隣国の思惑
縁談は破談になった。
ここまで足を運んだ労力が無駄になったことは仕方がないだろう。勝手にすべてを進めてきた王子の責任だと思って、同情することはしなかった。
ティアナはほっとしてソファに座りなおすと、ふと視線を感じて後ろを振り返った。両親の後ろに控えていたクロードと目が合う。わずかに細められた目が優しさを含んでいるのがわかり、自然とこちらも笑みが零れた。
「あっ、それとせっかく王子がいることですから、ここでお伝えしておくことがありました」
わざとらしく今思い出したという風にリーンが声を上げた。それを聞いたティアナは隣に座っている両親にそっと声をかけた。
「ここからは私たちだけで」
両親は顔を見合わせてからティアナに頷いた。縁談が終わったのだから、ここから先は退出してもらった方がいいだろう。王子に声をかけようとしたようだが、放心している様子に2人は立ち上がると礼をしてそっと部屋を抜けていった。
開いたソファにリーンが座ると、立ったままの青年が視線を向けてきた。
「まだ、何かあるのですか」
王子がショックで動けないことを察して、青年が代わりに聞く態勢を取る。
「今回の縁談の話が持ち上がったのは、そちらの王子の突然の思い付きだったんだろう?」
ティアナが婚約破棄されたことで、相手のいなくなった彼女に一目ぼれをしていたエドワードが手を上げる形になった。それは突然で、隣国でもかなりの騒動になっていたようだ。
「私の情報では、すでに王子には婚約者候補がいたそうだね」
「確定した婚約者ではありませんが、有力候補はいました」
いまさら隠しても仕方ないのか、7賢者に嘘をつく理由がないと思ったのか、青年はすんなり事情を口にした。
「とある侯爵令嬢だと聞いたけど」
「その通りです。私の従妹になります」
それを聞いてティアナは彼の鋭い視線の意味を理解した。
有力候補であった侯爵令嬢を押しのけて突然候補になった隣国の伯爵令嬢。当然彼は親戚にあたる侯爵令嬢の肩を持ったはずだ。王子にずっと付いてきていることを考えると、彼は王子に一番近い従者なのだろう。それでも王子が言い出したことに反論することもできず、我慢したままティアナに会ったため、敵意むき出しの視線を向けてきていた。
ティアナにとっては、なりたくてなった婚約者候補ではない。敵意を向けられる筋合いはないのだ。
内心ため息をつきながら、リーンの話の続きを聞いた。
「その侯爵家だけど、ご令嬢が候補から外れたことに、ずいぶん怒っているそうだね」
「それは当然の心境かと思います」
「内輪で怒っているだけならね」
「・・・どういう意味ですか?」
リーンの意味深な言葉に青年が首を傾げた。この反応からして、彼は今回の縁談に裏があることを知らないようだ。そして、呆然と話を聞いていたエドワードも目を瞬かせてリーンを見た。
「何にも知らないとは、ずいぶんおめでたいね」
2人の様子にリーンは肩をすくめてから、ずっと静かに様子を伺っていたクロードに視線を向けた。
どうやら説明を彼に任せるらしい。
「約1か月前、ティアナ=フロース嬢へ縁談の話が持ち込まれてから、周辺で妙な気配を感じるようになりました」
リーンの視線を受けてクロードが口を開く。実際に気配を感じたり、襲撃を受けてきた彼の発言はしっかりした内容になっていた。
「最初は気配を感じただけでしたが、縁談の日取りが決まると、フロース嬢が襲撃される事態になりました」
「襲撃だって!」
「その時には護衛を付けていましたので、大事には至っていません」
驚くエドワードに対して、淡々とした口調で真実が話されていく。
「それと同時期に、リンド王子と7賢者の間でティアナ=フロースに関する相談がされていました」
リーンが口を開き、王都で密かに行われていたことが語られた。
「7賢者の候補としての話が行われていましたが、縁談話が持ち上がったことで、彼女を国から出すことに我々は反対でした」
これはリーンの嘘だ。ティアナを7賢者候補としての話が持ち上がっていたのは縁談が持ち上がった後だ。自分たちが先にティアナという存在を見出していたのだと主張するための方便になる。
リーンはティアナの才能を国から出すべきではないと考え、王子と相談したうえで7賢者の候補にすることにした。その話が本人に伝えられたのは縁談ぶち壊しの作戦をエリクスが持って来た時だ。
魔封石の準備とともに、ティアナの待遇が手紙に書かれていた。その時は候補の話が持ち上がっているだけで決定ではなかったので、エドワードを黙らせるための手段の一つとして考えられている程度だった。それを知らない隣国は、密かに話し合いが始まっていたことを信じるしかないだろう。
だが、ここでティアナが候補から外れる可能性もあった。そうなれば、再び婚約者の候補にされてしまう可能性があったので、ここで襲撃事件の真相を話すことにした。。
「彼女には魔封石士としての才能があります。そんな彼女を横取りしようとするのですから、こちらとしてはそれ相応の対応を取ることにしました」
縁談話を持ってきたエドワード王子に関しての調査がすぐに行われ、その中で、王子の周辺で怪しい動きをしている人間の存在に気が付いた。
「我々のところに、王子の婚約者として有力だった侯爵家が人を雇って、ティアナ=フロースを襲撃しようとしている情報が届きました」
「そ、それは確かな情報なのか?」
「もちろん」
実際に襲撃されているのだから、確かな情報だ。
リーンの返答に2人が絶句する。本当に何も気が付いていなかったのだろう。
「襲撃犯はこちらで捕らえ、彼らからの自白もすでに取っています」
エリクスが襲撃犯を城に運んで、情報を引き出してくれた。彼らは侯爵家に雇われ、ティアナ=フロースの命を狙わせた。最低でも動けなくなるくらいの怪我を負わせることが条件になっていたらしい。それを聞いたティアナは最初に襲われた時の鋭い殺意を思い出してしまった。突き刺さるような殺意に身体が強張った。
すると、静かに肩に触れるものがあった。振り向くと、クロードがティアナの心境を見抜いたのか、優しく肩を叩いてくれていた。その触れる温もりとクロードの優しさに、自然と体の力が抜ける。
「できれば大事にはしたくありません。隣国の侯爵家が我が国の伯爵令嬢であり、7賢者の候補を殺そうとしたことが知られればどうなるか」
貴族同士の争いで済む話ではなくなる。ましてやティアナは国の保護下になる7賢者候補だ。国と国の関係性に大きな歪みが生じるのは避けられない。
その判断はついたのだろう。エドワードは目を見開いで喉を鳴らした。
「リンド王子が、そちらの第1王子と同い年ということで、ずいぶん親しくされていると聞きました。内々に手紙を送って、そちらで対応できないかと相談すると言っていましたよ」
それを聞いたエドワードは顔を青くして突然立ち上がった。
「兄上に、知らせたのか」
「この話は本日決まりましたので、手紙が第1王子の手元に届くのは明日か明後日でしょうね」
リーンは微笑みを深くする。
「今回の騒動はエドワード殿下がきっかけです。ご自分で蒔いた種は、ご自分で回収してくださると嬉しいですね。それができなければ、他の王子が尻拭いをするのでしょうか」
最後の問いかけを聞いていたかどうかわからない。それくらいに目の前の王子は動揺し始めていた。
「急いで戻らなければ」
青くなるエドワードに対して、控えていた青年は冷静に口を開いた。
「殿下、ここはフロース家のお屋敷で、今は縁談中です」
その言葉にはっとしたように王子がティアナを見た。
「・・・申し訳ない。急用ができたので今日は失礼させてもらう」
「わかりました」
ティアナはすぐに執事を呼んで、王子が帰るための準備を始めるように指示を出した。
馬車が玄関に付けられると、隣国の王子は挨拶もそこそこに従者を伴ってすぐに帰っていった。
帰り際、従者の青年はティアナに視線を向けると目礼をした。その視線には先ほどまでの敵意ではなく、謝辞が込められていたようにティアナには思えた。




