが、終始無言の案内だ。もう少し仲良くなりたいと思うティアナに対して、先を歩く彼はいつも話しかけるなオーラが出ている。魔封石作りは一向に進まない。
何かきっかけがあればいいのだが、今のところそれも見つかっていない状況だ。
そんなことを考えていると店の扉が開いた。クロードが来たのだと思ったが、入ってきたのは2人の男だった。
「すみません。今日はもうお店を閉めてしまったので」
閉店したことを伝えようとしたが、男の一人が大股でこちらに歩いてくることにティアナは違和感を覚えてカウンターの下に手を差し入れた。狭い店舗の中を大股で歩けば数歩でティアナの前まで来られる。カウンターを挟んで立った男がこちらを見下ろしてくるのを警戒しながらティアナは話を続ける。
「何か至急必要な物があればすぐにお出ししますよ。そうでなければ、明日もう一度来てください」
だが、男は無言のままだった。その代わり後ろにいるもう1人が口を開いた。
「ここにティアナ=フロースがいますね」
その質問にティアナは確信した。昨日訪ねてきたリックスが話していたことを思い出す。彼はティアナが狙われる可能性を言っていた。目の前にいる男たちはティアナを探してこの町まで来たようだ。ここで否定してもおそらく男たちは立ち去ってくれないだろう。ティアナは覚悟を決めてカウンターの下から1つ石を取り出した。
「ティアナは私ですけど」
そう言うと彼らは顔を見合わせて頷き合った。
「あなたには我々と一緒に来ていただきます。我々の雇い主が会いたがっていますので」
後ろの男が静かに言ってきた。
「雇い主って、誰です?」
「それに答える事はできません。一緒に来ていただければわかります」
丁寧な言葉を使っているが、目は有無を言わさないと語っているのがわかった。
「嫌だと言ったら?」
答えはわかっていたが、あえて質問してみた。
「できれば無傷でと言われていますが、抵抗するのであれば力づくでも連れていきます」
そう男が言った瞬間、目の前にいる男がカウンター越しに身を乗り出してきてティアナを捕まえようとした。咄嗟に後ろに退いたがカウンター内は狭いため、背中が壁にぶつかってしまった。
男は逃げられないティアナを見て口角をわずかに上げると、さらに彼女に手を伸ばしてきた。男の手が腕に触れそうになった瞬間、ティアナは持っていた石に魔力を込めた。
明るい緑色をした石は魔力を得て白色に変化すると、男に向かって飛び出して弾けた。バチンと大きな音を立てて雷が男の体を包む。その途端男は全身にしびれを感じてその場にうずくまった。その隙を逃さずティアナはカウンターを飛び出して店の扉に走った。扉の前にはもう一人男が立っていたが、まさかティアナが反撃してくると思っていなかったのか驚いた顔のまま呆然としていた。それを突き飛ばして店を飛び出す。反撃に使った石は小さな雷を起こして相手を少しの間だけしびれさせる物だ。護身用として作っておいた物だが役に立った。
店を出ると左右を確認する。ほかに仲間がいる可能性があったからだ。だがどちらを見ても誰もいない。
もう店仕舞いをする時間なので店を閉店させて皆店の中に入ってしまっている。買い物客も店が閉じていれば、家に帰るしかない。今外にいるのはティアナ1人だけのようだった。
どこに逃げたらいいだろうと考える。2組の男は力づくでもティアナを連れていく気でいる。下手に助けを求めれば相手に迷惑がかかる上にけがをさせてしまう可能性があった。
「どうする」
迷ったのは一瞬だった。ティアナの脳裏に不愛想な魔法騎士の顔がよぎった。魔法は使えないが彼も騎士だ。助けを求めるなら彼が適任だ。しかも彼は今ティアナを迎えにこちらに向かっているはず。森に向かって走れば会えるだろう。そう思って走り出そうと一歩踏み出した瞬間、腕を掴まれて後ろに強く引っぱられてしまった。進みたい方向と逆の方向に力がかかったことでティアナは大きくバランスを崩してその場に倒れこんでしまった。
「きゃっ」
「おとなしくしろ!」
すぐに起き上がろうとしたが、背中に重みを感じてうつ伏せのまま動けなくなってしまった。何とか首を巡らせて背後を見ると、感電させたはずの男がティアナの背中に体重をかけて乗りかかってきていた。あれくらいの魔封石では一瞬足止めする程度だったのだろう。店を出て逃げる方向を考えている間に追いつかれてしまった。
「うっ」
背中に乗る重みに肺がつぶされて呼吸ができなくなってきた。意識が飛んでしまえば彼らは簡単にティアナをどこかに連れていくだろう。その前に何とかにしてこの状況を改善しなければならない。呼吸が浅くなる中必死に考えようとした時、急に背中が軽くなったかと思うと、近くで何かが崩れる音とともにうめき声が聞こえてきた。
「え?」
背中の重みが消えたとこで動けるようになったティアナは起き上がって後ろを振り返った。
そこにはティアナに乗りかかっていた男が倒れこみ、その横で男を見下ろしているクロードの姿があった。
「クロード」
「大丈夫か」
男を見下ろしたままクロードが確認してくる。
「何があった」
「詳しくはわからないけど、私を捕まえに来たみたい」
「心当たりは?」
「・・・なくはないかな」
昨日リックスに忠告されたばかりだ。王都で起こっていることが原因でティアナを探しに来た可能性が高い。
「とりあえず捕まえていろいろ事情を聞いた方がよさそうだな」
ティアナの反応に追求することなく、まずは男を捕まえることを選んでくれたようだ。
「待って、もう一人」
捕まえに来た男は2人いた。それを伝えようとしたのとクロードが倒れている男に触れようとした瞬間、クロードが大きく後方に飛んだ。それと同時に倒れている男とクロードが立っていた場所の間を氷の塊が通過していった。氷の塊はそのまま地面に突き刺さる。氷の塊が飛できた方向を見ると、もう1人の男が杖を構えて店の入り口に立っていた。
「もう1人は魔術師か」
氷塊を避けたクロードはティアナを背に庇うような形で立ち、男を睨んでいた。彼は腰の短剣に手を添えている。ログの護衛としてこの町にいるクロードは常に剣を持ち歩いている。騎士でもある彼は騎士団から長剣を支給されているのだが、普段大きなもめ事も争いごとも起きないこの町の中を歩くときにそんなものを持っていては周りの人が怖がる可能性があるのでわざと短剣にしていた。
魔術師との戦いでは魔法を使える魔法騎士が対応することが多い。クロードも魔法騎士ではあるが肝心の魔法を上手く使えない。ここでは魔術師対騎士という構図になる。ティアナは今持っている自分の魔封石で援護できないかと必死に考えていた。
「きゃあああ」
そんな時、パン屋の方から悲鳴が聞こえた。驚いたティアナがそちらを向くと、パン屋の入り口でリナが声を上げ、その後ろで驚いた顔をしたダンがいた。外での騒ぎに気が付いた2人が様子を見に出てきたところだった。
「ちっ、退くぞ」
魔術師が舌打ちをして言うと、倒れていた男が飛び起きて走り出した。どうやら気を失っているふりをして攻撃するチャンスを伺っていたようだ。その後ろを警戒するようにしながら魔術師が追っていく。その様子をクロードは黙って見ているだけで追いかけようとはしなかった。
完全に男たちが見えなくなってから短剣の柄に添えていた手を下ろしてティアナに近づいてきた。
「大丈夫か」
座り込んだままのティアナに膝を折って訪ねてくると、パン屋の前にいた2人も駆け寄ってきた。
「ティアナさん」
「どうした?いったい何があった」
「あ、うん」
どう説明するべきか迷ってしまう。男2人はティアナが目的ではあったが、その理由をティアナ自身知らないのだ。おそらく王都でのことが繋がっているだろうが、ティアナが伯爵令嬢であることや第1王子の元婚約者であることは言っていないので説明ができない。
困って2人を交互に見ていると、クロードがいきなりティアナを抱え上げた。
「え?ク、クロード」
「いつまでもここにいられないだろう。周りも気づき始めた」
そう言われてティアナは周りを見た。
他の家からも住民が何事かと顔を出してきていたのだ。さっきのリナの悲鳴で騒ぎに気が付いたようだ。
「悪いが、詳しい話は後日にしてほしい。彼女の荷物が店の中にあるから取ってきてくれないか。それと店の鍵も閉めてほしい」
ティアナを抱きかかえたままクロードがリナとダンに指示を出す。
「・・・わかった」
クロードの言葉に先に反応したのはダンだった。彼はリナを促してティアナの店に入ると、彼女の荷物と店を閉めて戻ってきてくれた。
ティアナが荷物と鍵を受け取ると、彼女を抱えたままクロードは歩き出した。
「クロード、私歩けるわ」
「その足じゃ無理だろう」
ティアナを抱えたまま歩き出したことに驚いて降ろしてほしいと言ってきたが。クロードはそれを拒否した。ティアナが男に倒されたときに足を痛めたことに気づいたからだ。助けた後も彼女は立とうとしなかった。一瞬の判断だったが歩けないほどではないだろう。だが、あまり長い距離を歩くには支障が出る気はした。
「帰ったらまず足の手当てが先だな」
「・・・はい」
降ろしてもらえないことを理解したようで、ティアナはおとなしく従ってくれた。
荷物を落とさないように抱きしめて、クロードの顔を見上げてくる。それも一瞬でそのあとすぐに気まずそうに俯いてしまった。
貴族令嬢のしかも大人のティアナが男性に抱きかかえられている。そんな経験一度もない。婚約者はいたが、足を痛めて抱えられる場面などなかったのだから当然だ。ティアナが恥ずかしさと居たたまれない気持ちを抱えていることに気づくことなく、クロードは屋敷に戻ってからのことを考えながらログの屋敷まで無言で歩くことになった。




