作戦会議
「よし、完成」
出来上がった魔封石を持ち上げて眺めながら、ティアナは笑みを零した。
今作っていたのは、クロードが持っていた水と風と光の混合石だ。新しく魔方陣を加えることで、より強い魔力に対して強度を高めた。これによってもっと強い魔法の補助もできるようなった。まだ体から魔法を離せないクロードだが、泉の精霊の力を借りて、少しだけ違う魔法の使い方ができたという。それを踏まえて、より強度を上げることでクロードの魔法の幅が広がる可能性を考えた。
もともとの魔方陣に新しい魔方陣を加えるのは、予想以上に苦労した。前の魔方陣が壊れないように、新しい魔方陣をバランスよく刻んでいく。それと同時にお互いの魔方陣が反発しあわないように調整もしなくてはいけない。普通の魔封石ではまずできない作業だ。ティアナの安定した魔力制御がなければここまでのことはできない。
新しく出来た魔封石を持って、ティアナは庭に向かった。そこではクロードがキースと向かい合って魔法の訓練をしていた。
彼の手には小さな火が灯されている。ティアナが持っている魔封石を一度返してもらう時に、代わりの新しい混合石を渡していた。それは火と土と光属性の魔封石だった。今は火属性の確認をしているところだったようだ。この魔封石は最初から強化した魔方陣を描いたので、今持っている魔封石と同じだけの力を持っている。
クロードが片手を上に持ち上げると、火の勢いが強くなる。
それを見たキースが、自分の手に水の球を作り出した。
「始めます」
そう言ってクロードから距離を取る。2人の間に距離が開くと、先にキースが動いた。
水の球をクロードに向かって放つ。勢いよく放たれた水の塊をクロードは避けることなく、自分の持っている火の球を前に放つように腕を振った。
だが、火はクロードの手から離れることなく、振るった腕の軌道に沿って伸びていった。その火が鞭のようにしなりながら迫ってきた水の球をはじいて消し去った。それと同時に火も空気に溶けるように消えてしまう。
「今の、何?」
初めて見る光景に声をかけることを忘れてティアナは呆然としてしまった。
体から離すと消えてしまうクロードの魔法が、離れることなく一瞬伸びあがって迫ってきた水を消してしまった。
「お嬢様」
呆然としたままの呟きが聞こえたのか、キースが気づいて声を掛けてくれた。
「今のクロードの魔法」
「魔封石の強化で、魔法の質が上がったみたいだ」
驚いていると、クロードが両手を見つめて言った。
「感覚的に、ここまでならできるというのもわかるようになってきた」
新しい魔封石を渡して数日しか経っていなかったが、ティアナが持っている魔封石を強化している間に、キースとの訓練でいろいろ掴んでいたらしい。
「魔法を放つことはできませんが、操って攻撃したり防御に転じたりできるようです」
数日の訓練の中でキースもクロードの成長を直に感じ取っていた。
「普通の魔法騎士とは違いますが、一応魔法騎士として戦えると言っても良いかと」
「そうなのね。それはよかったわ」
ティアナが色々とアドバイスをしていたが、クロードの魔法の能力が上がることがなかった。とりあえず安定した小さな魔法を生み出せるようになっただけよかったと思っていたが、それ以上の成長ができたことに安心する。魔封石が必要であることは変わらないが、一歩また前進だ。
「前の魔封石も強化したから、後でこっちも試してみて」
「わかった」
持っていた魔封石を渡すと、クロードの指先がわずかにティアナの手に触れた。その瞬間、ティアナは数日前の抱きしめられたことを思い出してしまう。
挙動不審は怪しまれるから、動揺しては駄目よ。と心の中で念じながら魔封石を渡す。あれ以来ティアナの心は不安定な時がある。家族以外の男の人に強く抱きしめられたことなどない。王子の婚約者だった時も、王子はそんな積極的な行動はしなかった。慣れていないため、戸惑いと恥ずかしさで動揺しそうになる。
「もう少しうまくできるようになったら、キースと実践形式で試してみようと思っている」
ティアナの動揺に全く気付くことなく、クロードは魔封石を眺めながら今後のことを話していく。それに反応したのはキースだった。
「負けた身としては、再試合は喜んで受けます。まだ、完全に認めたわけではないので、次は負けません」
「えっと、場所も場所だし、ほどほどにお願いね」
強化された魔法を使っての魔法騎士の戦いは被害が大きくなりそうだ。ここは城の演習場でもなければ、広大な草原でもない。屋敷があって、その隣に少し広めの庭があるだけなのだ。下手に大きな魔法を使って屋敷が壊れでもしたら大変だ。
さっきまでの動揺より、2人の戦いの方が心配になってくる。
「私は、まだいくつか作りたい魔封石があるから部屋に戻るわ」
あとどれくらいこの場所にいられるかわからない。できるだけ作りたい魔封石を作っておきたかった。クロードの訓練はキースに任せてすぐに部屋に戻ると、再び作業を再開する。
エリクスが持ってきてくれた魔石は、頼んでいたもの以外にもいくつか用意されていた。
その中に他の魔石より少し大きめの魔石が2つあった。1つは青い魔石で水属性。もう1つは緑色で風属性だ。
青い魔石はすでに使い道を考えていた。刻む魔方陣も石の大きさに合わせて、強いものにしようと思っている。もう1つの風属性の魔石は、まだ使い道が思い浮かんでいない。せっかく大きめの魔石なので、強い魔法が使えるような魔封石にしたいとも思っている。魔石は大きくなればなるほど貴重になってくる。魔石自体は自然の中に落ちていることが多い。だが、より大きい物を探すとなると、そう簡単には見つけられない。
「せっかくだし、特殊な魔封石にするのもいいかも」
まだ作ったことのない魔封石はたくさんある。実際に見たこともなく、本だけの知識の魔封石もあるので、そのどれかを挑戦するのも、ティアナ自身の勉強にもなるし経験にもなる。
「調べてから決めよう」
新しい物を作るときはいつもワクワクする。自分の力でどこまでのことができるのか、どれだけ力を発揮させられるのか、想像するだけも楽しいが、いざ作ってみればどんどんのめり込んでしまう。
椅子から立ち上がると本棚の前に移動した。魔封石に関する資料や本はほとんど店に置いてきているが、ここに住むようになって、数冊ではあるが持ってきていた。
「どれがいいかしら?」
背表紙を眺めながらどんな物を作ろうか考えていると、扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
「もうすぐ昼食の時間です」
入ってきたのはシャイヤだった。エリクスが来てからティアナは魔封石作りにほとんどの時間を使っているため、彼女と一緒に料理をする機会がなくなっていた。部屋にいることが多くなったティアナは、食事の時間になるとシャイヤが声をかけてくれる。
「今、行きます」
作業を止めて机を整理してから部屋を出る。
1階に降りたところで、玄関の方から声が聞こえてきた。誰か来たのかと視線を向けると、深緑色のマントを羽織ったエリクスがログと話をしていた。
「エリクス!」
彼が来たということは、王子殿下とリーンに報告をして、その答えを持ってきたのだろう。ティアナは足早に彼に近づいた。
「どうだったの?」
気が急いていたのだろう。挨拶もそこそこにそう尋ねると、エリクスに苦笑されてしまった。
「今、庭にいるクロード達にも声を掛けてきた。話はみんな集まってからがいいだろう」
「そ、そうね」
焦っていたことに気が付いて恥ずかしくなる。そんなティアナにログがそっと肩を叩いた。
「リビングに移ろうか」
「はい」
ログを先頭にリビングに3人が入りソファに座ると、クロード達も部屋に入ってきた。2人は扉の前に立ったまま話を聞く体制をとる。
シャイヤがお茶を運んできてくれて、ティアナたちの前にカップが置かれると、エリクスが口を開いた。
「殿下と師匠に今までの報告をしてきた」
ティアナは頷いて次の言葉を待つ。
殿下とリーンがどうするべきかを決めたのだ。
「事情を話してフロース家にも協力してもらえることになった」
縁談をティアナが避けたがっていることを家族は承知している。それに、ティアナが襲われたこともすべて伝えたようで、驚きとともに怒りも覚えたようだ。隣国の王族が関与していることとはいえ、娘が襲われたのだから、当然協力すると言ってくれた。
「3日後に、フロース家の馬車が来る。そこから作戦が始まる」
ティアナがもう一度頷くと、エリクスは懐からメモ用紙を1枚差し出した。
「その前に用意してほしい魔封石がある。猶予は3日だが、できるだけ揃えてほしい」
メモの内容を見たティアナは首を傾げながらも、すべての魔封石を作ることができることを確認した。
「何に使うの?」
「それは今回の作戦に必要になる魔封石だ。内容を聞けばわかるだろう」
もう一度メモ用紙を見る。この時点では使い道がよくわからないが、エリクスが話してくれる作戦に必要ならば、すべて用意するべきだろう。
「わかったわ。3日後には全部出来上がっている状態にするから」
「頼む」
そう言ってから、エリクスは一度この部屋にいる全員を見渡した。
「3日後の作戦を説明する」
そう宣言してから、隣国の王子との縁談ぶち壊し作戦の内容が話された。




