隣国王子との縁談
ドアをノックする音を聞いて、ティアナは背筋を伸ばした。
「はい」
返事をすると部屋にメイドが入ってきた。
「お着きになりました」
「わかったわ」
立ち上がり部屋を出るとそのまま客間へ向かった。玄関では両親がお客様を迎えているはずだ。
ティアナは先に部屋で待機し、両親が案内するお客様をここで迎える手はずになっている。
「お嬢様、お顔が強張っております」
「ありがとう、ルル」
意識していなかったが、どうやら緊張しているようだった。呼びに来たメイドが隣に並ぶと心配そうに伺ってくる。彼女はティアナがフロース家にいた時に世話をしてくれていた専属のメイドで、ルルーナ=ヘイルという。年が近いこともあって、時には友達のように仲良くしていた。
深呼吸をして全身の緊張を和らげていく。
「よし」
気持ちを切り替えて客間で待機していると、すぐに両親が部屋に入ってきた。その後ろに金髪の青年が続く。
隣国の第3王子、エドワード=デュ=クリュートだ。
リンドの婚約者として何度かパーティーに参加していた時、顔を合わせたことはあるだろう。向こうは一目ぼれでこちらの存在をしっかりと確認しているようだが、ティアナの印象はほとんど残っていない。
緑の瞳がティアナを捉えると、満面の笑みが向けられた。
「ティアナ=フロース嬢ですね」
挨拶もそこそこに、視線が合うといきなりこちらに歩いてきて声をかけてきた。
「は、はい」
戸惑うティアナに構わず、エドワード気にすることなく口を開く。
「ずっと、お会いしたいと思っていたんです。婚約破棄されたという話を聞いて、きっと傷心であったでしょう。すぐにでも会いたいと思っていたのですが、そこはぐっと我慢してこの半年待っていたんです」
まるで自分に酔っているかのように話が進んでいく。
「会えてよかった。私と結婚することになれば、この国を離れることになりますが、いつでもご両親に会えるように取り計らいますから安心してください」
「・・・・・」
なぜかすでに結婚することになっている。戸惑って両親に視線を送れば、両親も何が起きているのかわからず戸惑いの表情を浮かべていた。その隣でこちらを睨むように見つめている男性がいた。黒髪に鋭い青の瞳がティアナに敵意を向けているのがありありとわかった。
その視線にさらに戸惑っていると、エドワードが急にティアナの手を握ってきた。
「いろいろ不安はあるでしょうが、私が側にいますから、安心してください。困ったことがあればいつでも言ってくれて構いません」
挨拶も飛ばしでいきなり相手に触れてきたことに、ティアナは返事もできずに固まってしまった。相手は王族だ。振りほどけばどんな罰を与えられるかわからない。
「殿下、あまり急かしては、フロース嬢も戸惑っております」
睨んでいた男の指摘を受けて、エドワードは自分の行動に気が付いたのか手を放して一歩下がった。
「これは申し訳ない。ティアナ嬢に会えるのを楽しみにしすぎて、つい暴走してしまった」
「えっと、はい」
動揺が抜けきらず、切り返しができないまま頷くことしかできなかった。ティアナに対してすでに名前で呼んでくるし、結婚することが決まったような話し方をしてくる。今回の縁談は顔合わせが目的だったはずだ。手紙の内容と今目の前の光景が合わなくて、どうしたものかと考えてしまう。だが、その前にやるべきことがあった。
「この度は遠いところをお越しいただきありがとうございます。私がティアナ=フロースです。本日は短い時間ですが、よろしくお願いいたします」
スカートを広げて挨拶をすると、エドワードも思い出したように挨拶を返してきた。
「クリュート王国第3王子、エドワード=デュ=クリュートだ。今日会えることを楽しみにしていた」
エドワードが父に促されてソファに座ると、ティアナも向かいに座った。隣に父と母が並んで座り、ティアナを睨んでいた青年は、エドワードの後ろに控えた。両親がいるせいか、さっきまでの敵意むき出しの視線はない。
「さっそくだが、ティアナ嬢はいつクリュートに来られそうかい?」
「え?」
突然の質問に戸惑う。今の言い方はこの縁談が顔合わせではなく、結婚を前提にした今後の相談に来たような口ぶりだ。
「この国の王子の結婚式ももうすぐだし、それよりも先に私たちの婚約を発表できたらいいと思っている」
両親に視線を向ければ、2人とも困惑したまま固まっている。
「殿下、気が早すぎます」
返事ができないティアナに代わって、控えていた青年が声をかけた。
「いいではないか。ティアナ嬢はすでに婚約破棄が成立している。私と婚約したところで何も問題ないだろう」
大ありだろう。と内心突っ込んでから、平静を装ってティアナは口を開いた。
「エドワード殿下、今回は顔合わせということで伺っておりましたが」
「そうだ」
確認するとあっさり肯定された。ならば、なぜ結婚の話にまで進んでいるのかわからない。
「私はクリュート王国の王子だ。私からの申し出を断る者はいないだろう?」
にこやかにそう言ってきた王子に、ティアナは唖然としながらも1つだけ確信が持てた。
目の前の王子は、自分が言ったことがすべてまかり通ると思っている。どうしてこんな考え方になったのかわからないが、求婚すれば断られることはないという謎の確信をもってここにいる。
それに対して、後ろに控えている青年は、まったくもって好意的でないこともわかった。ティアナに向ける視線に敵意を隠そうともしない。
これは解決するのに相当な労力が必要になりそうだと思った。
どうするべきかと悩んでいると、こちらの気持ちなどお構いなしにエドワードが話しかけてきた。
「それで、できるだけ早く我が国に来て、まずは陛下に会ってもらいたいと考えている。陛下の承認が取れれば、すぐに婚約発表をして、こちらにも報告をしなければいけないな」
遠くなりそうな気持ちを何とか引き留めて、ティアナは努めて穏やか表情を作った。
「エドワード殿下」
「エドで構わないぞ。私たちはいずれそういう立場になるのだから」
悪寒がしそうな気がしたが無視した。
「本日は顔合わせという名の縁談だとお聞きしておりました」
「そうだ」
変わらない肯定にさらに確認をする。
「婚約のお話をされていますが、婚約をするかしないかの話よりも前の話をするべきではありませんか?」
「この縁談が決まった時点で、婚約するだろう」
どうしてそうなる。心の中で反発するが、声には出さなかった。隣を見れば同じ考えなのか、何とか笑顔を作っている両親だが、口元が引きつっていた。
何度同じ確認を取っても、エドワードはティアナと結婚するつもりでいることが変わらない。それならば、ティアナからはっきりさせなければいけないだろう。どんな反応が返ってくるのかわからないが、意を決して口を開いた。
「エドワード殿下にお伝えしなければならないことが」
そこまで言った時、ドアがノックされて慌てた様子の執事が入ってきた。
「失礼いたします。ただいま玄関に7賢者の」
執事が言い終わる前に、彼の後ろから黒いローブを纏った魔術師が無言で入ってきた。
「あ・・・」
ティアナは挨拶もできず、その人物の姿を見た瞬間にほっとした息を漏らした。両親は驚いて固まり、エドワードは首を傾げて相手を見ている。王子の後ろにいた青年だけが警戒したように王子の前に立ちふさがった。
「おや、少し遅かっただろうか?」
周りの様子を確認してから、にこやかにリーンが言った。部屋の中の空気などお構いなしの緩やかな声に、ティアナは自然と体の力が抜けるのを感じた。すぐに立ち上がって挨拶をする。
「お久しぶりです。リーン=ラナスター様」
「うん。さっそくだけど、ティアナ=フロース伯爵令嬢に大事な報告がある」
「はい」
視線をリーンに合わせると、彼は穏やかな視線を返してくれた。何も言わなくても大丈夫だと背中を押された気がする。
「前から議題に上がっていた、魔封石士ティアナ=フロースに対して、本日付けで7賢者の新しい候補生としての承認が下りた」
その言葉に深く腰を折って頭を下げた。
「今日から君は王家の保護下にある7賢者候補生とする」
「承りました」
「ま、待ってくれ!」
2人の会話に突然エドワードの叫びが割り込む。
「いったい、どういうことだ」
そう言いたくなるのも仕方ないだろう。だが、これはすべて計画通りの内容だったので、ティアナはリーンと視線を合わせて静かに頷き合った。




