慰め
食事が終わるといつもならリビングに移って、軽い談笑をしたり、シャイヤの手伝いをするために一緒に台所で片づけをするのが日課になっていたが、そんな気分になれず、ティアナはすぐに部屋に戻ってしまった。
兄から届いた手紙には、隣国の王子との縁談は決まったような書き方になっていた。相手はティアナを婚約者にしてすぐにでも自国に連れていくつもりでいるようだ。そこに断る猶予は持たせてくれていない。
すべてが決まっているような内容に、正直落胆するしかなかった。
ブロファリト王国の王子との婚約破棄によって、諦めていた魔封石士の道が拓けた。そのために隣町のフォーンに引っ越し、1人でも生活できるように簡単な料理も習った。
魔封石士としてはまだまだ新人になるだろうが、店の方も少しずつお客が増えてきている。このままこの町で静かに魔封石を作っていければいいと思っていたのに。
ベッドに横になって天井を見上げたティアナは、自然とため息を零していた。
貴族令嬢として、新しい婚約者を探すという選択肢もあったが、自分の夢を叶えるために実家を出た。両親もティアナの気持ちを最優先に考えてくれたおかげで、今は相手がいなくても幸せだと思える。
「第3王子との結婚か」
リンドとの婚約の時は、政略結婚といっても良かった。それでも、国の繁栄のためにお互いを尊重しながら夫婦として生活していくことを理解していた。その中で、本当に好きになった相手が現れた時は婚約破棄をしようと、お互いが納得した上での婚約者だった。
今回の王子の申し込みは、断ることなどありえないという強引な縁談に他ならない。それを考えるとどんどん気持ちが沈んでいった。
「・・・嫌だな」
それがティアナの率直な気持ちだった。
もっとここでいろいろ学びたい。新しい魔封石を作ることで新しい発見もできている。隣のパン屋で水の魔封石が好評だった。これを機に他の店でも売り出せるかもしれない。それ以外にも、いろいろな魔封石を作ることで、その効果が人の役に立つ可能性だってある。
魔封石士としてこれからどんどん学んでいけると思っていた。
その期限が突然1か月になってしまったのだ。
「クロードの石もまだなのに」
新しい魔封石を作る予定でいた。彼の成長を見ていくのもティアナの役割であり楽しみでもあった。
残り1か月で彼を魔法騎士として王都に戻すことはできないだろう。
「どうしよう」
何か断る手はないだろうか。そんなことを考えていると扉がノックされた。
「はい」
「俺だ」
返事をするとクロードの声が返ってきた。
ベッドを降りて扉を開けると、そこにはクロードが静かに立っていた。
「どうしたの?」
「少し・・・様子を見に」
簡単な言葉だったが、ティアナが落ち込んでいることを察知した彼なりの気遣いだったのだろう。視線が彷徨っているのは、この後どう対処したらいいのかわからないといったところか。
そんな彼の姿を見て、ティアナは自然と笑みが零れた。
「入って。少し話しておきたいことがあるから」
夕食を済ませた夜の時間だ。女性の部屋に入ることを躊躇ったクロードだったが、それを気にすることなく、体をずらして部屋に入るように促した。
「クロードの魔封石の話をしておいた方がいいと思うの」
それは今話しておかなければいけない内容ではなかった。ただ、このまま部屋に1人でいても暗い考えばかりに思い悩みそうだったので、少しでも違うところに意識を向けたかった。
少しの間迷ったクロードだったが、ティアナの気持ちを察知したのか、結局部屋に入ってくれた。
「まだ、新しい魔石が届いてないの。でも、魔石が到着次第、新しい属性の魔封石を作る予定よ」
机の上に数個の魔石が置かれている。これからどんな魔封石にするのか決める予定の物だ。
その1つを手に取って転がしながら、ティアナはこの先のことを考えてしまう。
「縁談の日取りも決まったから、その前にお屋敷に戻らないといけなくなるわね。その前にちゃんと作るつもりだから」
ティアナが渡せる最後の魔封石になるかもしれない。そう考えてしまうと、心が軋むのを感じた。それに気づかないふりをするように目を閉じると、静かな声で名前を呼ばれた。
「ティアナ」
声をつられるように振り返ると、目の前にクロードが立ち手を伸ばしてきた。
次の瞬間、ティアナはクロードの腕の中に引き寄せられていた。
「え?」
何が起きたのか一瞬わからなかったが、状況を把握するとティアナは慌てた。
「ク、クロード」
腕の中でもがき始めるも、彼は気にすることなくさらに腕に力を込めてティアナを抱きしめ、背中に回された手がぽんぽんと規則よく叩かれた。
「俺は慰め方がわからないから、昔母にしてもらった方法しかできない」
静かな声が上から降ってきて、その言葉の意味を理解するとティアナはもがくのをやめた。どうやら彼なりにティアナを慰めてくれているらしい。食事を済ませるとすぐに部屋に戻ってしまったことで、落ち込んでいることはわかっていたのだろう。だが、慰めるための言葉がわからず、これがクロードにとって一番の方法だったようだ。
「昔って、いつの話?」
「5、6歳の頃だ」
「・・・完全に子ども扱いじゃない」
ティアナは成人を迎え、社交界デビューも済ませた女性だ。それを幼い子供と同じように扱うのはどうなのだろう。そんなことを考えると、笑いが込み上げてきた。
戸惑っていたティアナが腕の中で小さく笑い始めると、クロードは体を離した。
「少しは元気になったか」
「ええ、ありがとう。でも、こういうことは他の人にしちゃ駄目よ」
「今のところその予定はない」
ティアナの注意を受け流して、クロードは踵を返した。
「予定が決まったから、これからすることが増えるだろう。ゆっくり休んで備えたほうがいい」
「うん、おやすみなさい」
クロードが出ていくと、持っていた魔石を机の上に戻して、寝間着に着替える。彼が言った通り今日は早く休んだ方がいいだろう。
いつの間にか憂鬱だった気持ちが落ち着いていた。これがクロードのおかげだと思うと、ティアナは暖かい気持ちのままベッドに潜り込んで夢の中に引き込まれていった。




