余談3
リーン=ラナスターは執務机を挟んで、ブロファリト国王と対峙していた。
「今すぐ、ティアナ=フロースの縁談を破棄してください」
「順を追って話してくれないか」
部屋に入ってくるなり勢いのままに迫ってきた7賢者を、陛下は何でもないかのように受け流しながらリーンの話の続きを促した。
「半年ほど前に王子と婚約破棄した伯爵令嬢ですよ」
「ティアナ嬢のことはわかる。将来の義理の娘になる予定だったのだから。結局ならなかったが」
この国の王子はティアナとの婚約を破棄して、別の伯爵令嬢と婚約した。今は半年後の結婚式に向けて、準備が行われている。
婚約破棄後のティアナは隣町で魔封石士としてひっそりと店を営んでいる。そんな彼女に縁談が持ち上がっていることを聞いたリーンは、すぐに国王に会いに来たのだ。
「ティアナは今別の場所で魔封石士として修業をしながら生活しています」
「随分詳しいのだな」
ティアナが魔封石士としてフォーンに移る時、その手助けをしたのはリーンだ。彼女の魔封石士としての才能を見極めていたリーンは、この機会を逃してはいけないと、すぐに彼女を王都から離れさせた。家族の、特に彼女の兄レインの協力もあったおかげで新しい婚約話も出る間もなく、ティアナはフォーンで静かに暮らしている。
フォーンに移り住むときの条件として、クロードの魔封石を作ることが含まれていたのだが、新しい魔封石を手に、クロードは今魔法の訓練を続けている。
2か月前に会ったときは元気そうであったし、その後手紙のやり取りもしている。最近の手紙では、クロードの魔封石を作るための新しい魔石が欲しいという依頼が書かれていた。
そのやり取りは密かに行われているが、国王はすべてをお見通しで、敢えて口を挟んできていないこともリーンはわかっていた。
何をいまさらわかっているだろうと思い、腕を組んで憮然とした顔をすると、目の前の王は苦笑するだけだった。
「とにかく、ティアナに縁談が来ているという話を聞きました。彼女はこれから魔封石士として開花していく予定ですので、隣国に嫁ぐなど、言語道断です」
「リーンよ。お前の意見はわかったが、これは隣国と我が国の貴族の結婚だ。最終的には国同士の話し合いはあるだろうが、今ここで割り込むことは、相手の国に対して無礼になることもわかるだろう」
王族の結婚となれば、国が大きく動くことになる。その相手が他国の人間であれば、その国との交渉も始まるだろう。新しいパイプをつなぐうえで、他国の人間との結婚というのはあり得る話だ。だが、まだ話が来たばかりの段階で、こちらの国王自ら断りを入れるためには、それなりの理由がなくては無理だ。
「無礼だと言っている場合ではありません」
組んでいた腕を今度は腰に当てて、胸をそらすようにリーンは口を開いた。
「彼女が国を出ることは、この国にとって、大きな損害になりえます」
「それはどういう意味だ」
国王の目が細められた。下手なことを言えばこの部屋を追い出される可能性はあるが、それだけで済むとも思えない。言葉を選びながら、リーンはティアナの重要性を話していった。
「彼女は、魔術師としてやっていけるだけの魔力を持っています。そのうえで、魔力制御に関して、他の魔術師よりも圧倒的に優れています」
王は静かにリーンの話を聞く。
「その魔力制御を使いこなして、彼女は他の魔封石士が作れないような魔封石を作ることができています」
「彼女の作品を見たことがあるのか?」
「あります。今は修業を重ねている身ですが、経験を積んでいけば、優れた魔封石を生み出すことも可能だと考えています」
「それは、まさか初代7賢者の魔封石士並みになると言っているのか」
「おそらく」
王は静かに目を見開いた。初代7賢者の中に魔封石士が含まれていることは、国民なら誰しもが知っていることだ。優れた魔封石を生み出し、戦争の手助けをした魔封石士。200年経った今でも、その魔封石士が生み出した魔封石は威力を発揮している。それが城を護る結界石だ。
7賢者の魔封石士はその人物ただ1人だ。それ以降に魔封石士の7賢者は存在しない。
「まさか、そこまで」
「経験さえ積めれば、彼女なら可能でしょう。自由の身となった今のティアナだからこそ、私は彼女を魔封石士としてしっかり育てていきたいと思っています」
始めて会った時から彼女は優れた魔力操作ができていた。自ら作った魔封石も丁寧で繊細な物であったことを知っている。そんな彼女を国から出すことは、今後の国にとって大きな損害になることは明白だ。
「ティアナ=フロースを国から出してはいけません」
その言葉の重さを王は理解したはずだ。何かを考えるように天井を見上げた王に、リーンは何も言わずに待った。
「父上」
静かな執務室に、突然その声は届いた。
ノックもなしに扉を開いて現れた王子に、リーンは振り返って瞬いた。
「そんなに慌てて、何かあったのか?」
「大事なお話があります」
王の言葉に、リンドは早口に言ってきた。
「それは今でないと駄目な話か?」
「できるだけ急ぎたいことです」
真剣な表情で答える王子に、王はリーンに目配せした。王からの返事はもらっていないが、リーンの話はすでに終わっている。
一礼して部屋から出ようとするリーンを見て、王子はすぐに口を開いた。
「ティアナ=フロース嬢のことでお話があります」
出ていくために扉に触れようとしたリーンだったが、そこで動きを止めた。
「なんだ、お前もか」
呆れたような王の声に振り返ると、王子は困惑したように首を傾げている。
「ティアナ嬢に縁談の話があると聞いたのですが、父上は知っていますよね?」
「その話は聞いている。それに反対している人間がいることもわかった」
「反対している?」
再び国王を見れば、王はリーンに視線を投げかける。その視線を追ってリンドが振り返った。
「ティアナ=フロースの縁談に反対しているのは私です」
「リーン殿も」
リンドが目を見開いて驚いたが、その様子は彼もティアナの縁談に反対だと示していた。
「お前の反対理由を聞いておこうか」
国王が促すと、リンドは再び真剣な表情に戻って、自分の意見を言った。
「父上、フロース嬢は私との婚約破棄の時、簡単に身を退いてくれました」
状況までは知らないが、婚約破棄が王子からであったことはリーンも知っている。
「その時に、いくつかのお願いをされています」
「お願い?」
「はい。婚約破棄後すぐに王都を離れると彼女は言っていました。そして、その後に起こるであろう厄介ごとのすべてを私が責任をもって対処してくれるように言っていました」
婚約破棄は結婚式の1年前だった。当然周りは騒ぎになるだろう。ティアナにも色々な噂が飛び交うだろうし、非難する人間だって出てきていただろう。そのすべての対処を王子がすることを頼んでいたようだ。
「私はすぐに新しい婚約者を発表し、ティアナ=フロースに目がいかないようにしました。しかし、結局ルナのことをきっかけに彼女を王都に呼んでしまったのですが」
それは2か月前のパーティーの話だろう。どうすることもできなくて、ティアナに協力を頼んでしまった。
「事情は知っている。だが、そのことと今回の縁談は関係ないだろう」
「直接の関係はありません。ですが、彼女は諦めていた夢を叶えるために動くと言っていました」
それが魔封石士になることだった。
「私は、約束を破って自分の事情に彼女を巻き込んだうえ、婚約破棄したことで、彼女の夢を潰すような結果になることを望んでいません」
「・・・なるほど、お前の考えはわかった。だが、あくまでもそれはお前の意見にすぎない」
訴えに来たのはいいが、そのことはリンドもわかっていたのだろう。唇を噛んで渋い顔をする。
「リーン」
名前を呼ばれて再び国王の前まで行く。
「今回の縁談。ティアナ嬢はどう思っているだろう」
「はっきり言って、嫌だと思っています」
「はっきり言うのだな」
断言する言い方に王が苦笑した。縁談の話をティアナと話したわけではないが、彼女がどう思っているかはわかる。魔封石士の夢を絶たれることを彼女は望んでいない。
「リンド。ティアナ嬢を助けたいと本気で思うのならば、お前が主体となって、今回の縁談が破談にできるかどうか調査してみなさい」
「父上!」
「彼女の存在は我が国にとっても、重要な存在になる可能性がある。できることなら国を出ないで済むようにしたい。だが、隣国との縁談だ。調査は慎重に行うように」
「はい」
リンドは一礼してすぐに部屋を出ていった。残されたリーンは口元を緩めて国王を見た。
「国のことに関連していれば、私も動けますので、協力は惜しみませんよ」
「本気の7賢者相手では、隣国の王子といえども下手なことはできないだろう」
これはティアナが縁談の話を聞いた日に密かに執務室であった出来事だった。




