怪しい気配
「う~ん」
朝の陽ざしで目が覚めたティアナだが、なんだか体が重いと感じた。
その原因が昨日のレインが持ってきた話だと思うと、今日はお店を休みたい気分になる。
気だるいながらも起き上がって着替える。
あの後兄は話し終えてすぐに王都に帰っていった。フロース家の馬車で移動してきたので、定期の馬車を待つ必要がない。
「詳しいことはまだわからないが、一応覚悟だけはしておいてほしかったんだ」
詳細が分かり次第また来ると言って、レインは王都へ帰っていった。
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れたかい?」
朝食の時間に顔を出すと、すでにログとクロードが座って待っていた。ティアナも余裕があればシャイヤの手伝いをしながら朝食を一緒に作るのだが、さすがに昨日出かけたことと、レインの話で起きるのが遅くなってしまった。
シャイヤは何も言わなかったが、おそらくログから事情は聞いているのだろう。
「あまり眠れた気がしません」
「昨日のことだね」
「はい」
「そんなに深刻に考えない方がいいだろう。今は待つしかないからね」
「そうですね」
ティアナは頷いてから椅子に座った。それを合図に3人は朝食を食べ始めた。
「今日はこれからお店かい?」
「いつも通りに過ごそうと思っています。昨日買ってきた魔石も整理しておかないと」
王都で買ってきた魔石は、店の2階に置かれたままだ。
今日は店にいる間に、どんな魔封石にしていくのかを考えながら、魔石を仕分けようと思っていた。
「兄からの連絡も、そんなにすぐではないと思いますから、今はお店のことを考えることにします」
朝は気が重かったが、いつまでも他国の王子との縁談を考えていても何も始まらない。
「そうだね。クロードにはいつも通りに送り迎えをしっかりやってもらうことにしよう」
ログの隣で食事をしているクロードは無言で頷いただけだった。
朝食を終えて、部屋に一度戻ると、荷物を持って玄関に向かう。
すでにクロードが待っていて、2人でティアナの店まで歩いていく。
店までの道のりはやはり無言。朝の陽ざしと、清々しい空気を感じながら歩いていると、クロードが急に足を止めた。
「どうしたの?」
彼は森の中をじっと見つめているだけで、返事をしない。不思議に思っていると、やがて彼は再び歩き出した。
「クロード?」
「後で話す。今は店に行こう」
そう言って、さっきより歩調を早めて歩き出す。何が起きたのかわからないティアナは、急に速度を上げた彼の背中を追いかけるように速足でついていった。
民家が見え始め、ティアナの店が見えてくるとクロードの歩調が元に戻った。
そのまま店に入ると、クロードは一度店の外を確認してから扉を閉めた。
「どうしたの?」
もう一度尋ねると、彼は2階に行くように視線で合図を送ってきた。訳が分からないながらも、ティアナはそれに従って2階へと上がった。
荷物置き場となった2階に行くと、クロードは窓に近づいて外の様子を確かめた。
「何かいるの?」
先ほどから外の様子を気にしてようだったので尋ねると、彼は1つため息をついた。
「誰かに見られている」
「え?」
「姿が確認できないが、確かに気配はある。こちらの様子をずっと観察しているような感じだ」
ティアナも窓から外を見てみたが、それらしい姿は見つからなかった。
「気のせいじゃなくて?」
「森を抜ける辺りから気配を感じた。何か仕掛けてくるような感じはしなかったが、念のためしばらく様子を見たほうがいいだろう」
いつもならクロードはすぐに店を出て屋敷に戻るのだが、今日は店の2階で外の様子を見ていることになった。
「大丈夫なの?」
「今のところは。何かあればすぐに知らせる」
怪しい気配に心配になったが、ティアナには何もできない。仕方なく1階に戻ると、すぐに開店準備を始めた。
店の中の掃除をして、商品の在庫確認、今日作るつもりでいた魔封石用の魔石を作業机に並べていく。
一通り作業が終わると開店の時間になった。
するとすぐに店に1人、お客さんが現れた。
「いらっしゃいませ」
ベルの音で反射的に声をかける。
そこにいたのはお隣の夫婦でパン屋を経営している夫のダンだった。
「何かお探しですか?」
パン屋の朝は早い。開店する数時間前から仕込みやらパンを焼いたりして、朝から忙しく動き回っている。開店時間は一緒のはず。今は店で忙しくしている時間にもかかわらず、夫のダンがなぜか店にやって来た。
「水を浄化する魔封石が欲しい」
「水の魔封石。あっ、この間渡した魔封石のこと?何か不具合があったかしら」
数日前に、ティアナは隣のパン屋夫婦に新しい魔封石を渡していた。
水道の水を溜めておく時に、その魔封石を入れておくと浄化の作用で新鮮な水の状態をしばらく維持できるという魔封石だ。前に作っていた魔封石だったが、需要がなかったので、試しに隣に使ってもらえないかと交渉してみたのだ。試作品として無料で提供したのだが、何か不備でもあっただろうか。
「いや、逆に良い物をもらった」
心配するティアナに対してダンは首を横に振った。
「水の入った瓶の中に入れて、その水をパンの仕込みに使ってみたんだが、パンがいつもよりおいしくなった」
「え?」
「2日前にお客に提供してみたら、いつもよりおいしく感じると言われて、俺も試しに食べてみた。いつもよりふわふわの生地で、どういうわけかおいしさが上がっていた」
醗酵して膨らんだパンには違和感がなかったが、完成したパンを試食してみるといつもよりおいしく感じられた。工程を変えていなかったので、考えられるのは魔封石を入れたことくらいなのだとダンは言った。
「昨日は休みだったから諦めたんだが、今日ならすぐ買えるだろうか?」
ティアナの店が休みだったため、昨日は買いに来られなかったが、昨日も魔封石の浄化水でパンを作ると、客からの評判が良かった。これは是非とも新しい物を買いたいと思い、店が開店すると同時にやって来たらしい。
「えっと、あの魔封石は試作品として作っただけだから、在庫を持ってないの。今から作れば今日中には渡せると思うけど」
需要がないものをわざわざ作っておくことはしなかった。ダンの評価を聞いてから新しいのを作ろうか決めようと思っていたので、今は同じものがない。
「それで頼みたい。夕方に取りに来る」
隣とはいえ仕事を放り出して来てしまったようで、ダンはすぐに帰っていった。
「そんなに違うのかしら?」
パンのことはよくわからないが、常連客なら、いつもとパンの味が変わったことに気づいたのかもしれない。
「お昼に買いに行ってみよう」
昼食はシャイヤが用意してくれていた。バスケットの中にサンドイッチが入っているが、クロードもいることだし、隣でパンを買い足すことに決めた。
そうと決まれば、ティアナは作業机に並べていた魔封石を片付け始めた。すぐに水属性の魔石を用意し、頼まれた浄化用の魔封石を作り始めた。




