反撃作戦
3日後。
フロース家の馬車が屋敷に到着すると、クロードは荷物を馬車の中に押し込んだ。
「いってきます」
乗り込む前に屋敷の前で見送りに出てきたログに挨拶をする。
「大丈夫だとは思うが、気を付けるんだよ」
「はい」
簡単な挨拶を済ませて馬車に乗ると、すぐに動き出した。
「計画通りに相手が動くと思うか?」
森を抜け、町を過ぎていく頃に、クロードは向かいに座るエリクスに尋ねた。彼は一度王都に戻っていたが、今日のためにフロース家の馬車に乗ってきていた。到着してから出発するまで一度も降りていない。彼がいることは事前の説明で聞いていたので、クロードは何も言わずに馬車に乗り込んでいた。
「この馬車が森に入ったことはきっと確認している。移動が始まったと思えば、これが最後のチャンスになるはずだ」
隣国の王子との縁談はフロース家で顔合わせということになった。王族を迎えるのだから城でと思っていたが、今回は王子の個人的な要望であり、ティアナはリンドと婚約破棄した身なので、城での顔合わせは控えた形だ。準備のため縁談の数日前には実家に戻ることを敵も予測しているはずだ。王都に戻れば襲撃するチャンスはないと思った方がいい。そうなれば今が最後のチャンスとして狙い目だ。
「こちらの思惑通りに動いてくれれば、フォーンと王都の中間あたりが怪しいな」
襲撃しても、フォーンに引き返すか、王都に入れる近い場所は避けるだろう。中間あたりは草原が広がるだけの場所なので襲うにはちょうどいい。
「準備はできているんだろう」
「問題ない」
エリクスの質問に服の上から胸を押さえて、ペンダント型になった混合魔封石の感触を確かめる。
今回は水と風と光の魔封石だ。ティアナが強化してくれてから、何度かキースと試していた。壊れそうな心配もないし、前より魔法の精度も上がっている。前の戦闘では泉の精霊が補助してくれていたが、今回は魔封石だけが頼りになる。力を使いすぎて暴走しかけたこともあるが、その時よりずっと成長しているはずだ。
心の中で大丈夫と繰り返す。
森を抜けフォーンの町が離れていくと、馬車は少し速度を上げた。ここからはいつ襲撃されるかわからない。中の様子を確認されないために窓にはカーテンがかけられている。そのためこちらからも外の様子は見えない。
一定の揺れと速度を感じながら、馬車の中は沈黙だけが流れていた。
どれくらい走ったのかわからなかったが、もうそろそろ半分は過ぎただろうと思っていた時、ふいに馬車が速度を落とした。
クロードは無言のままエリクスに視線を向ける。彼は頷くとローブについているフードを深く被った。今日は黒に近い紺色だ。
馬車が静かに停車する。あまり揺れを感じなかったのは、フロース家の馬車を操る御者の腕のおかげだろう。
停止とともに馬車を降りると、進む方向に3人の男が立っていた。隠れる場所のない草原ということもあって、堂々と姿をさらしたようだ。フロース家の馬車ということですぐに攻撃を仕掛けてくる可能性も考えていたが、どうやら中の確認をしてからにするつもりだったようだ。
「律儀だな」
そんな感想が漏れたが、実際に攻撃されていても、エリクスが常に結界を張ってくれていたので傷つくことはなかっただろう。相手側にも魔術師はいる。結界には気づいていた可能性は高い。
「合図が出たら行ってください」
「わ、わかりました」
緊張している御者に声をかけてから、クロードは馬車の前に進み出た。
3人を順に見ていく。前と同じ3人組のようだ。
弓を持った男が矢を番えてこちらに構えた。それと同時にクロードはまっすぐ走り出した。
戦闘開始の合図などなかった。
飛んできた矢を剣で叩き落とすと、剣を構えた男も走ってくる。魔術師はクロードから見て左に、弓の男は右に走った。
右から飛んできた矢を薙ぎ払うと、正面の男が迫ってきて剣を振った。剣で受け止めようとしたが、剣が触れた瞬間、すぐに受け流した。振り下ろされた剣が地面に浅くめり込む。
クロードは違和感を覚えて一度距離を取った。男が振り下ろした剣を観察すると、剣の柄に黄色い石が埋め込まれていて、その石が淡く光っていた。
「地属性の魔封石か」
武器に埋め込むことで、武器自体に魔法をかける魔封石があることは聞いたことがあったが、見るのは初めてだった。魔法を放つことはできないが、埋め込まれた武器を強化できる代物だ。魔法を放てない代わりに、武器に魔法を伝えて攻撃しているクロードと同じ状況を作っている。
クロードは自分の魔力で行っていることだが、魔封石の場合、刻まれた魔方陣の魔力のよって、使える回数や時間が変わってくる。どれくらい持つ物なのかわからないので、早めに終わらせるべきだろう。
武器に付ける地属性の魔封石は攻撃力を強化して、武器に重みを持たせる物が多い。剣を交えた時に感じた違和感は、前の戦いの時より重みを感じたのだ。そのため、受け止めるとこちらにダメージがあると瞬間に察知して受け流した。
男が剣を構え直して走ってくる。一振りのスピードは変わらないが、攻撃を受けた時に魔封石の効果が発揮されるようだ。ある程度距離を取って攻撃を仕掛けようとすると、横から矢が飛んでくる。それを避けると男が剣を振るってくる。息の合った攻撃に、クロードはしばらく攻撃を避けることだけに集中した。
すると、少し離れたところで炎が吹き上がるのが視界に入った。
炎はクロードに迫るのではなく、離れたところで待機していた馬車に向かって放たれたものだった。
残っていた魔術師が炎の魔法を馬車めがけて放っていく。しかし、クロードはそちらに足を向けなかった。
迫りくる炎に照らされて、驚愕の表情を浮かべる御者が見えたが、その炎は馬車を呑み込むことなく小さくなっていって消えていった。馬車と炎の間に突然水の膜が生まれたのだ。炎を呑み込むように包み込んで消してしまう。これには御者だけでなく、魔術師も驚いているようだった。
炎が消えると馬車から紺のローブで顔まで隠したエリクスが降りてくる。彼が片手を上げると、御者は頷いて馬車を走らせた。
馬車を追おうとする男たち3人だが、魔術師にはエリクスが、残り2人にはクロードが立ち塞がった。
「まだ勝負がついてないぞ」
クロードが呟くように言うと、剣を持った男が舌打ちしながら剣を構えた。
男が走ると、クロードは剣に意識を集中する。
「風よ」
剣に魔力を込めると、振り下ろされた剣を僅かに身を避けてかわして、自分の剣を振るった。
「ぐわっ」
男の叫びとともに手首を押さえた。地面に剣が落ちて魔封石の光が消えていく。
男を放置して、クロードはさらに先に走った。そこには弓を構えた男がいたからだ。
剣に集中させていた魔力を解くと、今度は自分の体に魔法をかける。
「風よ」
矢が放たれると同時に大きく地を蹴った。
体に風がまとわりつくと、軽く跳んだはずのクロードの体が大きく空中に放りだされ、簡単に弓を構えた男を飛び越えた。
着地と同時に振り向きざまに剣を振るうと、男のうめき声が漏れた。弓を取り落とし肩を押さえる男がそこにいた。
「まだ続けるか」
男に剣を突き付けて問うと、歯噛みしながらこちらに視線を向けてきた。
「殺すなよ」
声が聞こえてきて視線を向けるとエリクスがフードを脱いでこちらに歩いてくるところだった。
「終わったのか?」
「ああ」
そういえばやけに静かだと思ったが、離れたところに魔術師が地面に倒れている。キースが戦ったときは苦戦していたが、同じ魔術師のエリクスに任せれば簡単だったようだ。さすが7賢者の弟子だというべきか。
「前は失敗したからな。今回は完全に意識を飛ばして動けないようにしてある」
ただ倒れているだけのように見えていたが、どうやら何か魔法をかけているらしい。前回、王城での戦闘の時は倒した魔術師が魔封石を使って自滅しながら最後の攻撃を仕掛けてきた。あの時のことを気にして、今回は徹底的に拘束することにしたようだ。
エリクスが弓の男の体に触れると何かを呟いた。すると、男がいきなり地面に倒れこんで動かなくなる。
「地と風の魔法で拘束している」
何が起きたのかわからないクロードが呆然としていると、軽い口調で説明された。
大地につなぎ止め、風で押さえつけているという。容赦のない拘束に少し引いてしまう。
後は剣を持った男だけだと視線を向けると、右手首から血を流しながらも、剣を構えている男がいた。
「まだだ」
絞り出すような声が男から漏れる。クロードは剣を構えて数歩前に出た。
呼吸を整えて一気に男に詰め寄ると、剣を振りあげた。
「風よ」
振り上げる瞬間、風を纏わせた剣が相手の剣にぶつかると風が男を押し返した。手首の傷と、魔封石が効力を失っていたことで、男は簡単に後方に押されてよろめいた。さらにクロードは踏み込むと体を反転させて、回し蹴りを男の腹部に入れた。
男が後方に吹っ飛んで地面を数回転がると、意識を失ったのかぐったりして動かなくなる。そこにエリクスの拘束がなされて、敵の制圧が終了した。
「3人はこのまま王城に連れていく。クロードは、もう少しすれば馬車が引き返してくるから、それに乗ってフロース家に向かってくれ」
「わかった」
男3人を一か所に集めると、エリクスは小さく呪文を唱えた。
男たちとその横に立ったエリクスの地面に魔方陣が現れて4人を包み込む。
「後は手はず通りに」
それだけ言い残すとエリクスが立っていた場所には、誰もいなくなった。
「初めて見たな、空間魔法」
闇と光の混合魔法だと聞いた。相当な魔力と魔力操作技術が必要で、空間魔法が使える魔術師はほとんどいない。そのためまずお目にかかれない魔法を目の前で見てしまった。
貴重な体験をしたなと思いながら剣を収めると、クロードは王都に続く道を歩き出した。あと数分もすれば馬車がこちらに向かってくるだろう。馬車を迎えに行くようにクロードは静かに歩みを進めた。




